第43話 結局物理的なアプローチになる感じ?

 ほぼ同時刻。黒煉瓦倉庫の近く、〈執着スティック〉と〈角灯ランタンズ〉がいるのとはまた別の方向で、静かに対峙する影があった。

 一人は鹿撃ち帽、一人はルンペン帽を被ったおっさんたちである。


「よぉ〜……あんまり野暮な真似するもんじゃねぇよ。大泥棒ドロテホの名が泣くぜ?」

「その名は捨てた……と言いたいところだが、慕ってくれるファンが少なくとも一人いるのは事実だね」

「よりによってそのファンボーイから横取りを企もうってんだ、捨てるまでもなく廃ってるんじゃねぇのか、その名はよ」


 なぜバレたんだろう……? と自称探偵のダンテン・ハエーナは訝しむ。

 神様はすべてをお見通しなのかもしれない。しかしドロテホことダンテンの情報力も、まだ捨てたものではない。


「世の中には触れちゃいけない領域ってのがある。〈存在しない大富豪〉ジョルジョ・パニーノ……いや、救世主ジュナス様。あなたのことですよ」

「それがわかってんなら、なぜ触れる? よほど祟りが欲しいと見えるな」

「残念……僕はその触れちゃいけない領域ってやつに、すでにどっぷり浸かってしまってる。今さら忌避してどうこうなるでもない」


 わかりにくい皮肉を飛ばしてみたのだが、思いの外効いたようで、苛立ち気味に告発してくるジュナス。


「今回てめぇの狙いは〈輝く夜の巫女〉が課す難題の一つ『火の衣』……。俺様が下賜した恩寵を盗むのが目的だろう」

「あんなに興味はありませんよ。彼らだって真相を知ったら落胆するんじゃないですかね」

「ロマンを解さねぇ野郎だ。隠れ家に置くのは心許ないとはいえ、肌身離さず持ち歩くあいつにも問題はあるが……そもそも小切手ってのは盗難防止策の一環でもある。裏書がなけりゃあ換金できねぇってのを、知らねぇわけでもあるめぇな」

「額面がいくらか知らないが、別にそれが目的じゃありませんよ。ジョルジョ・パニーノ氏の小切手なんて、そうそう手に入るものじゃないでしょう。手持ちの一番小さな額縁に入れて、よく見えるとこに飾るんだ……後々額面以上のプレミアがつくかもしれないわけだし」

「てめぇのロマンは理解できねぇ。欲しいならあいつに正面から頼んで譲渡してもらえばいいだろ、もう知らない仲でもねぇんだから」


 そこは泥棒としても探偵としてもささやかなプライドが許さない……というのは、ダンテン以上にジュナスにとってどうでもいいはず。


「そんなことよりいいのかな? こんなところで僕なんかと喋っていて……相手はあのオスティリタでしょう、彼ら挽肉にされてしまうよ」

「てめぇはガキどもを舐め過ぎだ。決着までは介入しねぇ、そう決めてる」

……? 彼らがオスティリタを倒せるとでも?」


 ジュナスは会心の笑みを浮かべて言った。


「逃げるが勝ちって言うだろう?」




「一撃凌いだことは褒めましょう。さあ、ここからが本番ですよ!」


 これ以上は無理だ。そう何度も通用するやり方ではない。逃げ回ろうにも、オスティリタは機動力も相当高い、彼女の前から姿を晦ませるのは生半可な難度ではない。

 意気揚々と新たな念力を繰り出しかけた彼女は……しかしそれを攻撃ではなく防御に用いた。いきなり彼女の死角から横薙ぎの竜巻が吹きつけたからだ。


「……勘違いするなよ。別にお前たちを助けたわけじゃない」


 いつの間にか倉庫の屋上へ登ってきていた、制服姿の祓魔官エクソシストが、いつもの調子で言ってくる。


「お前たちを捕まえるのは、この俺だ……他の誰かにやられるようでは困るからな」

「セルゲイ!」

「あー、素直じゃない人だー」

「なんだその評価は、不名誉だな。俺はいつも自分の心に素直なつもりだぞ」


 確かに……そうでなければこうして、立場を押して割って入ってくれるはずがない。

 一方オスティリタは癪に障った様子で、ローブの裾と包帯の端が荒ぶる。


「教会の者なら許されるとでも思いましたか? 職責にもとる異端です、まとめて叩き潰すまでのこと!」

「だろうな。ただ場所は変えさせてもらうぞ」

「勝手なことを……!」


 本当に勝手なことに、セルゲイは内部循環を用いたトップスピードで、にわかにその場から離脱する。

 反射的にヒョードがレフレーズを連れてそれ以上の速度で追うので、オスティリタもついて来ざるを得ない。


「待ちなさい、不良神父に泥棒ども!」


 恐ろしいことに、オスティリタの最大移動速度は、ヒョードのトップスピードと同程度だ。普通に逃げ続ければスタミナの問題で必ず追いつかれる。

 だから今は本当にただ距離を取っているだけである。大方セルゲイとしては、犯罪者と共闘するところを、同僚たちに見られたくないのだろう。


 レフレーズの手を引くヒョードが少し足を緩めることで二人とセルゲイの相対速度が合い、相談時間が生まれる。セルゲイの説明は本当に素直だった。


「故あって助勢する……お前たちよりあの女の方が、対処の優先順位が高い」

「神父さんたちも大変だなー……わたしたちは滅多に街壊したりしないもんねー」

「そういうことだ」

「そのわりにはお前しか来ねぇのな?」

「あの女……オスティリタは俺たち並の祓魔官エクソシストどもが何人がかりで叩こうと、どうせ倒せやしないからな。同僚たちも上官から命令されれば従うが、進んで戦おうとは思わない。だから持ち場に残っている」

「物好きな変態はお前一人ってわけか」

「心外だが、後の算段はこちらで立っている。


 セルゲイがなにを言わんとしているかはわかったので、二人が黙っていると、彼はレフレーズを横目で見て確認してきた。


「ときに〈鬼火ウィスプ〉……お前の生成する大山猫石リュンクリウムだが、粒径を下げることはできるか?」

「できるよー。うーん、ちょっと大きめの砂粒くらいがちょうどいいのかなー?」


 その一問一答だけで、ヒョードもセルゲイのやりたいことがわかった。

 無言で頷いてみせると、真面目神父の口元が心なしか少し笑ったように見える。


「理解が早くて助かる。そろそろ潮時らしい、応対に戻ろうか」


 三人で立ち止まり振り返ると、眼だけで伝わってくる憤怒の表情で、オスティリタが高速で飛来してくる。

 ヒョードとレフレーズは自然と左右に分かれセルゲイを挟む格好で迎え撃つべく構えた。


「俺に合わせろ」


 セルゲイの傲慢とも取れる指示にも、他意もなく従うことができた。

 これを信頼と呼ぶのは、少し違うが……セルゲイがヒョードたちに向けるのと同じ感情を、ヒョードたちもセルゲイに抱いているようだ。




 もはや消化試合という認識だった、ルマルとリモリの頭上から、闇に溶け込む灰黒色の翼を広げて、祓魔官エクソシストの制服を着た姿が急降下してくる。


「「!?」」


 そいつは〈執着スティック〉くんの傍らに勢いよく着地すると同時、放つ後ろ回し蹴り一つで姉妹をまとめて吹っ飛ばしたかと思うと、ターンの終点で〈執着スティック〉くんの額を踏みつけた。


「おんどれァ! なにしとんじゃワレ、わたしの未来のダーリンに!!」

「リモ姉、また変なキャラと本音出てるよ!」


 頭に血が上った姉は認識できていないようだが、ルマルには今のストンピングにほとんど体重が乗っていないことが見て取れた。

 攻撃ではない。かと言って唐突な女王様的なアレのプレイというわけでもない、当たり前だが。ではなにをした?


「もしかして……」


 バヒューテ姉妹の催眠鱗粉は、自然に効果が切れるのを待つか、かなり強度の高い状態変化解除能力を使うくらいしか、意識を覚醒させる方法はない……今まで検証した限りでは。

 たとえば耳元で怒鳴ろうが思いっきりブン殴ろうが、鼻をつまもうが起きないという、結構危険な状態なのだが……同じ音を出すのでも、鼓膜や骨伝導でなく……。


「こ、こいつ、脳に直接……!?」

「いや『脳に直接』って普通そういうことじゃなくない!?」


 どうやらそういう内部循環を使えるらしい、竜人族と思しき祓魔官エクソシストは、肩をすくめて足元に話しかける。


「やれやれ……わたしもこういうことはしたくないんだけどさ。今はこの〈角灯ランタンズ〉とかいう子たちの撹乱性能が厄介だから、優先的に確保したいわけ。というわけで、えーと……〈執着スティック〉くんだっけ? それまで協力してくれないかな?」

「……ああ、いいとも」


 祓魔官エクソシストの要請を受け、すぐさま彼が眼を開け答え、そのまま体を起こそうとした瞬間……先ほどとは打って変わって、リモリが極めて冷静に囁いた。


「ルマル、やっておしまい」

「りょーかい!」


 ルマルの固有魔術もリモリのものと同じく、夢に関するものだ。

 リモリは睡眠を最高の娯楽と捉えているようだが、ルマルに言わせると、夢見る利点のもっとも大きなものは「後腐れのなさ」にある。


 夢の中なら誰に愛を囁こうが、暴言を吐こうが、ブン殴ろうがブチ殺そうが、なにを破壊しようが、なんの罪にも問われない。

 誰かに変な寝言を聞かれたり、おねしょでもしたりしない限り、夢の中でどれだけ好き放題やらかそうと、現実世界に影響はない。


 ルマルの固有魔術も、これまたシンプルなもので、「現実を明晰夢だと錯覚させる能力」である。

 夢を現実だと思わせるのではない、逆だ。今起きて見聞きしている現実を、夢の中の出来事だと思わせることができる。


 ただし相手が普段から白昼夢を見るアホでもない限り、基本的に起き抜けの相手にしか通用しない。が、これもまた催眠鱗粉を併用すれば実質いつでも効能条件を満たせる。

 つまり直前まで本当に眠っている最中に見ていた夢を夢中夢だと認識するのだが、ルマルが「相手にとって最高の夢を見せる能力」を使った後にコンボ運用すると、より顕著な効果を得られる。そしてリモリの能力が効く相手ほどルマルの能力も大概よく効く。


 最高の夢という天国から、現実という地獄に叩き落とされた後、「いやこれも夢だから」という仮初の救いを与えられた者が、その夢だと錯覚する現実世界で取る行動は、大きく二つに分けられる。


 一つは安堵するあまり気が抜けて、「どうせ夢の中なんだから、なにもしなくていいや」と脱力する。現実だと認識している場合の絶望や逆上と違い、無防備で安全な状態なので、のんびり取り押さえることができる。

 もう一つは安堵を通り越して楽しくなってしまい、「どうせ夢の中なんだから、なにをしたっていいや」とめちゃくちゃしだす。自暴自棄になっているのとは違って、問題ないと思って無邪気に行動しているので、心の奥底に仕舞い込んでいた願望が剥き出しになりやすい。


 ルマルは主に後者を鑑賞するのが好きなのだが……果たして彼はどちらかな? とクスクス笑って、固有魔術の効果が出るのを待つ。

 恋は盲目状態のリモリには悪いが、●●●●くんだって所詮は年頃の男の子だ。目についた女に痴漢しまくったとしてもおかしくないと思っている……のだが。


「俺の役目は、お前らの足止めだったはず」


 能力は効いている。眼が虚ろになっている、間違いない。なのに彼は、おそらく名前も知らない祓魔官エクソシストの女と並んで構え、ルマルとリモリを拳で指し示してくる。

 リモリがまた取り乱し始めるが、正直ルマルも姉と同じ気持ちなので嗜められない。


「なに言ってるの!? もうそんなことしなくていいんだよ!?」

「そ、そうだよ〈執着スティック〉くん! 夢の中くらい楽にしなよ!」

「……確かに夢の中でなにをしようと、なにをしなかろうと意味はない……」

「だよね!? だったら……」

「だが、同じなんだ。これが現実だろうと、夢だろうと、すべてが無駄なことに変わりない。がいないという一点において、俺にとってこの世界に意味がないという事実は一切揺らがないんだ。

 それでも俺は止まることができない。前に進むしかない。が死んだ原因を否定し続けるしか、もはや俺にできることはないのだから」


 姉妹が絶句する中、祓魔官エクソシストは特に動じる様子もなく、それどころかどこか満足そうに頷いている。


「君が思った通りの人で良かったよ。さすがはわたしの幼馴染が見込んだ男が見込んだ男だ。わたしとしてもわたしが幼馴染の見込んだ見込んだ男……あれ、なにを言いたいのかまったくわかんなくなってきちゃった。まいっか」

「フフ、誰だか知らんがお前も大概だな。信じよう、その『執着』をこそ」


 気が合うようでなにより。ルマルとリモリの意思も自然と一致している。

 こいつら気に食わないからブッ飛ばす! 二人まとめて寝かしてやれば、今度こそ起きては来ないに違いない!

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