第5話
「改めて、よろしくお願いします」
そう、私たちは久末先輩たちに挨拶をした。
「みんなよろしくね。ふふ、にぎやかになるわね」
「それじゃあ、分かれて練習。キャッチボールしようか」
天辰先輩の一言で、各々が分かれてストレッチをしキャッチボールをはじめる。
私の相手は久末先輩が務めてくれることに。
「それじゃいくわね」
それ。と優しく山なりに飛んできた球を、其れとなしに受け止める。
野球の球より大きく、バスケットボールより少し小さいゴム球を、何度か受けては返す。
「和ちゃん体調はどう?」
「だいぶ楽になりました」
「そう、よかった。ねえ、ちょっと強めに投げてもいいかしら?」
はい。と私は久末先輩の見様見真似で構えてみる。
投石が飛んできた。
私は払いのけるように拳で叩き落としてしまい、ハッと我に返ると急ぎ球を追いかける。
「あらあら。大丈夫?」
「あ、はい。すみません」
私は山なりに球を投げ返す。
なにが投石だ、投斧だ。と私は構えるふりをして、太ももを抓った。
「そろそろ休憩しましょうか」
休憩に入り私は頭を冷やすため体育館前の水道へと向かった。
頭がくらくらするのは、暑さと、急な運動のせい、だと思いたい。
「まるで子犬みたいだな」
頭を振っていた私に夜慧がタオルをかけてくる。
「寅谷先輩が飲み物を奢ってくれるってさ」
いこ。と言う夜慧の後に続く。
本館と体育館を繋ぐ渡り廊下の先、小梅と葵、それに二年生の先輩方が集まってる。
「イェーイ。乾杯!」
『乾杯!』と小梅の音頭に合わせて、葵と戍亥先輩が缶ジュースを高らかに掲げた。
「おまえらそのまま一年生に戻れよ」
保姆のような温かい表情をしながら、辛辣な言葉をかける寅谷先輩がこちらに気づく。
なにがいい?と聞かれたので私は無難にスポーツドリンクを頼んだ。
夜慧は強カフェインと書かれた炭酸を。
「ごちそうさまです」
「いや、いいって。これぐらいしか先輩らしいところみせられないし」
寅谷先輩は紙パックの果実ジュースを一気に飲み干し、潰し、ゴミ箱に投げ捨てた。
「遅れんなよ」そう、一言いって寅谷先輩は巳之口先輩と体育館へと戻る。
夜慧の隣、年季の入ったベンチの上。何話すわけでもなく、ぼうっとしていたところに酉水先輩が塀の上にちょん、と降り立つスズメの様に腰かけてきた。
「あの、その。楽しい?部活?」
どこか、よそよそしい――というか『怒り』のラインを探る様な物言いで、そう聞いてくる。
「楽しいですよ」そう答えたのは夜慧。
それに対して酉水先輩は頬を真っ赤にして喜んだ。
「んで、和はどうなのよ?」
酉水先輩が去った後、体育館に戻る道すがら、夜慧が聞いてくる。
「『どう』てなにが?」
「楽しいか楽しくないかだよ」
「――なんだってはじまりは楽しいもんでしょ?」
はぐらかすように答えると「そうだな」と夜慧が返してくる。
「はい、今日の練習はここまで」
久末部長の一言の後に『ありがとうございました』と揃って言う。
このまま解散――とはいかなかった。
「呼び止めてごめんね。実は重大発表があります。部員が13人になったので練習試合が組めるようになりました。それでね、今週の土曜日〇〇小学校で試合をすることになったの」
「え?小学生が相手なんですか?」
気っと誰しもが思ったことを夜慧が口走り、慌てて口に手を当てる。
「ええ、小学生よ。でも、きっとみんなが思ってるより強いから気を引き締めていきましょう」
久末先輩はそう言うが何とも気乗りがしない。
帰り道、私の前を黒猫が通り抜ける。その背を追いかけると公園内でサッカーのボール回しをしてる小学生たちが目に入った。
私の腰ぐらいの背で、必死にボールを追いかける。
「あの子たち――じゃないけど、アレぐらいの子と試合するんだよね」
どこか不安げな葵が私の目線に合わせ呟く。
「小梅が12人だと思えば楽勝だろ」
「どういう意味!」
小梅が、きーきー騒ぎながら夜慧に当たる。
「そんなに心配?」
「うん。久末先輩が言った〇〇小学校はローカル局で紹介される強豪校なんだ。そりゃ、私たちの方が背も大きいし力もあるけど――」
「大丈夫でしょ」
根拠のない自信。いや、人任せというのが正しいか。
私たちが相手にならなくても寅谷先輩たち二年生と、久末先輩たちがいるのだから。
「葵!修行回だよ修行回!残り数日でパワーアップだ!」
「うん、うん!そうだね」
そんな数日で格段にうまくなるわけがないが、葵が元気になったのならよかった。
そもそもドッジボールがうまくなるって?
球の速度?躱し方?
ただ、なんとはなしにやってるだけで何にも知らない。知ろうともしない。
私が目線を下げると黒猫がジッと、こちらをみつめていた。
「んじゃ、また明日な」
夜慧と別れた私は駅前の本屋に寄ることに。
スポーツジャンルの棚を覗くが、ドッジボールのルールブック的ものはなかった。
かろうじて世界の球技という本で紹介されているぐらい。
葵がローカルでみるぐらいだ、野球やサッカーからしたら新参者か。
私なにしてるんだろう――。
衝動的になっていた気持ちが冷めていく。
そそくさと店から出ようとしたとき、偶然にも卯ノ花先輩に声を掛けられた。
「雨夜も本を買いに来たの?」
「いえ、私は――小梅に面白い漫画があると聞いて」
嘘はついていない。確かに「この漫画絶対くる!」と、以前すすめられた本がある。
ふーん。と卯ノ花先輩が私の顔を見た後、視線を後ろへと移す。
店を出て、帰り道に戻ろうとすると「私もこっち方面だから」と卯ノ花先輩がついてきた。
「はい」
卯ノ花先輩が所々破れている大学ノートを手渡してきた。
「あの、これは?」
「ドッジボールのルールブック。ネムが中学のとき書いた奴。『面白い漫画』を探してたろうにどことなく冷めた目をしてたから、もしかしたらこういったモノが本命なのかなって」
卯ノ花先輩が腕を伸ばしてくる。
「いいんですか?」
「うん。ネットで調べればルールぐらいすぐに出てくるだろうけど、手元にあったほうがいいでしょ?それにルール知りませんでした、なんて恥晒されても困るし」
ありがとうございます。と私は受け取った大学ノートを、鞄にしまい込んだ。
「知識の書を手に入れた!」
「やったー」
小梅が大学ノートを高らかに掲げ、葵がやんや、やんやと囃し立てる。
後日、部活の方が休みだったので、小梅の家でルールを確認しようということになった。
「汚さないでよ」
「わかってるよ、もう」
「そう言いつつポテチのカス落とすなよ」
夜慧がカスを払いのけながら、ノートを手に取る。
「綺麗な字。えっとなになに――」
夜慧がルールをかいつまんで読み上げる。
試合人数は12対12。
ノーバウンドの球を取り切れなかった場合はアウト。ただし、顔や頭に当たった場合を除く。
ここら辺は小学生のときのルールと一緒。
覚えなければいけないのは細かいファールぐらいだった。
「公式ていうからもっと、こう、専門用語とか並ぶかと思ったけど、昼休みのドッジボールと変わらねえんだな」
夜慧が大学ノートを置く。
ルールについては開いた一番目に書いてあり、その次からページに目次が書いてあった。
「球の受け止め方、躱し方。変化球の投げ方――」
「変化球!」
格ゲーの準備をしていた小梅が食いついた。
「いろいろ書いてあるね。投げるフォームについて挿絵もついていてわかりやすい」
ドッジボールに変化球なんてあったんだ。そう思いながら数ページ飛ばす。
まず、最初に書かれていたのはカーブ。相手の右側に曲がる球。
次には、シュート。相手の左側に曲がる変化球。
ここまでは私でも、なんとなくわかった。
軽く目を通し、次のページへ。そこには、ドロップと書かれている。
「ドロップ?」
「えっと、えっと。野球で言うフォークじゃないかな?」
葵がノートの一文を指さした。
「なになに。相手の手元で落ちる球、不意を突きやすい。だってさ」
「カッコイイ。ねえねえ次のページは?」
「格ゲーの取り扱い説明書じゃねえんだぞ」
夜慧がそう言いページをめくる。
「ん?」と思わず声を漏らしたのは私だったが、みんな同じような顔をした。
ノートには変化球アップ、と書かれていて、その下に「手元で浮き上がる球?完成系はいまだみえない、できたら渡浪たち驚くかな」と書かれている。
「未完成の変化球、てこと?」
「そうみたい。みてみて、何度もフォームを描き直したりしてるし、力の入れ方とかもいくつも書いてるけど、どれも最後に疑問符がついてる」
私たちが真面目な話をしている中で、小梅が握りこぶしを作り、わなわなと震えてる。
「くぅー。先輩の残した未完成の必殺技!謎めいた箇条書き!」
「るっさい。言っておくけどこれ、久末先輩が中学のときのノートだから。もう投げれてるんじゃない?」
「だとしても私たちで完成させてみたくない?」
そう言って小梅が大学ノートを持ち上げたとき、挟まっていたであろう紙が一枚はらりと落ちてきた。
小梅。と、ため息交じりに言い拾い上げる。
その紙はルールとか技能とかは書かれてない、久末先輩が書いた手紙だった。
「和、どうかした?」
「あ、いや。久末先輩が卯ノ花先輩に書いた手紙みたいなんだけど、要約すると『みんなで林間学校や修学旅行に行きたかった』て」
「どれどれ」と覗き込んでくる葵から手紙を遠ざける。
「目を通した私が言うのはなんだけど、ドッジボールと関係ない個人的なものだから、回し読みするのはどうかと思う」
「そうだな、読んじったのは事故みたいなもんだし」
夜慧が小梅の頭を手の平でぐりぐりと押す。
私は手紙を折り目に合わせて折るとそっとノートに挟んだ。
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