一九、あみだくじ
週末の金曜日、六時間目、総合の時間。来週の月曜日からテスト一週間前に入るこのタイミングで、二週間後に控えている校外学習について話し合うことになった。
進行役として教卓に立ち、みんなを見渡しながら僕は声を張り上げた。
「校外学習で行く場所についてですが、
おーという感嘆の声が起こるものの、興味なさそうにしている人や嫌そうな顔を浮かべた人もいる。立港町の中華街といえば隣県の有名な繁華街なので、行ったことのある人は多いだろう。そういう意味では面白くない気持ちもわからなくはない。僕はクラスで行くのがとにかく楽しみだ。
「あ」
声が出た。僕は思い出したかのようにパチパチと拍手を鳴らして盛り上げにかかる。すっかり忘れていた。でもタイミングが遅れたために逆効果で、「え、何?」という感じの困惑の空気が生まれる。失敗を重ねてしまったらしい。
「おいおいマイペースか? 委員長」
秀平くんが茶化し、笑い声が起きる。
「ごめーん」
手を合わせて謝る。ナイス突っ込みに助けられた。
それからプリントを配り、集合時間と場所、移動はバスだということや守るべきマナーなど詳細を説明した。
「ここまでで何か質問はありますか?」
誰も手を挙げなかったので、次の話に移行する。
「ではこれから、当日行動を一緒にすることになる班を決めたいと思います」
教室が一気にざわざわと騒がしくなる。
「班って自由?」
どこからともなく上がった期待の声を、腕を組んで窓際にもたれていた川西先生が一蹴する。
「自由はだめだ。仲良い奴同士で組んでたらただの遊びになるだろう。あくまで授業の一環だ。くじにするかクラスの班にするか。くじの場合、男女均等になるようにな」
落胆の声が蔓延る。
クラスの班とは授業などでグループ活動をする際に作られる班のことだ。座席の並びを元に二列ごとに五人ブロックで班分けされていて、後ろだけ余った五人で一班を作っている。ちなみに僕がその余り者の班だ。
班が決められたのは入学してすぐのことで、掲示板の座席表のところにもマーカーで班分けが記されている。左前から縦に一班、二班……と割り当てられており、僕のところが最後の七班だ。
「多数決を取りたいと思います。くじで決めるか、クラスの班にするか」
それぞれ挙手をしてもらい、その結果、圧倒的多数でくじに決まった。ランダム性があったほうが楽しいからだろう。
「くじって何の?」
女子が疑問の声を上げる。
「あみだでいいだろ。委員長、俺に作らせてくれ」
奥の席から宮野くんがそう名乗り出た。
「じゃあ、お願いしようかな」
やってくれるのであれば断る理由はない。
「一班5人で七班作ってくれる?」
「おっけー、任せろ」
宮野くんが教室を見回し、指でみんなの数を数え始める。
二組は計35人いて、男子17人女子18人からなる。クラスの班が七班あるように5人班にすれば丁度七等分できるんだけど、大丈夫かな。先生が男女均等にって言ってたの、聞いてたよね。
数分後、宮野くんが「よしできた」と大きな声を出した。
「そっちから順番に回してくれ。男子と女子で分かれてるからな」
そう伝えて、ドア側後ろ端の席から班分けの紙が順番に回っていく。大丈夫そうだ。
大丈夫といえば、あれから宮野くんとは良好な関係に戻った。まだ泉くんが謹慎中なので油断ならないが、もう普通に話すようになっている。
「柿原くん、書き終わったけど」
窓際後方から関口さんが声を上げてはっとする。くじの紙は縦に蛇行しながら教室を回り、最後に僕の前の席の奥寺さんに行き着いたはずだ。物静かな奥寺さんが近くの関口さんを報告を頼ったのだろう。関口さんは副委員長であり、物怖じしないから。
「終わったら俺にくれ。結果を発表するから」
宮野くんが手を上げて回収しに行く。
同時に伊藤くんが席を立って僕のほうに向かってきて紙を差し出した。
「ほいゆうちゃん。最後の一本だけど」
笑顔で手渡される。ああ、僕の分か。
「おっ、委員長。残りものには福があるぞ」
宮野くんが関口さんのところから囃し立てる。相変わらず調子が良いことだ。
あみだくじの紙を見る。ノートから手でちぎって作ったみたいだ。端がガタガタだ。
ページを横向きにしてフリーハンドで縦に線が引かれ、線と線の間にランダムで梯子がかけられている。下部分は折り畳まれてマスキングテープが貼られ、くじの先が見えないようになっている。ちゃんとあみだくじになっているようで安心した。
左端の上の空欄に名前を書くと、宮野くんがもう一つの紙を手に持ちながら前に出てきた。
「終わったか? 黒板に書いて発表しようぜ」
僕の持っていた男子のくじも回収される。宮野くんがテープを剥がして結果を確認し、チョークを手に持つ。書いてくれるらしい。こういうイベントで張り切るタイプだったんだ。ちょっとびっくり。
「あ」
宮野くんの手が止まり、僕のほうにしまったという顔を向けてきた。
「そういや泉の分忘れてた」
疑いの目を向ける。また嫌がらせをしようというんじゃないだろうね。
「いやいや偶然。あいついまいないから数に入れるの忘れてたんだって」
早口に弁明されるが、信じがたい。
「ほら、これ見てくれよ。女子のほう」
そう言って女子の班分けの紙を手渡される。
「一つ消してるところあるだろう?」
「うん」
右から五本目の名前を書くところがバツ印になっている。
「間違えて一本多く書いたんだ」
「ふーん」
「普通に間違えた」
どうだか。
まあ宮野くんがみんなの数を数えているところは見ていた。泉くんが謹慎中でいないのは事実だし、そうなるのが故意だと断定はできない。
「そういうことにしておくよ」
宮野くんは笑みを浮かべて親指を立てた。それからくじの紙を食い入るように見て、大きな声を上げた。
「おっ、ここか。ここだな。ここの班が一人足りない」
指で隠されていた下の部分の一箇所を示されるけど、⑦と番号が書かれてるだけなのでわからない。
「やっぱり福はあったみたいだな、ゆうちゃん」
宮野くんはニッと笑ってチョークで班のメンバーを黒板に書き始めた。
首をかしげる。一体何だと言うんだ。
慧眼 柚子樹翠 @yuzukimidori
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