011

 外湯には蔵王の話を延々とするおじさんがいてうまく休めなかった。

 そのおじさん曰く、「外国人からしたら『日本』よりも『蔵王』の方が馴染み深い」らしいけれど、流石にないと思った。

 外湯を辰巳さんと二人で巡り終わり旅館の部屋で待っていると、浴衣姿の海老介さんが帰ってきた。

 右手に下げられたビニール袋には缶チューハイが大量に入っている。

「ただいまー」

「おかえり。コーラ買ってきた?」

「うん。はいどうぞ」

 どうやら、缶チューハイの中に二本だけ缶のコーラが入っていたらしい。

 カシュっと三人で音を立てて乾杯する。

 グビグビと飲み、息を吐く。

 温まった体に冷たいコーラが染み込む。とても気持ちが良かった。

「いやーにしても温泉強かったよな」

 辰巳さんが赤くなった肌を見せつけて言った。

「ですねー」

 湯が強すぎて、美肌どころか肌荒れする人だっているらしい。僕も指にあった切り傷がとても痛かった。

「わかる、乳首今も超痛い」

「それはわからんわ」

 海老介さんは、浴衣の襟をパタパタ仰いでいる。浴衣だと胸に膨らみがないはずなのに、――やはり男には見えない。

 全く、今の僕にそんなことを考えている余裕なんてない。契美さんが来る前に。

「――二人が揃ったので真面目な話をして良いですか」

 僕は切り出す。

「揃ったって、契美がまだ来てねーぞ?」

 コーラを机に置いた辰巳さんが笑う。その笑顔も、今日明日で最後。

「僕は明日、群馬に帰ろうと思います。契美さんが止めるのを、止めていただけませんか」

「――」

「――」

 沈黙。

 三人とも黙り込み、会話の進行は止まったはずなのに、様々な想いが僕達の頭を伝った。

 本当に、そんな顔をしないでほしい。

「――本当なの?」

 口を開いたのは海老介さん。

「はい。明日東京に着いたら、お別れです」

 駅で別れて、『あるべき場所』に帰ろう。

「帰ったらどうするんだ?」

 辰巳さんが時計を見て言った。

「皆さんみたいに、格好良く生きてみます」

 僕は可能な限り明るい笑顔を作る。

 それを見た辰巳さんも不器用な笑顔を見せた――きっと僕もうまくできていないのだろう。

「契美にはいつ言うんだ」

「帰ってきたらのつもりですけど、言いずらかったら明日になるかもしれません」

「――いいよ。協力する」

「契美が止めたらそれを抑える。それだけなんだな?」

「はい、ありがとうございます」

 二人の同意を聞き、僕はコーラに口をつける。

 これで良い。これ以上この人たちといると、ダメになる。そう直感したのだ。

 炭酸なんて気にならないほどに、僕の喉は乾いていた。

 飲めば飲むだけ乾いている気がした。

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