二、絵空事を思い描いて

 白い電灯の下、時計の音だけが規則的に響く自室で一人。回転する椅子に座ってくるくるしながら、今朝の出来事を思い返していた。


 泉くんは学校での一日をほとんど自分の席に座って過ごしている。友達がいないから、なのかな。その定位置に島尾くんが座ってしまっては、泉くんの居場所が奪われたも同然だ。腹を立てるのも無理はない。でも蹴るのは良くない。

 一方で島尾くんは伊藤くんと話すために椅子を借りていただけで、悪気があったわけではない。蹴られるまでされたら怒るのは当然だ。ただそのあと宮野くんが泉くんに嫌がる呼び方をして煽ったのは良くない。島尾くんも宮野くんに乗っかって馬鹿にしていた。良くない。


 問題は双方にあったと言える。

 もっと穏やかに「ごめんそこは自分の席だから座ってもいいかな?」「もちろん。こっちこそ勝手に使ってごめん」というやり取りで済む話だろうに。それがどうしてああなるのか。

 思わず溜め息が出た。机の上に肘を置いて握りこぶしを顎の下に埋め、悩む。


 僕は、密かに自分のクラスが「みんな仲の良いクラス」になって一目置かれることを夢見ていた。体育祭や文化祭などでみんな積極的に協力して取り組めるようなクラスを。学級委員長になったのもそれを実現したい気持ちがあったからだ。

 友達に言えばそんなの絵空事だと笑われるだろう。でも、だからこそ強い憧れがあった。


 いまのクラスにそんな見通しはない。このまま何もしなければ夢は遠ざかるのみ。せめても目の前の泉くんに関する問題ぐらいどうにかしないといけない。

「……わかってるけど」

 どうすればいいんだ。


 双方と話をして相手に謝るように促し、仲直りを図る。

 まず思いつくのはそんな案だが、すぐに首を振った。上手くいくわけがない。あの泉くんが素直に謝るところなんて想像がつかない。それどころか自分は何も悪くないことを論理的に説明してくるだろう。島尾くんも宮野くんも嫌がるに決まっている。


 二人が仲良くするところなんてまったく想像できない。泉くんはきっと生来からああいう性格なのだ。演じているわけではない。宮野くんもああして人をからかって楽しむ趣味を持っているのだと思う。

 お互い相手にその要素を見つける限り、気に入らずに喧嘩を吹っ掛けるだろう。二人が衝突することは避けられない。


 ふと僕の脳裏に姉の姿が浮かんだ。

 お姉ちゃんなら……。

 壁越しに姉の部屋に目を向ける。


 お姉ちゃんの同級生で僕の遊び相手にもなってくれるふっくんが、よくお姉ちゃんの偉業について嬉々として話す。その一つに、犬猿の仲だった相手と親友になったという話がある。

 宮野くんと泉くんが仲良くなる世界も存在しうるのだろうか。お姉ちゃんなら、それを成しえるのだろうか。


 両手のこぶしに力が入る。

 一体、どうやって……。


 一つ、浮かぶ案はある。二人が衝突することが問題なら、そうならないように誰かが二人のあいだに入って仲立ちすればいい。例えば、僕が。


 柿原優子は陽気なクラスメイトから寡黙なクラスメイト、自分を嫌う相手に至るまで誰とでも友達になれる。


 ふっくんは目を輝かせながらそのようにお姉ちゃんを称えた。僕も小学校の頃、近所の大人たちと楽しそうに話す様子や登校中にいろいろな学年の子が話そうと寄ってくるのを見てきた。

 お姉ちゃんなら、犬猿の仲の二人さえも仲良くさせてしまうのではないか。


 仲立ちするためにはまず僕が泉くんと仲良くなることだ。宮野くんとはある程度話せるからね。

 泉くんがああしてからかわれたり敬遠されたりする対象になるのは、彼がひとりぼっちであるということも大きな原因だと思う。泉くんに友達ができればまた状況が変わる可能性がある。泉くんもクラスに友達ができたら嬉しいはずだ。


 泉くんと友達になり、宮野くんが僕の友達ならと遠慮するようになる。実現性が高くかつ平和的な解決方法だ。ただしそれはあくまで上手くいったときの話で、上手くいかなったときのリスクも懸念される。


 泉くんと仲良くなることで今度は僕がみんなに避けられるかもしれない。宮野くんとの仲が拗れて、虐められることになるかもしれない。それでも泉くんと友達になれればまだいいが、泉くんと友達になることもできずにそうなり僕も孤立するという最悪な結果もありうる。

 怖い未来が浮かび、目をぎゅっと閉じる。


 しかし、何もしないことには、何も変わらないのだ。

 嫌な想像を振り払って瞼を開く。

「あとは僕次第、かな」


 お姉ちゃんなら、きっと上手くやるだろう。なら弟の僕にも、同じことができるはずだ。泉くんのような人とも仲良くなって、クラスのわだかまりを解消することができるはずだ。


 やってみせよう。

「よし」

 強くこぶしを握って気合いを入れた。

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