第9話
「和は午後錬どうする?」
帰って勉強するわけでもないが、私は置き勉派ではないため、せっせことノートやらを鞄の中に詰めているときに夜慧が聞いてきた。
「でるよ」
「そ」と夜慧はあっけらかんと返してくる。
教室を出るとちょうど訪ねてくるときだったのだろう、葵と出くわした。
隣に眠そうな小梅もいる。
揃って体育館へ向かう道すがら、私は例のノートの話を持ち出した。
「――ということでさ、やっぱり球を受け捕れてからだと思うんだよね」
「だね、だね。この前全然捕れなかったもん」
「ようは基礎練てことだろ?」
私はうなずき返す。
体育館につくと戍亥先輩たちがキャッチボールをしていた。
ちょうどよかった。お眠な小梅を手早く着替えさせ、戍亥先輩たちの元へ。
「キャッチの練習!」
「全然いいよ!」
じゃあ――というところで先輩方が集まってきた。
一瞬卯ノ花先輩と目が合う。
自然と流れるように目線をそらすと、久末先輩がこちらに駆けよって来た。
「和ちゃん大丈夫?その、朝のこと聞いたから。気分は悪くない?どこか違和感があったりしない?」
「ありがとうございます。あの、大丈夫ですから」
捲し立てる勢いの久末先輩に『しつこい』と思わず感じてしまい、少々当たるように言ってしまった。
久末先輩は良かった。と胸をなで下ろし気にしてないようだ。
「あの」と落ちつける為に一呼吸を置いて、受けの練習をしたことを久末先輩に伝える。
「全然構わないわ。他にもやりたいことがあるなら言ってね」
はい。と返事を返す。
全員で準備体操を終え、改めて汀先輩と凪先輩にお願いしに行く。
「よし。者共、準備はいいな!」
「はい、軍師!」
軍師!と凪先輩が続く。
「では、はじ――ててて」
「なに、おまえが仕切ってんだ。というか『軍師』てなんだ」
夜慧が小梅の頬をつまんだ。
どうやら小梅と戍亥先輩たちは馬が合うらしく、アニメや漫画の話題、ゲームの対戦をしているうちに『軍師』と冠するようになったらしい。
「プライベートはあだ名で呼び合ってもいいかもしれないけど、普段使いはどうよ?」
正直、上下関係だとか、先輩後輩の関係とか、なにがタブーなのかわかってない。
とりあえず目上の人は敬っておけの精神である。
「私たち気にしてないよ!」
戍亥先輩が声を合わせると「ほら」と小梅が天狗になる。
はぁ。というため息を、私より早く夜慧が漏らす。
「あの、あの。汀先輩、凪先輩よろしくお願いします」
葵のおかげでようやく練習がはじめられる。
「まずは受ける方の構え!両足を開いて、腰を落としたら、体全体を少し前屈み!」
「野球の守備と似てるね」
「そう!」
手早く構えてみせる葵に倣い私たちも構えてみる。
「それで!キャッチするときはお腹と両腕で、包み込むように!」
お姉ちゃん!と凪先輩が合図を送る。
汀先輩が手本の為――それでも早い――球を投げ込む。
「こんな感じ!」と少々大袈裟に体を動かして、凪先輩がキャッチしてみせた。
もう一球見せてもらったところで、葵が「お願いします!」と声を張る。
「いくよ!」
汀先輩の速球を葵は受け止めてみせた。
といっても、元々葵は運動系全般で筋がいいし、様は無い一年生の中で唯一、小学生の球を躱して捕ってみせていたので『まあ、できるよね』という空気だった。
問題なのは、様は無い私たちである。
取りこぼすのは共通だとして、私や小梅は腕に弾かれた球が顎に当たったりした。
三人の中から一抜けしそうだったのは、これまた妥当に夜慧。
隣りで凪先輩とキャッチボールをはじめた葵と比べればまだ動きが硬いが、取りこぼすこともなくなってきた。
夜慧も手ごたえを感じているのか表情が柔らかい。
「お先」
ほぼ受け取れるようになった夜慧も葵の方へと。
焦りはなかった。ただ、悔しさはあった。
「お願いします」と言う私の言葉と被るように、ホイッスルが鳴る。
ドッジボール部の休憩の合図が響くと小梅がとてとて、と駆け出したかと思えば、小袋を手に戻って来た。
「はい」と私の手にちょんと梅干を乗っける。
「おばあちゃんの塩漬けの梅干。塩分補給にいいかなって」
小梅はそういうとみんなにも配り始めた。
私は、ひょいと梅干を口に放り込んだ。種は抜いてあり思ったより酸っぱいわけでも、しょっぱいわけでもなく、食べやすかった。
気分一新し受け方の練習を再開する。
葵や夜慧に比べどこか固い。そう思ってると、汀先輩がこっちに駆け寄ってきた。
「あのね!和はギュてなってるから、もっとパッてしたほうがいいと思う!」
「え?ギュ、パッ?」
先輩から見て捕れない理由がわかったらしいのだが、言い回しが独特すぎてわからない。
「それじゃあ通じないぞ」と助け船を出してくれたのは、天辰先輩だった。
結局、汀先輩の興奮が冷めず天辰先輩が翻訳、もとい天辰先輩が見て気づいたことを、アドバイスしてくれた。
「――なるほど、構えが固いんだな。雨夜の『絶対捕ってやる』という意識が体から滲み出て、それが動きを悪くしてる。もっと軽い気持ちで、柔軟になってみよう」
いいかい?と私の隣で天辰先輩が構える。それに倣い私も構える。
「肩の力抜いて――そう。そしたら、踵を少し浮かせる」
言われたように構えたところで、天辰先輩が汀先輩に投げるように指示を出す。
お腹と両腕で包み込むように――。
「うっ」
捕れたことには変わりないが、腹にぶつかり、こぼれたのを掬う感じとなった。
「大丈夫か雨夜?今、おもっいきり腹を強打したようにみえたけど」
「大丈夫です。それと、ありがとうございます」
受け止めた球を投げ返す。
「和も大変だね」
「気楽なこと言ってるけど次、小梅の番だよ」
汀先輩の放った球が小梅の頭に当たった。
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