009
一時間後、僕たち四人は新幹線に乗っていた。
一刻も早く群馬に帰り、授業に参加しようとしているわけではない。むしろ、家からかなり遠ざかっている。
御茶ノ水から東京まで、その後は新幹線で東北方面へ。
目的地は蔵王温泉。
「どっか遠出しよか」という契美さんの発言に対し「蔵王行こうぜ蔵王!」と適当に言った辰巳さんの意見を誰も否定しなかったため、そのまま支度をして出発となった。
僕は支度といっても服も一着しかなかったのだが、海老介さんが比較的男物っぽい服を貸してくれた。
僕も海老介さんのことを言えないくらい不健康に痩せていたのでサイズはピッタリだった。
「似合ってるじゃんヒメ」
新幹線で隣に座った辰巳さんにそう言われて、お世辞ではないとわかると少し自信が持てた。
座席は僕と辰巳さんの後ろに海老介さんと契美さんが座った。決めたのは契美さんで、「えびが何するか分かれへんから」とのこと。
海老介さんと契美さんは昨日の疲れかずっと寝ていたので、僕は辰巳さんと話していた。
「昨日ヒメが寝た後な、あいつらずっと飲んでたんだよ」
「ああ、だから酒臭かったんですね」
「あいつら超酒強いんだよ。ちなみに俺は下戸だ」
「なんか分かります」
「まじで?周りからは意外って言われるけどな」
辰巳さんは電車に乗る前に買ってきたじゃがりこを開けてバリバリ食べ始めた。僕もそれに手をつける。
「そう言えば、三人はどこで出会ったんですか?」
最初は大学の同級生三人組だと思ったのだが。
「俺とえびちゃんが幼馴染。契美は俺の救世主」
「救世主?」
僕が繰り返すと辰巳さんはニカっと笑い説明を続けた。
「俺が自殺しようとした時、助けてくれたんだ」
その言葉に思考が停止する。
頭が真っ白になり、何も考えられない。
両親の死を思い出し、手が震えた。
それを隠そうと表情を取り繕う。
「――ダメですよ。死んだら」
声が震えた。
何かを察した辰巳さんは慌てて続けた。
「すまん、配慮が足りんかった。まあそれで俺は死ぬ間際に通りすがりの契美に助けてもらったんだよ」
「――通りすがりの?」
「うん、二年前同じマンションに住んでたんだ。それで本当に飛び降りる寸前で抱き抱えられた」
「その後は?」
「なんかすげぇ怒られたな。関西弁でよくわからなかったけど。それで俺が音楽やってるって言ったらうちは画家やねんとか言って意気投合して、そっからは冗談なしで毎日会ってるな」
「楽しそうですね」
だんだん調子が戻ってきた。
「ああ、契美と出会ってからは毎日楽しいよ。お陰様で音楽も捗ってる」
「契美さんの方は捗ってないらしいですけど」
現在所持金が二千円を切ったらしい。交通費は辰巳さんが負担している。
「いや、あいつは描かないだけで腕は天才だ。今日蔵王のお釜行くつもりなんだけどインスパイアを受けてくれたら嬉しいな」
嘘を言っているようには思えない。完全に契美さんの腕を信じている。もはや信仰のようにすら思えた。
「お釜ってなんですか」
「山形の火山湖。カルデラって習わなかったか?それだよ」
「楽しみですね。火山湖ってことは結構高い位置にあるんですか?」
「うん、リフトに乗ったりするらしいな」
「楽しみですね!」
「よかったよ」
僕はじゃがりこを二、三本摘んで口に入れた。
その後は辰巳さんの曲をイヤホンで聴いていた。
百曲以上の作品を指定された順番で聴いた。
辰巳さんは契美さんを天才だと言っていたが、曲を聴き再生数を見る限り、負けず劣らずの天才だと思った。中には一億回以上再生されている曲もあって、その曲はさすがの僕でも聴いたことがあった。
「気に入ったのは?」
僕にそう聞いた辰巳さんは数時間前よりも遠い存在に思えて少し複雑な気分だった。
「『エクソシスト』かな」
「嬉しいな、あれすげぇ時間かかったんだよ」
『エクソシスト』。スラップベースが目立つ曲だった。テンポは早くはないのだが真夜中の焦燥感に襲われる感覚。鳥肌がたった。
「あれボクがベースとドラムやったんだよ」
僕の傍から身を乗り出して海老介さんが言った。
眠そうな目をゴシゴシと擦っている。今日はすっぴんだが男には見えない。
「ドラムもやってたんですか」
「うん。基本何でもできるからねボクは」
「でもこいつ、絵は描けないから」
「なるほど」
バランスの良い三人組なわけだ。男女比も半々だし。
「もうすぐ乗り換えだな。その後はバス。えびちゃん、契美起こして」
「はーい」
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