第44話 利益供与になっちゃうよ〜!

 立ち止まり振り返る三人に際し、観念したかと見るオスティリタだったが、まだ抵抗の意思はあるようで、三人それぞれに魔力の気配が宿る。

 しかしただバラバラに攻撃してくるだけではない。真ん中に構えた祓魔官エクソシスト息吹ブレスに〈鬼火ウィスプ〉が砂礫を、〈亡霊ファントム〉が爆裂魔術の速射を大量に混ぜ込んだ結果、発生した暁色の砂塵嵐が、まっすぐにオスティリタを襲ってくる。


 合体技とはロマンがあるが、それを理由に見逃すほど甘くはない。

 指先から繰り出す念力一つで、あっさり吹き散らすオスティリタ。


「むっ……!?」


 しかしそれ自体が彼らの狙いだったようだ。総じてまあまあの威力だったので、そこそこの出力で弾いたのだが、どうやらそれがまずかった。

 にわかに視界が巻き上げられた砂で覆われ、見通しが最悪となる。もう一度、今度は規模が大きめの念力を使って振り払うが、そのわずか一秒程度の間に、〈亡霊ファントム〉〈鬼火ウィスプ〉は、すでに姿を消している。


「……うまくいったようだな」


 一人残された祓魔官エクソシストに、オスティリタはせめてもの、逃がしてしまった負け惜しみを口にした。


「おやおや、ずいぶん冷たいじゃないですか、あの二人?」

「もとより俺と奴らは敵同士だ、囮に使うのは当然の措置だろう。それより……」


 絶体絶命の危機に陥っているはずだが、彼はあろうことか安堵の笑みを浮かべて言う。


「時間を稼いだ甲斐があった。事態に相応しい増援が来てくれている」

「それは、なん……っ!?」


 言いかけたところで横合いから猛スピードで組みついてきた暑苦しい筋肉の塊が、オスティリタの華奢な体を掴み上げ、もろともに夜空へ打ち上がる。

 こんなことができる相手は、オスティリタの知る範囲では片手で数えられる。ゾーラの街を眼下に臨み、振り払った相手に抗議した。


「なにをするのです、〈赤騎士〉ヴァレリアン。というかここでなにをしているのです、あなたの教区はどうしたのですか?」


 今日のこいつは、いつものバーバリアンスタイル(要するに上半身裸)とは装いが違った。

 全身タイツにマントを羽織り、ゴツいブーツとグローブ、厳つい顔の上半分を隠すファントムマスクという出で立ちだ。


 構成要素は〈亡霊ファントム〉とほぼ同じはずなのに、体のデカさと厚みのせいか、まったく異なる趣に仕上がっている。

 マントをはためかせて滞空し、太い腕を組み呵々大笑する紫髪の巨漢。


「バーッハッハッハ! いかにも俺こそ〈赤騎士〉だが、今の俺のことはヴァレリアンでなく、正義の英雄ヴァレリーマンと呼んでくれ!」

「ちょっと言っている意味がわかりませんね。なぜわざわざ私の邪魔をしに来たのかを尋ねているのですが?」

「そりゃ、お前を止められるような奴といや、俺たち〈四騎士〉くらいしかいねぇからに決まってんだろ?〈青〉は空を飛べねぇし、聖下の警護で忙しい。〈白〉と〈黒〉は任地がうちの教区よりここから遠い。必然的に俺にお呼びがかかったわけよ」


 にわかに打って変わって真顔となり、口元に人差し指を添えるヴァレリアン。


「俺を呼んだのはサレウス聖下だが……お前、もう少し周囲に気を配るべきだったな……ジュナス様が見ておられるぞ。行動を慎め」

「っ!? ほ、本当ですか……!?」


 だとしたらこんな野暮ったい包帯など巻いている場合ではない。

 オスティリタの磨き抜かれた肉体美は、あの御方に見ていただくためにあるのだ。


 いそいそと身繕いし、いつもの全裸羽衣スタイルとなったオスティリタは、別にこいつには見てほしいわけではないのだが、〈赤騎士〉を相手に胸を張る。

 心外なことに奴は呆れた様子で頭を掻いて、平静そのもので指摘してくる。


「つーかそもそもお前、あの御方に目をかけられてて気に入らねぇって理由で〈亡霊ファントム〉を誘き寄せて潰そうとしたんだよな? なんであの御方が近くで直接見守っておられる可能性を考えねぇんだよ、バカなの?」

「うるさいですね……」

「いやそれ以前にまず、そんなクソみてぇな理由で若い芽を、しかもよりによって〈亡霊ファントム〉一味を摘もうとするんじゃねぇよ」

「どいつもこいつも〈亡霊ファントム〉〈亡霊ファントム〉……あんなのただのスピード自慢でしょう」

「だがそのスピードで見事にお前を撒いてったじゃねぇか」

「それはまあそうですが……」

「しかもあれたぶん純粋な身体能力のみだぜ。人豹ワーパンサなら誰でもできるってわけじゃねぇ、種族ごとに世代を経て一定の割合で現れる傑出個体の類だろう。なにより奴の犯行にはロマンがある」

「どいつもこいつもロマン、ロマン……」

「ロマンは嫌いか?」

「好きですけど……」


 なんだか言い包められた雰囲気になったのが気に食わないが、ジュナス様が見ておられる前で、彼のお気に入りに傷を付けるというのは、さすがに避けるべきだというのはわかる。

 命拾いしましたね怪盗〈亡霊ファントム〉、と彼が逃げた方角に念を飛ばしておくとして(そういう能力があるわけではないので、彼に伝わっているわけではない)、オスティリタは地上に視線を戻した。


 呆気に取られてこちらを見上げている、灰白色の髪の祓魔官エクソシストに、我らが至高の御方ことジュナス様が、気さくに近づいて話しかけておられる。


「この距離ではさすがに聞こえませんが、私の素晴らしさを説いてくださっているのでしょういやそうに違いありません降臨した方がいいのでしょうかジュナス様の前でおこがましい演出などしない方がいいですかね?」

「『おこがましい』だけ合ってるな……たぶん労いと『もう大丈夫だから持ち場戻りな』的なことを言っておられるぞ。ほら俺たちの後輩と御方が別々の方向に去っていったぜ」

「えっ? 私まだご挨拶してませんが??」

「お前それマジで言ってる? あの御方のことだから怒ったりされねぇだろうがよ、内心お前に呆れてらっしゃるのは間違いないな。実際俺が参じなきゃ、御自らお前をお止めになるつもりだったはずだ」

「わ、私、嫌われた……!?」

「いや、そこまでではねぇだろうが、今は追いかけたりせず、そっと去るのがいいと思うぜ」


 ここは素直に助言に従うべきと判断し、オスティリタは静かに背中を向けた。


「さらば我が愛しきゾーラよ……季節が巡ればまた私は訪れるでしょう」

「いや訪れんな……言っとくけどさすがに俺の最大速度でも半日かかって来てるからな? あんまり俺たちに迷惑かけんな、おい聞いてんのかオスティリタ、てめ、お……」


 みなまで聞かずに飛び去って、舞い散る涙が渇くまでに、何編かのポエムを吟じるオスティリタ。

 会えない時間が愛を育むという。次会えたらまた今度、ジュナス様に遊んでもらおうっと!




 リモリとルマルは容易に叩き伏せられてしまっていた。格闘の練度が違うというのと、二対一から二対二になったこと、●●●●ちゃんが思いの外持ち直し、催眠鱗粉への更なる耐性を得て立ち塞がったというのも大きい。

 しかしもっとも特筆すべきは、割って入ってきた灰黒色の髪の祓魔官エクソシストだった。どうやら音属性の息吹ブレスを生得する彼女は、内部循環で全身に微細な振動を帯びており、それをもって催眠鱗粉を効果的に振り払ってくるのだ。


 バヒューテ姉妹の催眠鱗粉は生体物質ゆえ、魔力を封じられるような環境でも使えるという利点の反面、風や炎などで普通に無効化されるという欠点がある。

 加えてリモリ、ルマルともに固有魔術含めて完全に催眠鱗粉に依存した戦法を取る。万事休すと言えるため、完全に気持ちが萎えたリモリに代わって、ルマルが煽り散らかす。


「新しい愛称を貰ったのは良いけどさ、どうも〈亡霊ファントム〉ちゃんたちにとってキミはただの捨て駒だったみたいだね!」


 対する〈執着スティック〉の反応は、憐れみすら含んだ苦笑だった。


「なるほど……どうやらお前らと〈怨念マリス〉の間には、信頼どころか利害関係すらないらしい」

「どういう意味さ!?」

「すぐにわかる」


 本当にすぐにわからされた。なんの前触れもなく〈執着スティック〉の姿が消える。

 これは赤帽妖精レッドキャップの空間踏破能力ではない。


 妖精族なら誰でも他族と結べる、召喚契約というやつだ。やられた、考えもしなかった。

 二人にとって〈怨念マリス〉は一緒に遊べるバカであると同時に、催眠鱗粉を弾く程度の念力バリアなら恒常展開できる強者、つまり油断のならない相手だったのだ。


「そっか……あんなに心がボロボロになってもまだ、新しい仲間を作れるんだね……」


 色々な意味で完敗だった。もはや抵抗する気力のないリモリを、ルマルが心配そうに振り返ってくる。こういうときに限って見捨てて逃げたりしないところが、生意気だが憎めない妹である。

 一方で祓魔官エクソシストはというと、神妙な顔でなにごとか考えていたかと思うと、不意に微笑して話しかけてきた。


「好きなの? 彼のこと……」

「!!? いや、その、好きとかそういうのではなくて、わたしたちはただの幼馴染で……」

「うわお姉ちゃんダッッサ……そこで日和るのガチで引くんですけど」


 祓魔官エクソシストはリモリのヘタレた反応を嘲ることもなく、どことなく共感のニュアンスが伺える歩み寄りを見せてくる。


「わたしはアズロラ・ソノブラム。わたしにも幼馴染がいるから……わかるよ、そういうの。良かったらお話し聞かせて?」

「わあああ! この官憲、恋バナで絆そうとしてくるよおお!」

「でも今ちょっと本気で凹んでるから、親身になられると抵抗できないようわああああん!」

「はいはい大丈夫泣かないの。幸いあなたたちには厳重な手配はかかっていない、子供たちを眠らせて出歩かせた程度の悪さしかしていないから。全部〈怨念マリス〉が怖くて脅されてやりましたって言う練習をしようね」


 教会の取調室に、おやつが出るのかどうか。それが目下、姉妹が抱く最大の懸念となった。

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