黒猫ドッジボール

万年一次落ち太郎

第1話

高校近くの公園。井戸端会議をしている母親の近くで、子供たちがボール当て――いや、ドッジボール――をしていた。

三人でやっているので、ほぼ二人のキャッチボール状態なのだが、挟まれた一人は嬉しそうに避けてはボールを奪う隙を窺っていた。

ベンチからその光景をみていた私は端末を取り出し、たどたどしく文を打ち込む。

『まだ?』

そう打ち込むや否や、返事は直ぐに帰ってきた。

『わたし、メリーさん。あなたの後ろにいるの』

私は溜め息一つ吐いて端末をしまった。

ほどなくして右肩をトントンと叩かれたので、左後ろをみると慌て隠れる新子夜慧(あらたによさと)がいた。

「ばーか」

「酷い物言い。それよかもっとノッてくれてもいいのに」

「生憎無愛想が売りだから。で、小梅と葵は?」

「あれ?まだ来てないの?」

夜慧が知らないんじゃ私も知らない、とベンチから立ち上がったとき連絡が来た。

「あー、はいはい」と納得した表情で夜慧が端末をみせてくる。

端末には文でも画でもなく、写真が一枚。その写真一枚で私も理解した。

「たく。この公園で待ち合わせ、て言ったじゃん」

「はは、ひどい仏頂面。もっと女の子らしい表情できないの?」

「そういう夜慧はヘラヘラしすぎ」

夜慧と公園を出る前、私は子供がドッチボールをしていた場所をみた。もう飽きてしまったのか、子供たちはそこにはいなかった。

子供たちはいなくなっていたが小さい黒い小猫がその場所に佇んでいて、じっと私の方をみつめてくる。

私は視線を泳がせ目を伏せた。

「和、どうかした?」

「なんでもない。行こう」

私たちは高校へと足を向け歩き出した。


「んで、和はどの部に入ろうと思ってるの?」

「決めてない。夜慧と同じところでいいよ」

私たちが入学した鎬原高校は今年から部活動への入部が必須になった。

これは見学会や学校説明会で散々強調されていたので、今更どうこうというわけではない。

「ちなみに夜慧はどの部に入ろうと思ってるの?」

「文芸部がいいかなぁ、とは思ってるんだけど。私どっちかというと読み専だし。ま、部活動紹介で詳しく聞いてみるつもり」

文芸部。確か入学時の部活動のパンフレッドによれば、月一作品の提出をしなければいけなかったはず。

めんどいな――。

そう思いながら歩いていると、鎬原高校がみえてきた。

まるで春の文化祭。そう思わされるような活気の中へ夜慧ともに飛び込んでゆく。

部のコスチュームを身に纏った先輩方が声を張り、ちょっとした小技をみせる。

「はへー、すごいね。ちょっと見ていこうか」

「鼠捕りに捕まってる暇はないでしょ。葵と小梅を見つけるのが先」

私たちは家庭科室へと急いだ。

家庭科室前では購買部が調理したパンの販売が行われていた。

その中から、一際小さい背を見つけると人込みの中から引っこ抜く。

「あ、和と夜慧だ」

「和と夜慧だ。じゃないだろ。なんで先に行ってんだ。みろよ和の顔」

「私を引き合いにだすな。で、葵はどこ?」

ん――と小梅が指をさす。

そこから人込みをかき分け葵が顔を出す。

「あ!和に夜慧だ」

「和に夜慧だ。じゃないだろ、みろよ和の顔」

「――それでなんで先に行ったの?」

私は夜慧を無視して話を進めた。

「ハムカツサンドを買っておこうかと思って、ほらほら大人気商品だから。小梅にはそう連絡するように言ったんだけど」

てへ。と可愛い子ぶる小梅の頭を夜慧が手の平でグリグリと押した。

「それで買えたの?」

うん。と葵が満面の笑みを浮かべる。

私たちは中庭へと移動しハムカツサンドで乾杯した。

「おいしい」

葵がいの一番に声を上げる。

実際おいしい。購買部ができた頃からの人気商品は伊達じゃない。

お腹も満たされたところで、生徒会が配っていた部活案内に目を通す。

「葵と小梅はどこか入ろうと思ってる?」

「私は購買部もいいかなって思ったんだけど、厳しいし、みんなで入れなさそうだから他の部にするよ」

「厳しい、て上下関係が?」

「違うよ。ほらほら、ここみて」

私は葵が指さした所をみた。

そこには但し書きでこう書いてある。

「――なお、購買部入部の際面接及び簡単な筆記試験があります」

「はは、アルバイトかよ」

夜慧がケタケタ笑う。

「なるほどね。で、小梅は?」

「わたしはなんでもいいや」

一言一句思った通りに小梅が返してきた。

「それじゃ一番最初に見学に行くのは――」

「文芸部」

そういって歩き出した夜慧の後を私は歩き出した。


文芸部が部室として使っている部屋の前には、サンプルとして前年度幼稚園に送った絵本と、小学校に送った短編小説及び掌編小説が展示してあった。

「はぇー、こんな小説と出逢ってたらもっと興味持てたかな」

夜慧が感嘆の声を上げている隣で、私も一冊の絵本を手に取った。

オズの魔法使いだとか不思議の国のアリスがベースの仕掛け絵本で、話の中に出てくる魔女が呪文を唱えるとそれが飛び出してくる。

「え、なになに」

小梅が食いついてきたので絵本を手渡した。

「その本面白かった?」

「別に。ありきたりな内容だし、それに――」

私は呼吸を整え目を伏せ「なんでもない」と夜慧に言った。

「それで話は聞けたの?」

「あ、うん。無理だわ」

夜慧がきっぱりと言い切った。

「いや、最初からあきらめるのはどうかと思ってるけどさ、月一の提出、十二本書くのにプラスして、幼稚園や小学校に向けて作品を描かなきゃいけないのは、ねえ」

はは。と夜慧が渇いた笑いをする。

私たちは階段の踊り場に出て話し合うことにした。

「私も文芸部は肌に合わないかな。物語を考えるのは面白そうなんだけど」

葵がそういった。結果として文芸部への入部は諦めることに。

「それで、どうする?」

どうするもなにも、他の部へ見学に行くだけなのだが、その当てがなにもない。

「うーむ」と夜慧が部活案内を睨む。

「ねえねえ、運動系の部活もみてみようよ。ほら、購買部にしろ文芸部にしろ、ある程度のセンスやスキルが必要だったけど運動系ならそうでもないだろうし」

「えー、運動系の方がセンス必要じゃん。それに動きたくない」

「――センスやスキルが必要ないというのは、一年目はペケ扱いだから?」

うん。と葵がうなずく。

なるほど一理ある。それに入部が必須の期間は一年だから二年生になったら退部すればいい。

そんな度胸が体育会系相手にあればだけど――。

「そうなるとだな――バドミントン部とかいいかもな」

私も他にどんなのがあるのか気になり覗き見た。

――ドッジボール部。

「お、和も気になる部活ある?」

「いや、それよりさっさと行こう」

階段を下りているとき、子供たちが楽しそうに球を投げていたのを思い出していた。


体育館内は小分けにされていて、運動系らしく実際に体験できようで、教室棟の部活とはまた違った雰囲気に満ちている。

バドミントン部へと歩いているとき、ふいに球が私にへと飛んできた。

――ッ!

いつぞやの飛礫のことを思い出し、球を弾き手の側面を撫でる。

目を伏せ、気持ちを落ち着かせているところに上級生が駆け寄ってきた。

「ごめんなさい。怪我はなかったかしら」

綺麗な澄んだ声。私は目を開いた。

その声にたがわず、整った顔の先輩が微笑んでいる。

「私たちなら大丈夫です。ね、和」

「あ、うん。大丈夫です」

「そう、よかった。部活動紹介楽しんでいってね」

それじゃ。と立ち去ろうとする先輩を思わず呼び止めてしまう。

「やっぱりどこか痛む?ちょっとの違和感でもみてもらった方がいいわ」

「いえ、違うんです。その、先輩はなに部なんですか?」

「私?ふふ、私のところはね――」

バドミントン部の見学を止め、先輩の後をついてゆく。

「ごめん、急に」

「いいって、いいって。それより、なに。惚れちゃった?あの先輩読モみたいに細くて美人だったもんね」

相も変わらず夜慧がヘラヘラと笑う。

「懇先輩すみませんでした!」

「すみませんでした!」

双子、だろう二人組が声を張り上げ先輩に謝っている。やはりこういうところは体育会系なのだろう。

「懇お帰り。それでそっちの一年生は?もしかして見学に?」

「ない、ない。こんな野蛮なスポーツに見学者など来るはずもないでしょ」

茣蓙の上で茶を啜っていた先輩が首を振る。

「ふふ、それがね見学してくれるって?」

「本当?よかったじゃない。まってて、日乃江たち呼んでくる」

その先輩はそういうなり、長い黒髪をふわりと舞い上がらせ駆け出した。

「それじゃあ――えっと」

「あ、私は雨夜和(あまやなご)です」

「私は新子夜慧(あらたによさと)です。こっちのお眠なのは申河小梅(さるかわこうめ)」

ん。と小梅が手を挙げる。

「えっとえっと、私は丑屋葵です。先輩さん、よろしくお願いします」

「あ、ごめんなさい。私も名前言ってなかったわね。私は久末懇(くすえねむ)よろしくね」

自己紹介をしている間に、一つ上の二年生が集まってきた。

三年生が四人、二年生が五人。これで部員は全員のようだ。

そういえば――と私がまわりを見渡す。

「君たちが今日はじめての見学者だよ」

久末先輩と同じ三年生、ウルフカットの先輩がそういう。

「私は天辰渡浪(あまたつとなみ)、と全員が自己紹介してたらきりがないからね。それは入部してくれたらにしよう」

天辰先輩が久末先輩の方をみた。

「それじゃあ、今からドッジボール部の練習風景をみせる、といいたいところなのだけど、もしよかったら試合をするなんてどうかしら?」

「ルールは、その、小学校の頃にやっていたモノと一緒なんですか?」

久末先輩がうなずく。

それなら。と夜慧たちの方をみる。

「やろう」と、そういう夜慧と葵に対して、小梅は仏頂面を決めていた。

「和たちはわからないんだ。最後までコートに残った挙句、四方八方から球を投げられ続ける恐怖を。まるで地獄、拷問。わたしがなにをした、と言っても止まることないボール――」

私はそっと目を伏せた。

なら――と夜慧が話を切り出す。

「外野やればいいじゃん。元外」

「あ、それならいいよ」

さっきまで駄々をこねていたのはなんだったのか、小梅が外野まで走ってゆく。

私のチームには夜慧たちを含め、久末先輩と天辰先輩が入ってくれることになった。

時間は三分。最終的にコートに残ってる人数が多い方が勝ち。

久末先輩が大型のタイマーを押し、試合開始の合図が鳴り響く。

ジャンプボールは長身の葵に出てもらった。

真上に高く上がった球は葵の手によってこちらに流れてくる。

すかさず天辰先輩が拾い上げ、投げ込む。

「はっや」

思わず夜慧が声を漏らす。

確かに早かった。天辰先輩が投げ込んだ球はいとも簡単に、二年生の先輩を打ち取った。

相手側の投球。投げてくるのは先程大声で謝っていた双子の一人。

私へと向けられた球。捕れる――と、一瞬思ったが慌てて身をかわす。

――いま、伸びた?

「和、後ろ!」

葵が叫ぶ。気を取られている隙に、外野から私にへと球が飛んでくる。

それはいつぞやの投斧のようで、私は目を伏せ歯を食いしばった。

だが、いつまで経っても熟れて腐った南瓜が当たる感覚がない。それどころかアウトの指示もない。

恐る恐る私が目を開くと、そこには久末先輩が立っていた。

どうやら、既所のところで久末先輩が受け止めたらしい。

「あの、ありがとうございます」

「うふふ、いいのよ、それより、はい」

久末先輩が球を渡してきた。

「本当はルール違反なのだけど、楽しんでいって欲しいから」

はい。と私は球を受け取り、持てる力をだして投げつける。

へろへろな山なりの球は、先程茣蓙の上で茶を啜っていた先輩がいとも簡単に受け止めた。

その先輩が外野まで球を飛ばす。

外野から内へ、内から外野へ、緩急の付いた球がともすれば身をかすめる。

「あ――」

葵が尻もちをついた。

「大丈夫?」

すぐさま久末先輩と黒髪の先輩が駆けつける。

「足捻ってる。ネム、ここは私がやるから」

「ありがとう。それと葵ちゃんごめんね」

「いえ、これぐらいなんともないです」

立ち上がろうとする葵を黒髪の先輩が制した。

「せっかく見学に来てくれたのに怪我させてごめんなさい」

久末先輩が深々と頭を下げた。

「そんな。私たちは楽しかったですよ」

「うん、楽しかった」

「梅はなんにもしてないだろうが」

楽しかった。確かに楽しかったのだが――。

私は目を伏せた。

「ありがとうございました」そう言って私たちは、バドミントン部を見学することなく体育館をでた。

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