013
「自分、群馬にいね。うちと一緒に」
契美さんの鼓動が直に伝わってきた。きっと僕の闇も、直に伝わっていることだろう。
落ち着かない香りの髪の毛が鼻先に触れてくすぐったい。
「東京飽きていてんでちょうどええ。絵はどこでも描けるしな」
「やめてください。言ったでしょう、僕は人と関わっちゃいけないんだって」
「しるか、その腐り切って歪み切ったキモい性格、うちが叩き直したるよ」
吊り革に捕まっている方とは逆の手、つまり先ほどまで握りしめていた拳が変形したそれで、僕の頭は撫でられた。到底同じ物体とは思えない。
「なんで」
「うちがしたいからや。自分みたいな奴、放っておいたらあかんやろ。犯罪者予備軍なら、捕まえといて損はおまへん」
先ほどまでの勢いは抱き締められているせいかどこかに消えてしまった。断りたいのに断れない、絶対に断らなきゃなのに、断りたくない。
「――みんなはどうするんですか」
「バンゲもえびも、うちがいなくても何の支障もきたさへんよ。むしろうっとい奴が消えて清々するんやない?」
「契美さん、めちゃくちゃ馬鹿ですよ」
めちゃくちゃだ。僕には悪態をつくことしかできない。
「自分の方が馬鹿やろ。そういや一戸建てやったっけ?」
「そうですけど――住むんですか?」
「当たり前やろ。あれや養子とかあるやろ。それになったげるよ、うちが」
簡単に言うがかなり難しいのではないか。親が死んでから幾度となく調べたが流石に血縁者がいくらでもいる中全く関係のない若い女性が手を挙げても、ルールも世間も許してはくれない気がする。
「親って感じの年齢じゃないでしょう。普通に結婚して、普通の親になってください」
「うちは普通やあらへんしありたくもないんよ。それに、親だとは思わんくてええよ。でも大人っちゅうことは確かや。見張っとかんと」
抗うたびに話がどんどん進み、決定が近づいている気がする。
「待ってくださいよ、流石に…」
「流石になんや。養子にならんっちゅうなら今から本気でどつくけど、ええんか?」
「普通に迷いますよ」
殴られるだけで、契美さんを普通のルートから逸らさずに済むのならば、殴られたくないわけでもない。
「やっぱガキに悩みは似合わんわ。大人が悩ませちゃいかんのやガキは。見てて気持ち悪いわ」
「もう中学生です」
「まだ中学生やろ」
「年だって十年くらいしか変わらないです。絶対に親戚なんか、周りからすごい変な目で見られます」
「自分を盥回しにするような親戚捨てちまえや。気持ち悪い苗字変えたれ。なにが生首や。キモすぎやろ」
確かに、生首なんて苗字、変えられるのならば変えたいところだけれど。
「いくらなんでも言い過ぎです」
「古城悲鳴でええやん。あんたらもそう思うやろ?」
取り残されていた二人に返答を求める契美さん。
辰巳さんと海老介さんは顔を見合わせニヤリと笑った。
昨日の僕の頼みは何にもならなかったわけだ。
「いいんじゃん?えびもそう思うだろ?」
「うん、いいと思う。そんな危険人物、契美に見張っておいてもらわないと、ボクも安心できない。それに――」
海老介さんは僕の目を見て言った。
「ボクにはヒメのそんな思い、とっくにバレてるから」
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