第10話
次の日、家の外に出ると久しぶりに黒猫をみた。
長い尾を振り、私をじっ、と見たかと思えば飽きたのか、前足を舐めだす。
「あなたは一体何者なの?」
黒猫は答えず自由に視線を泳がせている。
はぁ。と一つため気を吐き、学校へと向かう。
私の夢とやっぱり関係があるのだろうか。そんなことを思いつつ、夜慧たちから遅れる形で更衣室へ。
「あれ、卯ノ花先輩どうしたんですか?」
夜慧の声でハッとする。
「ちょっと雨夜に用事がね――と」
卯ノ花先輩が外に出てきて、そっと私に耳打ちをしてきた。
「例の件、私なりの考えが纏まったから昼休みにあの場所で」
朝練頑張ってね。と卯ノ花先輩は私の肩を叩くと、黒い髪をなびかせ体育館を後にする。
「なになに、秘密の会話?はっ、先輩との秘密の自主練だったり」
「違うから」
更衣室から覗き込んでいた小梅を押し戻し、ジャージに着替える。
今日はどうしよう――。
私はちらりと巳之口先輩の方を見た。
また迷惑をかけるくらいなら、と一人で走ることを決め込み、チャックを上げたとき後ろから、か細く「あの」と言う声が消えた。
「走りたいな、て、朝の練習。一緒に」
相も変わらず酉水先輩が顔色を窺うように聞いてくる。きっと酉水先輩なりに心配してくれているのだろう。
「和も一緒に走ろうよ。酉水先輩凄いんだよ、時間をきっちり計れるの。それで今日は一分早く走るぞって」
隠している、というほどでもないが、人から言われたのが恥ずかしかったのだろう。酉水先輩は顔を真っ赤にした。
それと、小梅にそう言われて気づいたことが一つ。私はきっと自分でも気づかないうちに酉水先輩のことを下にみていたのかもしれない。
夜慧と他愛もない会話ができるようになったころ「和って内心が顔に出るよな」そう言われた事を思い出す。
私自身そんなつもりはないのだが、夜慧に言わせれば和の目つきで相手に対して上手か下手かわかるらしい。
私は気取られないように息を吸うと「もっと軽い気持ちで柔軟に」と自分に言い聞かせる。
「だめ、かな」
「いえ、お願いします」
ありがとう。と言う酉水先輩の表情から怖気がなくなった――ようにみえる。
午前の授業中、私は卯ノ花先輩のことが気になってしょうがなかった。
四時限目のチャイムが鳴ると同時に、手提げ鞄を手に教室を飛び出し屋上へと向かう。
まだ来てない――。
私は昨日と同じ場所に腰かけ読書代わりに例のノートを手に取った。
そのノートを仰ぎ見るように黒猫が私の足元に。
「早いわね」
「どうしても気になってしまって」
卯ノ花先輩は隣に腰かけると一度目線を上げ、どこか覚悟を決めた表情でこちらを見てきた。
「雨夜は『生まれ変わり』てあると思う?」
「『生まれ変わり』、転生ていうやつですか?」
「そうね。ただ、たぶんだけど雨夜は『新しい肉体を得る』方の転生を想像してると思うの。私が言ってるのは『魂の転生」」
確かに私は一度死んだ人間が甦る方で考えていた。
「私の言う『魂の転生』て言うのは魂はある、という前提として、肉体を離れた魂が漂白されきれないまま次の肉体に転生してしまい、前世の出来事を思い起こすことがある、てことなんだけど。この『魂の転生』を調査した人がいるの。外国の方でイアン・スティーヴンソンていう人なんだけど、その人が調査した内容を『前世を記憶する子供たち』という内容で纏めていてね、事例が雨夜の夢に似てるのよ。だから、もしかしたら雨夜の見ている夢は誰かの前世なのかもしれないわね」
卯ノ花先輩は言い切ると一つ息を吐いた。
話しを頭の中で整理してみる。
「――私の魂は私のモノ、ではないということですか?」
私なりの答えを出したが卯ノ花先輩は頭を振った。
「雨夜の魂は雨夜のモノよ。さっき漂白て表現使ったでしょ?あれは私の持論なんだけど魂が存在するとして、使いまわすのは衣服を洗わず使いまわすようなもの、だから何らかの出来事、そうね肉体に入る時としましょうか、その時に漂白され真新しいものとなり新たな生となる。だけどこの時漂白されきれなかったら?小さなシミがあったら?」
卯ノ花先輩がこちらに問うように話す。
「それが前世の記憶、ということですか?」
そう。と卯ノ花先輩がうなずく。
「大丈夫?気分悪くない?こういう精神系の話とか苦手で、体調を壊す人はいるから」
「いえ、私は大丈夫です」
そういったものの、じんわりと手が汗ばんで少し震えている。
たぶん、そのことを卯ノ花先輩は見逃さなかったのだろう、さっきまでの神妙な面持ちとは違い、少し柔らかな表情で話し出した。
「話がズレるけど『魂の転生』で前世の記憶を持った結果「女じゃない男だ」て言い出す子なんかも、スティーヴンソンの調査に乗ってる。前世の記憶が人格を変えるかもしれない、けど、結局過去のことで今の魂も肉体も、自分のモノなんだから気にすることはないと思うんだ」
「はい」
どこか気持ち楽に答えた。
「まあ、それでもこういう面倒くさいことって思春期とか心が乱れるときに起きたりするのよね。だからもし、不安になったり記憶が薄れることがないなら言って」
「なにか手があるんですか?」
「非科学的なことだけど、一応ね。ま、魂理論も非科学的なんだけどね」
それじゃ。と卯ノ花先輩は購買部に昼食を買いに行くと、この場を後にする。
私が弁当箱を取り出したとき足元に黒猫がいたのを思い出す。
そういえばこの黒猫のことを聞かなかった。
「あなたはもしかして記憶のシミなの?」
黒猫は答えず、ただ尾を振った。
放課後、またせこせこと荷造りしてるところに夜慧がやってくる。
「この後どうする?」
「夜慧はどうするの?」
今日は午後錬は休みである。それなのにこうして話しかけてくるということは、なにかあるのだろう。
「いやね、葵が『ちょっとでも自主練しない?』て誘ってきてさ。ま、自主練なんて大袈裟な言い方してるだけで、ちょっと屯って帰ろう、て話なんだけど。ちな、小梅も来るって」
わかった。と、鞄を手に教室を出る。
正門前には葵と小梅以外にも寅谷先輩と巳之口先輩がいた。
「おぉ、来たね。それじゃぁ、行こうか」
状況が呑み込めないでいると寅谷先輩が荷を背負いなおしながら言った。
「丑屋と申河と偶然ここであってな、自主練するって言うからいい場所を紹介する、て話になったんだよ」
ずんずんと前を歩く三人へと寅谷先輩が歩き出す。その後ろを私と夜慧が追う。
先輩たちに釣られてやってきた場所は何度か来たことがある神社だった。
「あの、いい場所ってここですか?」
「人気はほとんどないし、広さもあるし悪くはないだろう?」
それなら公園でと思ったが、この辺に十分な広さの公園は確かにない。だとしたら確かに悪くない場所なのかもしれないが。
「建物に傷さえつけなければ、罰は当たりませんよ」
背後からそう言って来たのは午居先輩だった。私は思わず「うわぁ」と声を上げてしまった。
「いい驚きっぷりですね。今度みんなで肝試しでもしてみます?」
どうやら午居先輩はここの神子で、寅谷先輩も神子のバイトしてるらしい。
「怪我すんなよ」そういい残して寅谷先輩と午居先輩は小屋――社務所というらしい――に向かった。
気を取り直して巳之口先輩たちの方をみる。
受け方の練習なのだろうが、傍から見れば小梅を十字砲火してるようにしかみえない。
「和!たすけ――。ヘルプ!」
「はい、はい」
そういえば最後にここへ来たのは小学生のとき以来だったか。
あの時なにして遊んだかは覚えてないけど、こんなふうに騒いでいたのは覚えている。
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