四、友達になりたいんだけど
みんな明日からのゴールデンウィークに心をすっかり奪われているようで、「どこ行く?」や「楽しみすぎる」といった弾んだ声がしきりに聞こえてくる。今朝は少し歩きづらさを感じるほど強い風が吹いていたが、みんなのざわめく様子があのとき風に踊らされ騒いでいた木々を思い出させる。
まあ落ち着かない心持ちで授業を受けていたのは僕も同じだ。ただしそれはまた別の理由で、あの口の回る一匹狼くんとどう話したら上手くいくか考えを巡らしていたからだ。
二時間目が終わり、休み時間。いつも通りに泉くんは教室でひとり、頬杖をついて座っていた。以前と違い周囲に他のクラスメイトがいる状況だけど、僕は小さくこぶしを握ってから泉くんのところへ向かった。前方に立つ。第一ボタンを開けた学ランから赤いTシャツが見えている。カッターシャツを着ていないようだ。
机をトントンと叩き、普段通りの明るさで話しかける。
「ねえ、泉くんは一年のとき何組だった?」
周りにいた数人がこっちのほうをちらっと見たのがわかった。これで僕が泉くんに友好的に接しようとしていることがみんなに知れてしまうけれど、もう決意は固めてある。構わない。
彼は不機嫌そうな顔の眉間の皺を一層深め、投げやりに言った。
「その答えを知って一体何があるんだ?」
いざそう訊かれると、困る。
「……何もないかな。ただの興味」
世間話だ。とりあえず気軽に話せる話題を、と思ったんだけど。泉くんは腕を組んでくだらないとばかりに鼻を鳴らした。
「俺はくだらない会話をして時間を無駄にする気はあっても、無意味な会話で無為に過ごす気はない」
「うーん、そっか」
困ったな。まさかこんな何気ない話をすることすら許されないとは。……いや、泉くんはそういう何気ない会話こそしたくないと言っているのか。小難しい言葉の違いはよくわからないけど、何となく言いたいことはわかる。泉くんらしい感性な気がする。
「何を話せばいい?」
尋ねたところ、泉くんはがくりと机の上で崩れ落ち、呆れた声を出した。
「俺に訊くぐらいなら、何も話さなくていいだろうが……」
それもそうか。
「わかった。自分で考える」
泉くんが手で制す。
「いやそれもだめだ。会話というのは自然に行われてしかるべきだ。考えないと浮かばないようなら何も話すことはないということに他ならない。わかったら口を閉じ回れ右をして自分の席に――」
「君と友達になりたいんだけど」
泉くんの言葉が長くて、被せる形になってしまった。
隣にいた人が驚きの目を向けたのが横目でわかった。後ろまでは見えないけど、ひょっとして相当注目されているのだろうか。いや、別に騒ぎになっている感じはしない。
「……は?」
泉くんが初めて動揺を見せた。目を見開き、言葉を失っている。
「考えずに話せって言うから、思ってることそのまま言った」
「お前、正気か?」
「うん、正気だよ」
泉くんを狼狽させることができて、ちょっと得意げになる。
「馬鹿だろ」
直球に言われてしまい、思わず笑った。
「そうかな。別に成績はそこまで悪くないはずだけど」
僕はとぼけた。もちろん泉くんがそういう意味で馬鹿だと言っているわけではないのはわかっている。
泉くんはしばらく無言で頭を抱えていたが、ふとその目つきが変わり、手を頭の後ろで組みながら溜め息交じりにやや大きめの声を出した。
「そうか。お前も大変だな」
「え?」
何を労われたのかわからず困惑する。
「学級委員長はクラスのはずれ者の面倒を見るなんてそんな厄介な頼み事までされるのか」
何を誤解したのかそんなことを言い始め、僕は慌てて頭を横に振る。
「ちがっ」
「まったく恐れ入った。しかし川西には徒労だと伝えろ」
泉くんは強い口調で言葉を重ね、針で刺すかのような鋭い目つきで牽制して僕に何も言わせなかった。
「俺は誰の助力も必要としていない。ひとりぼっちで寂しいだろうと憐れむだけなら勝手だが、助けてやるなどと思い上がったことを考えてもらっては迷惑だ。そんなこと俺は望んでない」
泉くんはそう言って机の上の細長い黒ペンケースと横のフックにかけていた鞄を手に持ち、立ち上がった。
「どこに行くの?」
休み時間はまだあるけど、そんな鞄を持って立つような何かがあるとは思えない。
「帰る」
「え?」
「先生に訊かれたら泉は気分が悪くなったから帰宅したと伝えてくれ」
「え、いやいや。ちょっと!」
慌てて引き止めようと手が伸びたけど、彼は一方的に言いつけて一切の躊躇なしに教室内を突き進み、前のドアから出ていった。
何と滅茶苦茶な。
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