第2話
休日の朝。鳴り響く端末を止めるため、布団から手だけを伸ばしまさぐる。
目覚まし機能が鳴ったわけではなく、夜慧からの電話だった。
「――はい」
「お、でた。なあこれから出かけない?もち葵と梅もいる」
「パス」
そういって端末を切ろうとする。
「部活のことも話そうかと思ったんだけど。そっか、パスか。じゃあ私たちの方で入る部活決めてもいいよね?なにがいいかな、演劇部で和にドレス着てもらうのも――」
「わーかった、行くよ、行きゃあいいんだろう」
「んじゃ駅でね」
私は乱暴に端末を切ると、筋肉痛の腕で重たい体を押し上げた。
乱れ髪を手で軽く梳いて家を飛び出す。
駅西口ロータリーにでたところで端末を取り出したが、人込みの中頭一つ飛び出ている葵の姿を見てしまい込む。
葵の方もこちらに気づいたらしい。
「お、きたきた」
「で。どこ行くの?」
私は輪に加わるなり夜慧に矢継ぎ早に聞いた。
「そう慌てなさいんな。用があるのは梅の方だから」
「小梅が?ああなるほど」
「うん、そう。予約していたアニメが今日届くんだ」
私はあえてどんなアニメかは聞かなかった。話が長くなるから。
溜め息一つ吐いて頭を掻く。
「でも、でも、それだけじゃないよ。部活動のことも話し合うから」
やけに葵のテンションが高い。
「そういえば葵、足の方は?」
「うーんなんとなく違和感はある。でも、でも、先輩と和から貰った湿布のおかげでだいぶ良くなったよ」
「そりゃどうも」と軽く流し駅構内へ。
電車内、部活のことを考えてみたがドッジボール部のことをしか思い浮かばなかった。
ふと目を伏せる。
食器や熟れて腐った野菜。飛礫や家畜の糞に投斧――。
「碌なもん投げられてないな」
「ん?何か言った?」
いや、何も。と、こちらを窺ってくる葵に対して言う。
目的の駅につき、東口から近い商店街の中通り、大型ショッピングセンターの中にあるサブカルチャー専門ショップに向かう。
エスカレーターで登り、ショップに近づいてくると雰囲気が変わってくる。
「あ、これ小梅が『冬アニメならこれ』ていってたヤツ」
葵が指さしたポスターに目をやる。
確かファンタジー系のアニメだったか。
「私も梅に言われてみたわ」
「私はみなかった。面白かった?」
「ネタバレも加味していい?」
どうぞ。と夜慧に返す。
「王道ファンタジーと見せかけた転生モノのアニメだったね」
私は眉をピクリと動かす。
エスカレーターを下りると小梅が夜慧に変わって話し出した。
「世界を救う旅をしてる勇者が、実は千年前に世界を滅ぼしかけた魔王で、かつて自分が生み出した遺物を破壊してまわっているのは、勇者の強さの源『愛』を知る為ていう、もー最高のアニメなの。終盤のヒロインとのやりとりも勇者との邂逅もたまらなくてね――」
「わーた。わかったから」
興奮する小梅をなだめる。
「和も見る?いいよ、初回限定版貸してあげるからじっくりと――」
「それはいいから、早く受け取ってこい」
私は手の内で小梅の頭をグリグリと押す。
数分して、ほくほくと嬉しそうに品を抱えた小梅が戻ってきた。
どうやら品はちゃんと届いていたようだ。
「じゃあじゃあ移動しよう」
「どこへ?」
「駅前のボウリング」
てっきり私はこのまま、ファーストフード店とかで話すのかと思っていた。
足取りが軽い葵に連れられ、駅前のボウリング場へと移動する。
道中夜慧に耳打ちした。
「ねえ葵のことなんだけど」
「機嫌がいい理由か?私もわからんよ。というか集合しようと連絡寄越したの葵だし」
「葵が?珍しい」
そんな話をしてる間に目的地のボウリング場へ。
「で、葵はなんでそんなにテンション高いわけ?」
ボウリングシューズに履き替えながら思い切って聞いてみた。
「だって、だって、こないだのドッジボールすごかったんだもん。それで、それで、私も体を動かしたくなってね」
それで夜慧へ連絡をしたらしい。
どちらかというとインドア派な私たち。それに合わせるように、どこか遠慮がちだった葵がこうしてボウリングに誘ってくるなんて。
「よっぽどドッジボールが楽しかったんだな」
どうやら夜慧も同じことを思っていたようだ。
「んじゃ、わたしから」
上機嫌な小梅がボウリング球を両手に抱え、とてとてと歩き転がす。
結果はお察しだったが、今の小梅にとっては些細なことのようだ。
私も筋肉痛の体に鞭を打って球を転がしてゆく。
結果として夜慧と葵が競り合い葵が勝った。
「にしても――」
夜慧がにやけ顔でこちらをみる。
「和、弱すぎ」
「るさい」
筋肉痛のせいでうまく力が入らなかった。が、それのせいにはしたくなかった。
ワンゲームさくっと終わらせ、帰りに立ち寄った駅前の中華屋で本題、部活動のことについて話し合うことに。
「はいはい、ドッジボール部がいい」
頬に米粒をつけた葵がいう。
「ま、そうなるわな」
まんざらでもない顔で夜慧がいう。
小梅はというと、もう自分の世界に入り浸っていて戻ってきそうにない。
葵と夜慧がこちらをみる。
「――いいんじゃない?この前センスやスキルがいるいらない、て言っていたけど、ドッジボールほど当てはまるものもないだろうし」
そう言っておいて、私は先輩が投げてきた球が伸びたように感じたのを思い出した。
みんなと別れた帰り道、夕日に照らされ影を伸ばす黒い小猫が一匹。
「なに?」
いやに攻撃的な態度で猫に話しかける。
傍から見れば私の姿はさぞ滑稽だろう。
黒い小猫は答えているのか、黒くしなやかな尾を揺らして見せた。
私は深呼吸一つ置いて目を伏せる。
嘘ではない証拠の為に刳り貫かれる眼球――。
深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ、目を開く。黒い小猫はもういなかった。
休日明け私は朝っぱらから吐いた。
だるいとかそういう予兆は一切なく、吐いてしまいその片付けに追われている。
幸い自分の部屋なので、親によるしつこいまでの『大丈夫なの?』コールがはじまらなくてよかった。
片づけを終え朝食を食べずにすぐさま家を飛び出す。
高校につくといたるところに案内看板が立ててあった。
「朝練見学、か」
ドッジボール部はあるのか。とさらっと目を通す。
ないか――そう思ったのだが、一匹の黒い小猫が倒れている看板を叩いている。
倒れている看板を起こすとそれはドッジボール部の物だった。
「行けってか」
黒い子猫はどこ吹く風、日陰に消えてゆく。
夜慧たちも行ってるかもしれない、そう思い体育館へと足を向ける。
こっそりと体育館の中を覗く。どうやらキャッチボールをしているようだった。
ただ、久末先輩や天辰先輩、三年生の先輩方はいないようだ。
「おやぁ、見学かい?」
後ろから間延びした声が聞こえ、驚き振り返る。
「ああ、ごめんねぇ。驚かせるつもりじゃなかったんだよ。それで、見学ならおいで」
どこか気の緩い二年生の先輩の後をついてゆく。
「おはよ。ごめん寝坊しちった」
「おはよう。まあそれはいいさ。それより――」
黒いマスクを身に着けている二年生の先輩が私をみる。
「この前見学に来た子だよな?」
「え、はい」
まわりをみるが夜慧たちはいない。
と、思ったのだが。葵が声を張り上げていた双子の先輩とパス回しをしている。
「あ、和も来たんだ」
すっかり溶け込んだ葵と朝のホームルームがはじまるまで、キャッチボールをした。
昼休み酷い頭痛がして保健室へと向かうことに。
「朝食は?
「――いえ」
私は白い天井を見上げながら答えた。
熱はなし。と養護教員が部屋を出ていく。
数分して落ち着てきたころ、一人の生徒が入ってきた。
「失礼します」
聞き覚えのある澄んだ声。その声を聞いておもむろに起き上がる。
「あら、和ちゃん」
「久末先輩どうしてここに?」
それはきっと久末先輩も思ったことだろう。
「ちょっと先生に用があってね。和ちゃんは具合が悪いの?」
「あ、はい。ちょっと頭痛が」
「そう。もしかしたら疲れたのかもしれないわね。高校はじまったと思ったら、部活だなんだって忙しかったでしょ?」
確かにどこか気を張りすぎていたかもしれない。
ただでさえ――と、私は目を伏せる。
「あら、久末さん?」
養護教員が帰ってきた。どうやら私の為に購買部へうどんを買いに行っていたらしい。
「うどんまで売ってるんですね」
「さすがに麺は自家製ではないけれど、麺つゆは購買部で作ったそうよ。そうそうパスタも売ってるの、よかったら今度買ってみて」
久末先輩はそういうと立ち上がり、養護教員にクリアファイルを手渡す。
それじゃあね。と立ち去ろうとする久末先輩を私は呼び止めた。
「あの、私ドッジボール部に入ろうと思ってます」
別にそんなこと今伝えなくていいはずなのだが、なぜだろう『今伝えなきゃ』そう思った。
私がそういうと久末先輩の顔が明るくなった。
「本当に?嬉しい。放課後待ってるわね」
小さく手を振る久末先輩に私も小さく手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます