彫刻刀

 確かこれは私が中学三年生に上がった頃の話だ。新しい教室の新しい自分の席に着くと、ソレが目についた。



<始めまして>




 美術で使用する彫刻刀を使ったのか、木製の机に器用に文字が彫られていた。




前にこの机を使っていた先輩の書き残しだろうか?と不思議に思う。




あまりにも状態が悪い机なら、事前に学校側が取り換えているが、この程度の文字なら見逃されるのかとこの時は納得していた。




そのような新学期の始まりだった。





それから暫くして、また机に文字が彫り込まれていた。




<今も学校にいるの>




 前回と同じような小さくて丸みを帯びた文字。


初日と同じ人が放課後にでも彫ったのだろうか。だとしたら、先輩の書き残しなどではなく、同じクラスメートが書いたものである可能性が高い。単なるいたずらなのだろうか。




 謎が残った。




悪戯だとしたら、せめて鉛筆で書いて欲しい。




 その後、度々その文字は現れ、私も返事を掘るようになっていった。




<水槽の水を替えるところを見ていた>




と彫られていれば、




<生物係ですから>




と返してみる





<この前の授業、居眠りしていたでしょう>




と指摘された時には、バレていたかと恥ずかしく思いつつ、




<秘密にしておいてください>


と返した。




こちらから質問してみたこともあった。


<あなたは誰ですか?>




 謎のメッセージの文字は、登校した朝に最初に気づくのが恒例だったけれども、


その時は授業が終わり、帰り際には返信……いや更新されていることに気が付いた。




<この教室にいるの>


<朝も夜もずっと>


<いつも見ている>





 日中に書かれたのなんて初めてだ。いつの間に書かれたんだろう。


移動教室の時間もあった上、そもそも私は先述の通り、隙を見ては昼寝している劣等生なので、気づかれずに彫ることも不可能ではないのかも知れない。




近くの席の友達に、誰かこの席で何かやっている人を見なかったか聞いてみるも、誰も知らなかった。




それでも、「この教室でいつも見ている」らしい。




「誰を」という言葉はないけれど、これは私を見ているということなのだろう。


 その点については、正直どきどきしています。




「ついにモテ期が到来したかも知れない……」




 机のメッセージやりとりについて伝えると、友人たちは「いやいやいや……」と一斉に否定してきた。




なんでだ。そんなに私のモテ期到来が悔しいのか?





「違うでしょ。いつも見てるよってストーカーかよ」


「いや、というかそもそも相手それ生きた人間なの?」


「いよいよ机がボロボロで凄惨ないじめを受けているみたいになってるぞ」


「怪異かも。今あなたの後ろにいるの……的な?」




 みんな当たりが強くないですか? 嫉妬??




「ウザすぎる」


「将来詐欺に遭わないように気を付けてね」




 私は、しばらく考え込んで、友人が言っている危惧については最もだと理解できた。




でも、今のところ特に困るような被害もなければ、怪異……?への対処法だってアテがない。




「とにかく!情報収集も兼ねてやりとりは継続しますから、なるべく耐えて聞いてください」





まぁ、他人の恋愛事情を聞くだけなんて飽きるでしょう。それでも今回こんなに親身になってくれたんだ。




自分はなんて幸せ者だろう。




さっそく返信はどう彫ろうかと考えた。













 一方、教室の面々が盛り上がっていた場所は、


「いつも見ている」と答えたモノからも筒抜けであった。





「あり得ない!!こんなはずでは無かったのに!!」




 机にメッセージ彫りこんでいた怪異は、途方に暮れていた。




「貴方の後ろにいるの……的な恐怖を!想定していたのに!!」




 相手が勘違い女過ぎたのだ……。


 ヒイイィイィッ!!と夜の学校に絶叫が響いた。


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