002
六限の生物の授業後、僕は二階の生物室から一階の教室まで、教科書と筆箱を腹の前に抱え一人で歩いていた。
この学校、低入江高校は一階に三年生の教室、二階に二年生、三階に一年生といった感じで結構変わっている教室配置なのだ。
この割り当てが決まったのは僕が3年生に進級するとき、つまりは今年の4月から採用されたもので、それ以前は普通に一階は一年生、二階は2年生、三階に三年生という通常のものであった。
長々と何が言いたいのかと言うと、僕は三階の教室で授業を受けたことがない。
僕は訳あって頻繁に三階に通うのだが、同学年の人は三階に上がったことが一度もない人も少なくないのではないだろうか。
窓の外、なぜ存在しているのかいまいちわからない中庭を眺めて、僕は耽る。
結局普通の一日だったなと。
今朝OLさんに自転車を貸したこと以外には特に何か変わったことはなかった。それ事態は割と本気で変わった出来事であると思う、思いたいのだが、やはり学校というのはトラブルやハプニングといったものが極力削ぎ落とされている空間なのだと実感した。
敢えて挙げるとすれば、今日は二限の古典の授業でしか寝なかったことぐらいか。これは僕にしては結構珍しいかもしれない。
階段を降りようとした時、後方の職員室の方から、リノリウムの床にサンダルをバチバチ鳴らす音が聞こえた。
僕は振り向く。
「古城」
振り向く前、もっと言うなら凛としたその声を聞く前から、それが誰だか気づいていたのだが――僕はいつものようにおどけて見せる。
「おお、墓守先生じゃないですか、どうしたんですか」
墓守先生は僕の所属する『創作部』の顧問である。担当教科は社会で主に世界史だが、授業を受けたことはないので教師としての腕前は測りかねる。色々測れない人ではある。
モノクロのボーダーシャツにカーキ色のクロップドパンツを合わせ、ビルケンシュトックのサンダルを裸足で引っ掛けている。教師としてはラフな格好だ。
今日の髪型はポニーテール。なんだか剣客みたいだ。
女性のくせに、と言ったら今のご時世色々なところから怒られてしまうのかもしれないが、そう言いたくもなる。
僕より十センチほど背の高い墓守先生は僕の肩に手を置き、目線を合わせるために顔を近づける。
一般的におかしい行動であることは確かなのだが、お構いなしに先生は僕に話しかける時いつもこれをする。もう慣れてしまったが、初めてされた時は、それはもうテンパった。顔は熟した林檎のように赤くのようになっていたことだろう。慣れているからと言って今もなっていないとは限らない。
「今日は部活に出るか?」
「そうですね、部室で自習して帰るつもりでした」
三階の部室だ。
「真面目だなお前は。話があるから部室で待ってろ」
「了解しました」
「目上の人には『了解』じゃなくて『承知』だ」
「了解しました」
「よし、じゃまた」
墓守先生は僕の頭にチョップをしてから、再びサンダルを鳴らして職員室に帰って行った。
頭頂部のじわりじわりとくる痛みを堪能しながら僕は少し早足で教室に戻った。
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