第13話
瞳をゆっくりと開く。
目に映ったのは見知った白い景色。
――病院?
目線を横にずらせば腕に点滴が刺さってるのがみえた。
私が目をぱちくりさせてると「懇?ああ、よかった」とお母さんがやさしく、私の手を握ってくれた。
お母さんの話で、私が部活中に倒れたことを知った。そのときに渡浪や雪、ううん、みんなが迅速に動いてくれたことも。
「みんなにお礼を言わないと」
話聞いてるうちに大分頭の方が冴えてきて、話すのも苦じゃなくなっていた。
「みなさんには私からお礼を言っておくから、今はしっかり体を休めるのよ。後でお父さんとまた来るから」
そういうお母さんと入れ替わりでお医者さんが入ってくる。
見解としてはストレスや緊張で持病が悪化した。とのことだった。
幸い今のところは命に別状はないが、中学の時も倒れたことがあったので、動向をみるということで入院になった。
小学生の頃はじめて入院となったときは不安でいっぱいだった。中学の時は悔しいという気持ちでいっぱいだった。
じゃあ今は、というとなにもない。湧き上がってくるものがなにもない。
四方を白で覆ったこの部屋の様に、気持ちになにかが覆いかぶさって蓋になっている、そんな感じ。
私は静かに目をつむり深く落ちる。
次の日、雪とかんなが尋ねに来てくれた。
「二人ともありがとう。それとごめんなさい」
「――ネム、やさしさに隠れて自虐するのはやめて。イラッとする」
雪が珍しく感情を表に出して怒っている。
「うん、そうね。最近になって、また『私のせい』て思うようになってる。気を付けるね」
「ま、とりあえず元気そうでよかったですよ。よかったと言えば懇が倒れるときに投げたのが私でよかった。他の人だったらそれこそ『私のせい』と攻めたでしょうし」
「かんなはそういうのないの?」
「私ですか?ありませんよ。懇とは長い付き合いですから」
そうね。と私はくすりと笑った。
渡浪も雪もかんなも、はっきりと言ってくれるし受け止めてくれる。
「そうだ、雪が言っていた『魂の転生』の話のことなのだけど」
「また、夢をみたの?」
「おや、これはセンシティブな内容ですかね?席を外しましょうか?」
ううん。と私は首を振り、かんなを座らせると辿るように話した。
「中学の時、どこか実体験したかのような夢をみることがあってね、そのことをわけあって雪に話したの。そうしたら『魂の転生』『前世の記憶』じゃないかって」
「今思い起こせば、聞きかじった程度の知ったかぶりで談義したことが恥ずかしいわ」
「ふふ、でもおかげであの時はすっきりしたのよ。『前世の記憶』だとすれば実体験したかのような夢も納得できるし。それで、その夢は中学二年のときに数回程度だったのだけど、この前倒れたときにまた見たの」
私は仕切りになっているカーテンを細かく引っ張り、声を落として続けた。
「そのときに、その夢が『前世の記憶』がなんなのかわかったの。苦しんだ末に自殺した記憶だって。自分で足を縛って深く深く――」
ほう。と、かんなが言う。
「ネム。ネムはネムよ、その子とは違う」
「わかってる。ただ、わかってるからこそ、分かち合えないというか。あの子は死を選んだ、とても苦しい思いをしてたのもわかる。だけど『私』としては綺麗ごとにしかならないけど、死を選ぶのは間違ってると思って」
私がそこまで言うと、雪がそっと掛布団を引っ張ってくれた。
「ネム、寝れないかもしれないけど今はゆっくり体を横にして、心も体も休めた方がいいわ」
「そうですね。病は気から、こういうときは頭を空っぽにして、阿呆になりましょう」
「年がら年中、頭空っぽの阿呆には言われたくないと思うわよ」
おいおい。と泣くかんなの横で雪がため息をつく。
騒がせたわね。と席を立つ雪たちを引きとめる。
「このことは渡浪には内緒ね」
「そうね。最悪、思いつめてネムの横で入院になりかねないし」
「では『誓い』でも立てますか?」
ええ。と何度目かの『誓い』を立てた。
雪とかんなが来た次の日は、日乃江ちゃんと桃香ちゃんが来て、ボトルシップを置いていってくれた。
その次の日は戍亥ちゃんが。また、次の日には葵ちゃんに小梅ちゃん、それに夜慧ちゃんが来て、それぞれお気に入りの一冊を私にくれた。
ちとせちゃんと和ちゃんとは沢山お話をした。みんなのおかげで白く覆われたこの場所が、カラフルになってゆく。
本当に私は沢山のモノを貰ってる――。
気分転換に屋上まで歩こうか。そう思い、ベッドをでようとしたとき渡浪がやって来た。
「その――元気?」
「うん、元気」
私は乱れた病衣を隠すように掛布団を手繰り寄せた。
渡浪は椅子をベッドに近づけ座ると「これ」と果物が入った籠をみせる。
「雪に取り繕ってもらったんだ。今食べたいものとかある?」
私は籠の中を見て、林檎を指差した。
「ちょっと待ってて」
そういって渡浪は林檎を片手に立ち上がる。
数分後、戻って来た渡浪の表情は珍しく仏頂面だった。
「ナースステイションで剥いてもらうようお願いしたら、コレを渡された」
渡浪の手には果物ナイフが。
「なにかあったときの為にすぐそこで待機してます。ていってたけど、責任なんて取れないんだろうし、剥いてくれればいいのに」
渡浪はぶつくさ文句を言いながら椅子に腰かけ、深呼吸をした。
「ふふ」
「どうかした?」
「ううん。珍しい渡浪を見れて、つい」
「細かいのは苦手なんだ」と渡浪が林檎の皮に刃を当てる。
ゆっくり、ゆっくり。それでも粗削りで、実の付いた分厚い皮が受け皿に落ちてゆく。
ふぅ。と渡浪が大きく息を吐く。
「ごめん」
渡浪の手には形の悪いジャガイモのような林檎が残った。
その林檎を四等分にすると食べやすい大きさに。
「ナイフ返してくるから食べてて」
本当にすぐそばで待機していたのだろう、渡浪のお礼が聞こえる。
「お帰り」
「うん、本当にすぐそこにいた」
私はじっと林檎を見た。
「食べないの?」
「あーん、して欲しいなって」
渡浪が明後日の方向をみる。
「あーん、して欲しいなって」
「聞こえなかったわけじゃないよ」
「子供っぽい?」
そうじゃなくて。と言う渡浪の頬が赤く見えたのは、夕日のせいじゃないと思う。
「ごめん、からかい過ぎた」
おどけた調子で謝る。
「いいよ」
「え?」
「だから、ほら――」
あーん。と林檎を私に向ける渡浪の目は泳いでいる。
「――どう?」
「甘くておいしい」
「雪が言うには蜜りんごらしいから」
私が林檎をぺろりと平らげると渡浪が笑みを見せる。
「――また思いつめてたらどうしようか、て思って中々来れなかった」
「中学の林間と修学旅行のときのことよね。私って本当に行事ごとに弱いのね」
そうだ。と私は手を合わせる。
「ねえ、渡浪。大会が終わったらデートしようよ」
「え?」と咄嗟に声を上げた渡浪が口を押える。
「ほら、林間とか修学旅行で『あれみよう』『これみよう』てみんなで決めたけど、叶わなかったじゃない?だから、ね。みんなとじゃないけど、渡浪とゆっくりいろんなところをみてまわりたいの」
渡浪は目線を私の先、窓の向こうへと向けた。
「――わかった」
そう一言だけいって、小指をこちらに向ける。
――指切りげんまん。
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