第7話

少しばかり小学生たちの練習を見学し『ありがとうございました』と体育館を後にする。

正門前、突然久末先輩がむせ返り、息を切らす。

慌てるように天辰先輩が背中をさする。

「みんな心配しないで。それでなのだけど今日はここで解散にするわね。今日は本当にありがとう」

解散となり各々が帰路につく。私は夜慧の方を見た。

「ねえねえ。とりあえず私の家に来ない?」

夜慧の近くにいた葵が、場を取り持つように聞いてきた。

葵の家は昼は精肉店で夜は焼き肉屋だ。なんでも通には有名らしい。

私たちが顔を出すと葵の親が「こっちにいらっしゃい」と焼き肉屋の方に案内してくれた。

「今日、試合だったんだって?腹減ったろ、たんと食べてくれ」

奢りだから。とテーブルの上に焼き肉セットが置かれる。

「ね、ね。食べよう」

こういう時に動くのは小梅だ。トングをカチカチと鳴らしながら、網に肉を置いてゆく。

「肉ばっかり置くんじゃねえよ。だからって私の前を緑に染めるな」

「ほら、ほら。和も」

「うん――」

焼いてるうちに、だんだんといつもの私たちに戻って来た。

言わなきゃ――いや、言わない方がいいのかもしれない。と自問自答の末口を開く。

「――小学生相手に負けたね」

ぼそりと呟く。もし焼いてる音で掻き消されたのなら、それでよかった。

「悔しいというより恥ずかしい結果だったな。一球もとれやしなかった」

「悔しかった。でもね、私は楽しかったとも思ってるよ」

「私も」

「おまえ即効でアウトになって、外野ウロウロしてただけだろう」

楽しかった、か。そう思える余裕はあの時なかった。

私はあのとき感じた胸の高鳴りを思い出し、そっと手を当てる。

不安と疑心で高鳴っていた鼓動を、高揚感に変えられれば――。

「あのさ、私は二年になったら部を辞めようとか、考えてたりもしてたんだけど、小学生に負けたまま終わりたくない。いままで真面目じゃなかったの?て言われたらなにも言い返せやしないんだけど、明日からもっと向き合ってみたいと思うんだ」

多分この前感じた「これでいいのか?」という疑問は、この事だったんだ。このままのんべんだらりと、力を出し切らず、知ろうともしないでいいのか、と。

話してるうちに焦げだした肉を慌てて受け皿に移す。

「私も辞めるとかは別にして、なあなあに受け流していこうかと思ってたんだ。でも確かに小学生に負けたままなのは、悔しいを取り越して情けないよな」

「ふふ、ついにきたね。スポーツもの定番、王道の負けから特訓、リベンジ回!ライバルと競い時にはぶつかりあう。友情、努力、勝利!」

はいはい。と小梅の受け皿にピーマンとシイタケを乗せる。

「よしよし。それじゃあ、ごはん沢山食べて体力つけなきゃね。私とってくる」

ちょ――。待ってという私の言葉より早く、葵が動いたかと思えば追加のセットを二つも持ってきた。

その日、帰宅した私はお母さんに詫びて夕食を抜いてもらうことに。

自室に入るなり、朝から敷きっぱなしになっている布団に身を投げる。

「あ、そうだ」

鞄を手繰り寄せ、中からノートを取り出す。

一ページ目をめくると球の受け方、躱し方が書いてある。夜慧たちと見たときはここは軽く流していたけど、今になってこのページの重要さが身に染みてくる。

きっと、久末先輩は重要な要素から書いていったのだろう。

小梅風に言うならば、取扱説明書のキャラ操作といったところか。

私は人差し指をページに挟み一番最後のページを開いた。

「――アップ」

もし、この変化球が投げれたら。いや、変化球はさして必要ない。今求められているのは小学生の球を受け止めるという最低限の力。

私はページを戻し、うつ伏せになり今日の試合を振り返りながらノートを睨んだ。

週が明け月曜日。朝練が開始する前に私は巳之口の元に向かった。

「巳之口先輩、おはようございます」

「おはよぅ。おやぁ、もしかしてうちに用事?」

「用事、というか。今日の走り込みついていっていいですか?」

「うーん、別に構わないけど。マイペースは大事だよ、なんだか悪い印象を持たれがちだけど、マイペースて、自身のことを理解できないとできないことだからねぇ」

巳之口先輩は気遣ってくれているが今の「マイペース」じゃダメなんだ。

その旨を拙い言葉で伝える。

「わかった」と巳之口先輩は二つ返事で答えてくれた。

「ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことじゃないよ。それよりもしかして、あれかな――こないだの試合の影響かな?」

巳之口先輩は途中声を落として聞いてくる。

私は「はい」とゆっくりうなずき、首に手を回した。

「夜慧たちと『さすがに小学生に負けるのはないだろ』て話になって」

「そっかぁ。確かに強かったのよねぇ、さすがは県代表てところだよねぇ」

え?県代表?道理で強いわけだ。いや、だとしても小学生相手に、なにも出来ずに負けたのは事実。

そもそも「小学生」と高を括っていたのが間違いだったんだ。コート内で試合をするなら年齢とかは関係なく、同じ「選手」なんだ。

「和、ぼうっとしてるけど大丈夫?」

「すみません。あの、今日から気持ちを切り替えていくので、よろしくお願いします」

私が頭を下げると巳之口先輩が、くすりと笑った。

「そんなに気を張らなくてもいいよ。うちらはうちらのペースで、昼休みの延長線上のドッジボールをやっていくだけだから」

「はい」となんだからしくないな、と私も笑った。

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