第15話
カタリーナ・パルダウフ。花が好きで知的好奇心にあふれた彼女は、ついに冬でも自身が管理する花園を満開にすることが出来た。
努力と好きが故にできたこと。しかし、それは傍からみれば魔法だったのだろう、いつしかカタリーナは魔女と呼ばれるようになる。
そして時代が悪かった。カタリーナは魔女として処刑された。
――魔女狩り。
私の『前世の記憶』はカタリーナの最期の記憶だった。
ふぅ。と私は息をもらす。
「えい!」
後ろから手が伸び、自販機のボタンが押されスポーツドリンクが落ちてくる。
「勝手に押してごめん。でも、でも、和はこれだよね」
「うん。私の方こそ自販機の前でぼうっとしててごめん」
私は葵からドリンクを受け取った。
「大丈夫?疲れた?」
「ううん、これでも体力ついた方だから」
それは実際のことだった。
自販機横のベンチに葵と共に腰かける。
「なんかみんな『やるぞ!』て感じで。うん、うん、私はこの感じ好きだな」
「はは、ごめんね。私たちと遊ぶときは大体ゲームとかだから」
「ううん、ゲームはゲームですごく楽しいよ。スポーツとはまた違う気持ちでワイワイできるもん。この気持ちはね、和たちと友達だから知れたんだよ」
にひひ。と葵が笑う。
「なになに?ゲームの話?」
都合のいい地獄耳の小梅が駆け寄ってくる。
その後ろからは夜慧が。
「あのさ、ちょっといい?」
夜慧が自販機のボタンを押したタイミングで話を切り出す。
「どした、改まって?」
「恋?もしかして恋?好きな人出来た?」
「いや、そういう話じゃなくて――」
自分から振っておいて、なかなか話せない。
「和、とりあえず放課後にしない?ね?」
私がしどろもどろしていたところに葵が助け舟を出してくれた。
『ありがとうございました』と部活終了後、いつもの四人で正門に向かう道すがら、私は自分のことを夜慧たちに話した。
「念の為友達を連れてきてください」そう、午居先輩に言われたからだ。
拙い私の話を夜慧たちはなにも言わず、静かに聞いてくれた。
「――ということなんだ。それで明日一緒にこの前行った神社に来て欲しいんだけど」
正門を抜け足を止め夜慧たちを見た。
「別にかまわないよ」
夜慧はあっけらかんに言うし、葵と小梅に至っては驚いてすらいない。
いや、小梅は興奮していた。
「話がある、て言うから心配はしてた。けど、うん、うん、力になれるなら協力するよ」
「うおぉ、熱い、熱い!主人公不調からの再起!因縁を断ち切ってからの覚醒!」
「おまえなあ、和は悩んでんだぞ」
夜慧が小梅の頭をぐりぐりと押す。
いつもの光景。変わらないもの。
思わず笑みがこぼれる。
「――ありがとう」私は小さな声でそういった。
次の日、巳之口先輩に教わったカーブを投げてみる。
確かに曲がってはいる。だけど微々たるものだし、試合中には使い物にならないだろう。
大会まで時間がない。それまでに物にできるかどうか。
力んで投げ込んだ球があらぬ方向へと飛んでいく。
「リラックス、リラックス。マイペースを忘れちゃダメだよ」
「はい」とキャッチボールを再開する。
練習の仕上げとして六対六で練習試合をすることに。
ジャンプボールはお任せあれ、という具合に葵が確実に取りに行く。
小梅も無駄な動きはなくなったし、内野へのパス回しも的確になり、軍師というのもあながち間違いではなくなってきた。
確実に進んでる。それは私だって――。
夜慧の球を受け切ると素早く返した。
『ありがとうございました』と部活が終わる。
正門前にいつもの四人で向かうと卯ノ花先輩と午居先輩、それに酉水先輩もいた。
「ちとせが篳篥を吹けることを思い出しましてね、彼女にも協力してもらうことになりました」
「ごめん。話広げちゃって」
「いえ、別に構わないです。それで、酉水先輩よろしくお願いします」
うん。と言う酉水先輩は緊張しているようだった。
「大丈夫?和」
「大丈夫です。それより、急だったのにありがとうございます」
「頑張ってるから、和。できることなら、したいなって」
神社へ向かう道そんなことを話した。
「準備があるので」と神社がみえてくるなり、午居先輩が駆けだす。
私たちが神社につき、数分したところで神子服姿の午居先輩が姿を見せた。
ささ。と本来は入れない本殿へと案内される。
本殿内には薄くて白い一枚布がひいてあった。
「和はここに寝っ転がって下さい。それで夜慧たちは和の両手を握ってあげて、もし痙攣を起こすようなら強く握り返してください」
「これは可能性なのだけど、和の記憶が薄れて『前世の記憶』が濃くなることもありえる。そうならないためにも、新子たちには雨夜の記憶を繋ぎとめて欲しいの」
だから夜慧たちを呼ぶ必要があったのか。
右手と左手をぎゅっと掴まれる。
「どう?痛いか?」
「ううん。むしろくすぐったい」
「そちらの準備は整ったみたいですね。ちとせはどうです?」
酉水先輩は舌と言うリードを咥え音を響かせた。
「いける、大丈夫。曲目は五常楽急?」
「ええ、それでいきましょう。では私はアメノウズメ命となり猿田彦命に問いてみましょう」
シャン。と午居先輩が鈴を一振り。
「雨夜、いい?自我を強く持って。それと時間になっても気を失ってたり起きなかったら酉水に鶏徳を吹いてもらうから、その音を頼りに帰ってきて。必ずよ」
「はい」と私はゆっくり目をつむった。
酉水先輩の演奏と午居先輩の舞がはじまる。
正直この中で眠るなり、カタリーナの記憶をみるなり、出来ないと思った。
だけどそんな不安はどこ吹く風。音が遠くなり私は眠り出す。
暗い。目をつむっているのか、開いているのかわからないほど。
まるで赤子がはじめて立つように、よたよたと立ち上がりまわりを見渡す。
あの城はみえない。
でも、カタリーナに関するなにかがあるはず。と闇の中を凝視した。
彼方に光るものがみえる。
それは段々とこちらに近づいてきた。
光は私の前で止まり、私を見下ろすように頭上で光り輝いている。
――天狗だ。
河童や天狗、私でも知ってる。そんな天狗が私を見ている。
光っていたのは天狗の口元で、人間で言う目はまるで鏡のようでどこか赤く見えた。
怖い、とはなぜか感じなかった。この天狗が午居先輩の言う猿田彦命なのだろうか。
私は物怖じせず口を開いた。
「カタリーナのところに行きたいんです。連れて行って下さい」
猿田彦命の瞳に私の顔が映る。
少しして猿田彦命は手にした鉾を彼方に向けた。
眩く日光のような明るさが辺りを包み込んだかと思えば、猿田彦命の姿が消えて変わりにポツン、ポツンと光り輝く石像がまるで道しるべの様に置かれていた。
一歩一歩、石像を頼りに歩き出す。
城だ。一際輝く石像の先にあの城が姿を現した。
「――カタリーナ」
私は後ろから迫ってくる馬車に『乗りたい』と思った。
唐突に場面が切り替わり、馬車の中へ。馬車はまっすぐ城へと向かっている。
城の近くで停車した馬車から降りて城の中へ。
城内に入ったと思ったらまた唐突に場面が切り替わる。
薄暗いここは牢、だったか。
「カタリーナ――」
闇の中壁にもたれかかっている女性がいた。
私はそっと近づく。
「私は雨夜和、あなたの記憶を『前世の記憶』として持ち合わせてる者です」
なにを言ってるのか、そもそも言葉が通じているのかわからなかったが、カタリーナはにっこりと笑って返してきた。
そうか。ここはカタリーナの記憶でもあり私の夢の中でもある、だから融通が利くのか。
私はカタリーナの目線に合わせるように座り込んだ。
「――最初は目覚めの悪い夢でした。でもだんだんと悲しい、て感じるようになって。それはあなたが、カタリーナが魔女狩りに対して怖いとか理不尽だとかじゃなくて、ただただ悲しい、て思ってたからなんですよね」
カタリーナはゆっくりとうなずいた。
「それで、こうやって話しに来たのはあなたの記憶で気分が悪くなるとかじゃなくて、その、私なりのけじめなんです。私があなたの記憶を見続けているのはきっと、どこかあなたに憧れていたから。興味を持って好きを貫き通して冬に花を咲かせたあなたに」
私は一呼吸おいて続けた。
「興味がない、そうやっていろんなものを無下にしてきた。でも今は知りたいことで溢れてるんです。ドッジボールのこと、自分の気持ちのこと、友達のこと、もっと知りたいって。だからカタリーナ、ひとこと言わせて――ありがとう」
言いたいことを言い切り体が力が抜ける。
カタリーナが私の手をとったかと思えばそっと頬に口づけした。
なにか熱いものが。カタリーナの気持ちが流れてくる。
「――これって」
カタリーナがにっこり笑ったところで、レンガ造りの城には似つかわしくない音が響く。
たぶん、卯ノ花先輩が言っていた鶏徳を酉水先輩が吹いてるのだろう。
「そんな時間経ったんだ」
私はカタリーナを見た。カタリーナはゆっくりとうなずく。
「うん、もう行くね」
立ち上がる私の足元を黒猫が通り抜け、カタリーナの膝上に乗る。
猫は私の顔を見るなり一声啼いた。
「そっか。見守ってくれてたんだ――」
突如として闇の中に淡い光が瞬きだす。
私は振り返らずその光に向かって歩き出した。
熱いものを感じる。それを確かめるように、私は握り返した。
「和?おい――」
一層熱く強くなる。
「――痛い」
薄っすらと開いた目で夜慧を睨み付けた。
ゆっくりと体を起こす。
「和、だよね?」
葵が心配そうに聞いてくる。
「うん、私だよ――」
「和ー!」と小梅が抱き着いてくる。
その拍子に私は背中を打ち付けた。
「私たちのパワーが勝った!」
「はぁ?意味わかんない。ちょ、鼻水」
私は小梅を押しのけた。
息つく暇もなく今度は葵が。
「ねえ、ねえ、焼肉しよう」と捲し立ててくる。
「喜んでるところ悪いのですが水を差させてもらいますね。ちょっと席を外してもらえますか」
「はい。というか私たちはこれで帰ります。もう時間も時間ですし、和も疲れてるだろうから」
夜慧はそういうと葵と小梅をつまみ上げ、本殿を出ていった。
「帰るね、私も」
「酉水先輩、本当にありがとうございました」
「えへへ。よかった、力になれた」
また明日と、小さく手を振る酉水先輩に手を振り返す。
「さてと。体調はどう?」
「大丈夫です」
一応。と卯ノ花先輩から体温計を受け取る。体温は平熱だった。
「結構な間ぐっすりでしたがよく寝れましたか?」
「はい。あの――」
私は眠りについた後の出来事を卯ノ花先輩と午居先輩に話した。
「和がみた天狗は猿田彦命で間違いなさそうですね」
「そう、ですか。午居先輩は特に驚いたりしないんですね」
「まあ、伊達に神子をしてませんから」
それにしても。と神様に逢ったことに驚いていた卯ノ花先輩が口を挟む。
「トランス状態どころか、神様に道案内してもらうなんてね」
「元々『前世の記憶』という特異なモノを持っていたから、体や精神が降ろすに適合してるのやもしれませんね。どうです?神子をやってみません?」
あんたねえ。と低い声で卯ノ花先輩が言う。
「冗談ですよ。それに看板娘ならぬ看板神子ならもういますから。さ、帰るとしますか」
本殿を出る。外はすっかり宵闇に包まれていた。
「今日は本当にありがとうございました」
「お礼を言われるようなことはしてないわよ。結果的にいい方向にいったけど、私は雨夜で実験したようなものなんだし」
「こうしてマッドサイエンティスト雪が放たれることになったとさ」
卯ノ花先輩はなにも言わず、午居先輩の足を踏んづけた。
「それじゃあね」
神社前で卯ノ花先輩と別れ、私も家へと足を向けたとき午居先輩に呼び止められた。
「ちょい、いいですかね。大丈夫、補導時間前には帰しますので」
「大丈夫ですけど。その、足大丈夫ですか?」
午居先輩は片足立ちで立ち、踏んづけられた方の足を摩っていた。
「本当にいい子ですね。そのやさしさが雪にもあればいいのですが」
そう言い切る先輩の顔持ちが、真剣なものに変ってゆく。
「和、あなたは猿田彦命様と邂逅しました。それで、こう思ってはいないですか『神様がいるなら懇を助けて欲しい』と」
体にじんわりと汗が浮かぶ感覚がした。確かにそう思ったから。
午居先輩は私の返事を待たずに続ける。
「神頼みなんて意味がない、と言う人がいますがそりゃそうですよ、神様の仕事は道を作ることなのですから。せっかく道を作っても、その上で願いを南無阿弥陀仏を唱えてるだけじゃ意味ないんですよ、ぼやきながら愚痴りながらでも、その道を歩いた人だけが頼んだモノを受け取れるんです」
午居先輩は神社前の石像を撫でた。
その石像は猿田彦命が残したものに似ている。
「ニニギ尊一行を案内した猿田彦命様はそれが秀出ですね。さて、そんな猿田彦命様は和になにをしてくれましたか?」
「それに似た光る石像を残してくれました」
「ふむ、つまり道を作ったということですね。そして、その道を歩いたのは和、あなた自身なんです。猿田彦命様が用意した道を歩かないという選択肢もあった、けど、あなたは歩いて求めたモノを手に入れた。どうです?結局自分自身なんですよ。ですから『懇を助けたい』と神頼みするなら動くこと、そしたらなにかしらくれると思いますよ」
そこまで言い切ると午居先輩がいつもの表情に戻る。
「ま、私は自分で道を作って歩ける人間なので、神様はどうでもよいのですが」
「午居先輩のそういうところ見習いたいです。ただ、神子さんがそれを言っていいんですか」
「いいんです、いいんです。と、猿田彦命様に聞かれたら不味いですね。罰が当たる前に軽く参道でも掃きましょうかね。では、また明日」
また明日。と返し気持ち軽やかに家へと歩き出す。
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