第16話

この時期はどこの部活も大会で忙しくなるらしい。

そうなると、いつもより大きくコートを譲ったりする。

別にそれは暗黙の了解だし、お互い様なのだがバドミントン部とバスケ部、両方から頼み込まれてしまった。

結果、端の方でこじんまりとやるぐらいなら休息にした方がいいだろう、ということで急遽午後錬が中止になった。

それじゃあこの前みたく神社で、というのも雨で出来ない。

夜慧たちは運動公園で少し体を動かす、と言っていた。

私もそっちに参加する予定だったが寅谷先輩に誘われバッティングセンターへ向かうことに。

「私、打てる自信ないです」

「いや、今日は打ちに来たんじゃない。それよりよかったのか、夜慧たちとも約束があったんじゃないか?」

「約束はしてなかったですし、その、誰か先輩に変化球を見て欲しかったので」

ふーん。と寅谷先輩は奥の小部屋へと入ってゆく。

「これは?」

「ストラックアウト。知らない?」

寅谷先輩は硬球を手にすると数字が書かれたパネルに投げる。

まっすぐ飛んでいった球はパネルを打ち抜いた。

「ま、こういうゲーム。昔、親に連れてこられたのを思い出してさ」

再び寅谷先輩が投げ込み真ん中が空く。

「あたしさ、昔から熱中とは無縁だったんだよね。小学生の頃に地元のソフトボールクラブに入っていたけど、気づけば辞めてた。今はプラモがあるし好きだけど熱中というよりは、もくもくとやる感じでさ」

寅谷先輩が斜め下を狙って投げ込むが枠に弾かれる。

「そんな斜に構えてるあたしでも、ようやく阿呆になれそうなんだよ」

渾身の一球が斜め下を貫きビンゴとなった。

「普通さ、吐いたら学校なんて来たくなるし、部活なんてもってのほかになるんだよ。でもあんたは、あんたたちは違った。『頑張ってる』じゃなくて『負けてられない』そう思わせるものがあってさ、年上なら諦めなり、みて見ぬ振りも出来たけど、年下相手がそんなものみせてきたら、いやでも熱くなるじゃん」

寅谷先輩が硬球を手渡してくる。

「あの時とかは半ばやけくそみたいなもので」

「だとしてもだよ、受け取る方は勝手なんだ。ほら、変化球投げてみな」

言われるがまま投げ込む。投げ込む変化球はアップ。

ガッと投げた球は縁に弾かれる。

「和、こっちで投げてみろ」

寅谷先輩が硬球より大きく、ドッジボールの球よりは小さいソフトボールを手渡してきた。

ふぅ。と息を吐き切り一旦力を抜く。

――猫の尾、それに倣ってしなやかに。

それは私なりに考えた投げ方。

球はパネルを貫いた。がアップ――浮かんでいたかは私からではわからなかった。

寅谷先輩の方をみる。

「――いいんじゃない?無駄な力も入ってないし。変化してるかどうかは、ドッジボールの球を投げてみないとわからないけど」

寅谷先輩はそういうと硬球を手にした。

「和、勝負しようか。買った方がアイスをおごる」

「わかりました。負ける気はないですよ」

ふっ。と寅谷先輩が笑った。

翌日、昼休みになり、私は急ぎ足で屋上へと向かう。

酉水先輩の篳篥演奏も楽しみだったがそれだけではない。

演奏が終わり頬を赤くしている酉水先輩に歩み寄る。

「酉水先輩、少しいいですか?」

「ん?」と酉水先輩が首をかしげる。

私は横に座ると巾着袋からプラスチックの丸い容器を取り出した。

中身はカタリーナの記憶、知識から作り出した植物由来の軟膏。

カタリーナの知識を使っていいものなのか、改めて聞くなり一言いいたかったのだが、あの日を境に私は夢を見なくなっていた。

それでもカタリーナの記憶が薄まるとか、そういうことはなく、むしろ庭師だったころの記憶も薄らぼんやりと思い出せるほど。

その中でカタリーナが誰かに、なにかを渡してるのを思い出して、誰かの為にこの知識を使うなら、と軟膏を作った。

「私に?これを?」

「はい、こないだのお礼です。よかったら使ってください」

酉水先輩は手から何枚かの絆創膏を剥がし、軟膏を塗りだした。

その手を日にかざす。

「いい。ありがとう、和」

「肌に合うようでよかったです。それじゃまた部活で」

立ち上がる私のことを酉水先輩が呼び止める。

「空いてる、放課後?久末先輩のお見舞いに行きたくて」

偶然にも、今日行こうとしていたところだったのでぜひに、と約束した。


先輩方だけではなく夜慧たちも、なにか手土産を持って行ったらしい。

私たちも。とあれこれ考えたのだが、結局決まらずとりあえず顔をみせに行くことにした。

「あら、ちとせちゃんに和ちゃんも来てくれたの?」

久末先輩は元気そうだった。だけど、少しやつれているようにもみえた。

座って。と促され近くのパイプ椅子を引き座り込む。

「みんなは元気かしら?て誰かが来るたびに聞いてるから、みんな元気にしてるのは知ってるのだけど。あ、そうだ練習はどう?」

「やる気、みんな。頑張る、て」

そう。と嬉しそうに久末先輩が笑う。

「あの、それって――」

私は先ほどから気になっていた、卓上の物を見て言った。

「ああ、これはみんながくれたの。ふふ、本当にもらってばかり」

なるほど夜慧たちは漫画を持ってきたのか。

それにしても私が話をふってから久末先輩が浮かない顔をしている。

「具合悪い?久末先輩」

酉水先輩もどこか久末先輩が晴れやかでないことに感づいたらしい。

私は意を決して聞いてみた。

「久末先輩なにか悩み事でもあるんですか?」

「あら、顔に出てたかしら」と久末先輩が頬を押さえる。

一度目を伏せ、先輩方や夜慧たちが持ってきた物を見て言う。

「私ね、昔から人から貰ってばかりで、なにも返せてないの。だから和ちゃんたちがなにも持ってこなかったときは、ちょっとホッとしちゃって」

目線は窓の外へと向けられる。

しばしの沈黙の後私は口を開いた。

「そんなことないですよ」

「え?」

「私は久末先輩と出逢ってドッジボールを知ることができました。目に見えることじゃないですけど、確かに私は久末先輩から貰ってるんです。だから、なにか返したいって思うんです」

私も。とか細い声だが、はっきりと酉水先輩が言う。

「久末先輩が背を押してくれたから。みんなの前で、吹けるようになった」

「和ちゃん、ちとせちゃん。それじゃあ私はなにも返さなくていいの?」

「私はそれでいいと思います。久末先輩がいつも通りでいてくれるだけで、元気な姿を見せてくれだけで、十分なんです」

酉水先輩がこくりとうなずく。

そっか。と久末先輩の頬を涙が伝う。

「ふふ、ごめんなさい。ねえ、一ついいかしら。持ってたらでいいのだけど、ちとせちゃんの篳篥が聞きたいの」

それだけはしっかりと持ってきていた。

ナースステイションでお湯を貰い、車椅子を押し屋上へと向かう。

朱色の空へと向かって酉水先輩は越天楽を響かせた。

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