第17話

私は更衣室のカレンダーを見た。『大会』はついに明日。

巳之口先輩が調べた情報によると主催校を含めて、五校が出場するらしい。

少なく感じたが、そもそも最近までドッジボール部自体がこの辺りでなかったことを踏まえると十分な数らしい。

ということは残りの三校は即興の部ということだ。

負けられない。と活を入れ更衣室を出る。

「よし、全員いるな。それじゃ配るぞ、サイズが合っているか確認してくれ」

そういって配られたのはお揃いのユニフォーム。

「せっかくだから」と貯まっていた部費で天辰先輩が発注したユニフォームは、シンプルな黒で、番号とかの代わりにそれぞれが注文したワンポイントが裾のあたりに縫い付けられている。

夜慧は鼠、葵は丑、小梅は「ただいま考え中」と散々伸ばした結果、夜慧に申にされた。

「可愛いじゃん、申」

「遠くから見たら達磨だよ。和の猫とかみたいに耳とか角があるのにすればよかったなぁ」

私のワンポイントは猫にした。

またよろしく。とワンポイントに触れる。

改めてユニフォームに着替え、締めの練習として一回だけ練習試合をすることに。

この試合中アップを投げることは叶わなかった。けど、根拠のない自信はあった。

次の日、集合場所に早く着き過ぎた。そう思っていたが天辰先輩の方が早かったようだ。

「おはよう」

「おはようございます」

「はは、ダメだな。みんなにしっかり体を休めるように言ったのに、全然寝れなかった」

天辰先輩が自虐的に笑う。

「久末先輩のことですか?」

「――ああ。女々しいとはわかってるんだけど、この場所に懇がいないと思うとね」

「大丈夫ですよ」

軽い口調で私が言う。

「どんな時でも、強い思いがあれば繋がれます。だから久末先輩はここにいます」

「驚いたな。和、いつの間にそんなに大人びたんだ?」

「え?あ、すみません。生意気なこと言って」

そんなことないよ。と天辰先輩が頭を振る。

日が十分に上りだしたころには全員が集まった。

「それじゃ行こうか」

主催校の体育館には地方のテレビ局や雑誌の記者が屯っていた。

その中心でインタビューを受けているのは、部活指導員として呼ばれているプロのドッジボール選手か。

「いけ好かねえな」

寅谷先輩がぼそっと呟く。

「気分はすでに勝者、という感じね。ところで戍亥たち震えてるけど大丈夫?」

「大丈夫!」

「武者震い!」

どうやら、みんなそれぞれ感じてるようだった。

開会式を終え一回戦、私たちの試合がはじまる。

シード枠の主催校は余裕綽綽といった感じだ。

寅谷先輩ではないけど、なんだか癪に障る。私が言うのもなんだけど、競技精神が欠けているように思える。

ホイッスルが響き試合がはじまる。

正直、小学生の方が強いまであったが、一球一球確かめるように投げて躱す。

再びホイッスルが響き旗がこちらにはためいた。

次の試合も終わり主催校が動く。

「さて、どんなもんですかね」

午居先輩の目線の先、主催校の試合がはじまった。

圧倒的。そうとしか言えない試合だった。いくら即興の部だとしても、コート上に一人も残らないとは思わなかった。

「これは情報以上だねぇ」

巳之口先輩はそういうが臆してるとかそういうのはなかった。

いや、巳之口先輩だけじゃなかった、みんな、あの小梅ですら「やったるぞ」と奮い立たせている。

そんな折、天辰先輩の端末に緊急の連絡が入った。

「――はい、はい」

耳から端末を離した天辰先輩は、急く気持ちを抑えるように深呼吸をした。

「懇のことですか?」

「ああ。みんな聞いてくれ、懇が倒れた。多臓器不全とのことで今から緊急手術をすることになった」

「それで、どうするの?試合を棄権してネムのところへ行く?」

私たちは天辰先輩を見た。

「――まさか。優勝したことを懇に伝える、そう言ったじゃないか」

「ね、ね、みなさんアレをやりませんか?」

葵が大きく腕を広げる。

察した私たちは肩を組み大きな円を作った。

「鎬原高校――」

『ファイトオー!』

試合がはじまる。


葵がジャンプボールを確実に決め、こちらの先制となった。

卯ノ花先輩が球を拾い、外野の小梅へとパスをだし、球を回してゆく。

小梅から汀先輩へとパスがまわり、攻勢にでる。

だが、汀先輩の速球はいともたやすくとられ、今度は相手のパス回しの番に。

たぶん軽く投げているつもりなのだろうが、早い。早さのあまりに足がもつれそうになる。

パス回しからの外野の速球がコートを貫き、夜慧がアウトに。

今度は外野に出た夜慧と寅谷先輩が挟撃の形で速球のパス回しをするが、途中でカットされ球を奪われ、卯ノ花先輩が打ち取られる。

減ってきたコート内でどうやら次の標的は私のようだった。

ともすれば身をかすめる球を躱すのが精一杯で、体力を削られてゆく。

――しまった。

腕に当たった球が高く飛びあがる。

「セーフ」

だが、アウトにはならなかった。飛び上がった球がコートに落ちる前に、酉水先輩がダイビングキャッチで球を掴んだのだ。

「タイム、お願いします!」

天辰先輩がタイムをかけ、卯ノ花先輩が急ぎ救急箱を取りに行く。

みれば酉水先輩の腕からドクドクと血が溢れていた。

「平気。やれる」

「無茶しないでよ」

包帯を巻きながら卯ノ花先輩がそういう。

「お願い。和」

やはり痛いのだろう。震える手で酉水先輩が球を手渡してくる。

試合再開のホイッスルが響く。

私は持てるモノ全てを球に乗せて、投げつけた。

コートの上を猫が闊歩し、捕まえようと伸ばした手を嫌い、上へと抜ける。

「アウト!」

この一球が鎬原高校の形勢一変となった。

続く相手の球を、凪先輩が受け止め夜慧へとパスを回し、夜慧の球がコートを貫き、それを受け取った葵の渾身の一球が、一人を打ち取る。

相手も巳之口先輩を打ち取ってくるが、それが寅谷先輩との挟撃を作る形となり、寅谷先輩の球が一人を打ち取った。

後半になっても勢いが止まらず、卯ノ花先輩から天辰先輩へとパスがまわり、白銀の瞳に睨まれた一人がアウトになった。

返しの球を、まるで舞うように午居先輩が受け切ると小梅へとパスを回し、小梅の返しの球は酉水先輩へ。そして酉水先輩は痛むであろう手で、外野へとパスを回そうとするが、思ったより飛ばず相手に取られてしまう。

そのまま標的にされた酉水先輩だったが、滑り込むように前にでた汀先輩が膝をつきながら球を受け切る。

そこで試合終了のホイッスルが鳴り、旗がこちらにはためく。

私たちが勝ったのだ。

開いた口が塞がらない、という感じのプロのドッジボール選手をよそに報道陣が詰め寄る。

「渡浪、ここは適当にあしらっておきますから、とっとと彼女さんのところに行ってください」

恩に着る。と私たちが作った道を天辰先輩が駆ける。

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