一三、友達からの苦言
それから教室の奥のほうに座っていた守山泰斗と目が合ったので、立ち寄る。泰斗は背中を丸めて逆向きに前の椅子に座る藤沢誠也と相対して喋っていた。二人は大体いつも一緒にいるよねってぐらいに仲良しで、たまにこうして僕も混ざる。泰斗とは同じ班という繋がりもある。
「何話してるの」
訊くと誠也が白い歯を覗かせて答えた。
「昨日新たに面白い戦法思いついたから、検討だ」
「へえ。聞かせてよ」
ゲームの話だった。僕ら三人の共通趣味で、育成したモンスターを対決させて遊ぶゲームだ。誠也の思いつきを聞くと確かに面白そうで、今度やってみようと話は盛り上がる。
「悪い、俺トイレ行ってくる」
誠也は区切りがつくとそう断って大きな体を起こし、小走りに教室を出ていった。我慢していたのか。
「……なあゆうちゃん。泉に関わるの、やめたほうがいいんじゃない?」
「え?」
泰斗にか細い声で突然言われ、目を剥く。
「最近、よく喋りに行ってるよな」
……見られていたか。
いままで泰斗に泉くんのことを言われたことはなかった。控えめな性格だからなかなか言い出せずにいたのかもしれないね。
「まあ、あんまり喋ってもらえないけど」
頭をかいて笑う。泰斗は眉を曇らせて泉くんのほうを向き、肩をすくめた。
「そりゃあ、あんな感じだからな。今日もほら、伊藤と揉めてたじゃん」
「あー」
伊藤くんは島尾くんの友達で、泉くんの後ろの席だ。特徴的な天然パーマの髪をしている。今朝二人が言い合いをしていたのは僕も目撃していた。二時間目終わりの休み時間だった。伊藤くんはのりを借りようと泉くんに声をかけたらしいが、泉くんは持っていながら頑なに貸さなかったらしい。苛立った伊藤くんが罵倒し、泉くんも怒って伊藤くんの胸ぐらを掴み、あわや取っ組み合いに発展するところだった。まあいつもの、どっちもどっちだ。
泰斗は机に腕をつき、眼鏡の奥の小さな瞳で僕を見た。
「ゆうちゃんが誰とでも仲良くしようとするところ、良いと思うけどさ。泉には関わらないほうがいいよ」
「……どうして?」
理由は大体想像がつくんだけど、そう言われることに納得できない自分が問いかける。
泰斗は教室内をキョロキョロと見回してから、声をひそめて言う。
「宮野が良く思ってない」
「あー」
そっちか。
まあ、そうらしいね。
「最近訊かれたんだよ。宮野から。ゆうちゃんは泉とどういう関係なんだって」
顔が曇る。僕の知らないところでそんなことが。関わるなという念押しにあの冷たい目。宮野くんは僕が泉くんに近づくことを相当嫌がっているようだ。あの脅迫状もやっぱり宮野くんだね。
「それは、迷惑かけたね」
「本当、勘弁してよ。俺まで宮野に目つけられるじゃん」
心底迷惑そうに言われて、ちょっと傷つく。僕の行動から火の粉が飛んだわけだからそう思うのも無理はないし、申し訳ないと思うんだけどさ。
僕ってそんなにいけないことをしてるのかな。ただ、クラスメイトと友達になろうとしてどうして責められないといけないのだろう。
「……ほら僕、学級委員長だから。泉くんとも仲良くしないと」
僕は自分を指差しながら気丈に振る舞って言う。
「馬鹿。そんな建前通じねえよ」
えー。僕の秘策があっさり見破られた。いや、完全に嘘なわけじゃないんだけど……。
「お前が誰とでも仲良くしようとするハートフル人間なぐらい、みんな知ってる」
「……そうなんだ」
ハートフル人間とは、面白い言い方をする。でもそれって、良いことだよね。僕がなりたいと思っているタイプそのものだ。言われて割と嬉しいんだけど、違う?
ぎこちない空気になる。決まりの悪さから首を撫でる。
そこへ肩を叩かれて声がかかった。
「なあなあ委員長。頼みがあるんだけど」
首を回すと、坊主頭と日に焼けた肌から活発な印象の強い高富秀平が爽やかな笑みをたたえて僕を見ていた。彼は宮野くんを中心とするアグレッシブなグループの一人だ。何やら手にプリントの束を持っている。秀平くんはそれを僕の前に差し出した。
「これ、みんなに返しといてくれないか。さっき頼まれちまったんだが、俺全員の席わからねえし」
「えー」
嫌そうに腕を組むと、秀平くんは九〇度ぐらいに体を折って懇願した。
「頼む!おねがいしゃす!」
体育会系特有のくだけた言い方をされる。
「仕方ないなー」
僕は呆れ笑いをしながらプリントを受け取る。秀平くんは僕の背中をバシバシと叩いた。
「さんきゅっ!まじ助かる!」
「痛い痛い。わかったから」
秀平くんはさらに拝むように手を合わせた。
「さすがは神様柿原様!」
「はいはい」
適当にあしらうと、秀平くんは「頼んだぜっ」とご機嫌なステップで勢いよく教室を出て行った。
渡されたプリントに視線を落とす。先週提出した英語の宿題だ。
「……このお人好しめ」
泰斗に責められ、苦笑いになる。それは否めない。ただ僕はお人好しも、悪いことだとは思ってない。そう言われたら嬉しい。頼りにされるのは、それだけ自分に価値があるのだと思えるから。
まあそれで思い上がってるようではいけないけど。
泰斗が溜め息をついて、「ん」と手の平を差し出した。
「三分の一渡せよ。手伝ってやる」
「いいの? ありがとう」
泰斗は眼鏡の位置を直して、片笑みを浮かべた。
「貸しだからな?」
両肩を上げ視線を逸らし、聞き流す。
なんだかんだ泰斗は優しい友達だ。
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