一二、軽口の応酬
気づいたらゴールデンウィークが終わってしまっていた。楽しい時間は本当に過ぎるのが早い。家族で河辺町に行って抹茶パフェを頬張ったのもハマたちとカラオケに行き拳を揺らして熱唱する累が面白かったのも手芸部の友達と家で遊んだのも、全てが過去だなんて……、嘘みたいだ。
この前は休み明けの学校なんか全然平気と思っていたけど、やっぱりあの時間への名残惜しさはあるね……。ちょっと強がっていたかもしれない。
春は忙しなく、今度は中間テストが近づいている。今回は良い結果を出したい気持ちが強く、特に気合いが入っており、ゴールデンウィーク中も毎日勉強は欠かさなかった。
「泉くんはテスト、どう? 自信ある?」
休み時間、昼食を友達と食べてからまた懲りずに話しかけに行った。
泉くんは毎度おなじみ眉間に皺をきざみ、険しい表情で苦言を呈した。
「お前、記憶力がないらしいな。俺は来るなと言ったはずだが」
「いやいや。理科社会みたいな暗記科目の成績なら、別に悪くないよ」
笑いつつ論点をずらし、うやむやにしようと試みる。
「お前は何だ、成績自慢がしたいのか?」
泉くんは背もたれに肩肘をついて体を開き、呆れ声を出す。そう言われる心当たりがないので首をひねった。
「そんなつもりはないけど」
「もう三回目だ。お前の口から『成績は悪くない』と出てくるのは」
長い人差し指を突きつけられる。
指摘されて思い出し、失笑する。
「あはは。そういえばそうだったね。また同じこと言っちゃった」
「やっぱり記憶力ないな、お前」
「いやいや」
笑ったまま手を振って否定する。
「でも今回は僕、本当にテスト気合い入ってて、数学は満点取る自信があるよ。困っていたら教えられるから。そうだ、一緒にテスト勉強しない?」
泉くんはくだらないとばかりに鼻を鳴らす。
「お前はテストの目的を忘れているな。テストとは理解しているかどうかを確認するためのものだ。理解さえできていれば点なんざどうでもいい。で、俺は教えられたことを十分に理解するだけの頭は持っている」
泉くんは自分の頭を指差す。
「つまり俺はテスト勉強なんてする必要はない。無論、お前に教えてもらうことなんて何もない。……いや、世の中には物好きでしつこい奴がいるという頭の抱えたくなる事実を教えられたな。最悪な教訓だ」
よくそんな切れ味のある言葉が次から次へと出てくるね。心の中で苦笑いしながら、僕は腕を組んでとぼけた。
「へえ。そんな面白そうな人いるんだ? 僕にも紹介してよ」
あ? と怒り眉の顔で睨まれる。怖い怖い。
「鏡を持ってこい。見せてやるから」
「わかった」
辺りを見渡す。どこに鏡、置いてあるかな。女子に頼めば貸してくれるだろうか。
「わかるな。いらねえよ」
泉くんに足を軽く蹴られてしまう。
「えー。どっち?」
惑う演技をする。もちろん本当に鏡を持ってこいと言ってないのはわかっている。軽口の応酬だ。
彼はむすっとした顔を浮かべ、親指で後ろを示した。
「もういいからあっちに行け」
「えー。酷い」
「至極真っ当な対応だ」
泉くんは呆れ顔で長い首を振り、深い溜め息をついた。
「お前といると、疲れる」
「……酷い」
本音が漏れ出たみたいな感じで言われて、少し凹む。確かに自分でもいつも無駄にテンションが高いとは思うけどさ。
肩を落として自分の席に戻ろうとする。
「ああ待て」
お。引き止められた。勢いよく振り返る。
「何?」
泉くんはぴんと人差し指を立てた。
「一つ訊きたい。江川ってどんな奴だ」
「うん? 六組の?」
きょとんとする。謎めいた質問だ。どうしてそんなことをというのもあるけど、友達はいらないという泉くんが他人に関心を寄せるなんて。
「訊く理由は訊くなよ。お前はただ訊かれたことに対してシンプルに解答すればいい」
高圧的な物言いに口を尖らせる。でも溜め息をついてから、答えてあげる。
「……喧嘩が強くて、宮野くんと仲が良い、かな。僕が知ってるのは」
江川くんとは同じクラスになったことがないので関わりがない。
「なるほど」
泉くんは腕を組みながら視線を下のほうに向け、考え込む素振りを見せた。
口を開く。
「わかった。下がっていいぞ」
「そんな上司が部活に言うみたいに」
頬を膨らまして軽く突っ込み、その場を離れた。
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