第41話 いい夢見ろよな!

 ラムラ、リモリ、ルマル、レミレ、ロメロ……バヒューテ家の五姉妹に共通する、生体物質の散布能力を〈執着スティック〉は知っている。

 その催眠鱗粉は一定以上の体重の動物に抗いがたい眠気を与え、一定以下の体重の動物にはさらなる意識の深層に働きかけて、その行動をある程度操れるというものだ。


 ボーダーラインは約二十キロ。基本的には対魔物を想定した能力のはずだが、魔族の中でも小さな子供……種族にもよるが大体六歳以下の幼児には精神制御も効いてしまう。

 美少女姉妹だからギリ許されている事案能力だが、体重を増やせば効きにくくなるという他に、何度も吸わされれば吸わされるほど耐性ができるという欠点がある。


執着スティック〉はどちらの意味でもかなり効きにくい体となっているが、それでも無策でいつまでも嗅がされていると意識を失うのは間違いない。

 早急に仕留めたいところだが、〈執着スティック〉の体が鈍りつつあるのをいいことに、リモリとルマルは……これもバヒューテ家の五姉妹特有の身のこなしで、のらりくらりと躱し続け、クスクス笑って煽りまくる。


「ほ〜ら、バブちゃんおねむでちゅか〜?」

「大人しくねんねしていいんでしゅよ〜?」


 赤帽妖精レッドキャップの空間踏破能力で一気に間合いを詰めて叩きたいところだが、それができないのを姉妹はわかっているようだ。

 バヒューテの催眠鱗粉は主に呼吸器から吸収されるが、眼からの曝露でも効いてしまう。


 あくまで瞬間移動ではなく高速移動能力であるため、空間内の滞留物をそのまま受ける形になるというのが一つ。

 そして発動に「相手と視線を合わせる」という条件があるため、眼を見開いたままでないと使えない。


 つまり空間踏破を使ったが最後、移動の終点である相手の至近距離で眠り込む羽目になる。魚が自ら俎板の上に乗るようなものだ。

 考えているわずかな時間で、すでに体の自由が利かなくなり、膝から崩れ落ちる〈執着スティック〉。


 リモリとルマルはさぞ楽しそうに笑っているだろうと思いきや、なんとか顔を上げて見返す二人の顔は、思いの外シリアスだった。

 細められた垂れ気味の眼は、どこか憐れみのニュアンスを含んでいる。


「……あんまこういうマジなこと言うのって、うちらのキャラじゃないんだけどさぁ」

「あんたのママ、結構真剣にあんたのこと心配してるっぽいよ?」

「首輪付けてでもとは言わないけどさ、連れて帰ってあげたいと思わなくもないわけ」

「うちらあんたのママから痴女だと思われてて癪だから、点数稼ぎたいってのもあるかな」

「とはいえあんたの気持ちもわかるんだ。わたしらだって姉妹の一人やパパやママ、惚れた男なんかが殺されたら、残りの一生を復讐に使うだろうね」

「だからうちらは決めやしない。あんたが決めるのさ」

「オスティちゃんは基本なに言ってるかわかんないけど、イカレたノリがうちらと合ってるしお互いやりたいことやれるし、一つだけうちらにも理解できる考え方を教えてくれた」

「仮にも彼女の手下、〈角灯ランタンズ〉なんて呼ばれてる身だ。彼女の流儀に従うのも悪くないわよね」


 もはやうつ伏せに倒れ、睨み上げるしかできない〈執着スティック〉に、リモリとルマルはそれぞれ右手をかざして、普段は絶対にしない、慈愛とも取れる柔らかい笑みを浮かべた。


「これからあんたにを与える」

「本気で心を折りにいくレベルのやつ」

「それでも立って来られたら、あんたの好きにしていいよ」

「二度と立てなくなっても大丈夫。責任取って下の世話くらいはしてやんよ」


 もはや抵抗の術もなく、朧な夢に落ちていく〈執着スティック〉。




 バヒューテ家の五姉妹のうちで、固有魔術を発現済みなのは、上の三人だけだ。

 三人が三人とも、自分の睡眠に対する解釈を反映した能力を発現している。


 リモリは睡眠を、最高の娯楽と捉えている。特に良質な夢を見る夜は、この上ない喜びをもたらす幸福な時間だ。

 これを反映して、彼女の固有魔術は「相手にとって最高の夢を見せる能力」となっている。発動条件は相手の睡眠中のみだが、これは催眠鱗粉を併用すれば問題ない。


「♫眠れ、眠れ、優しい、良い子よ……」


 完全に落ちて眼を閉じた●●●●くんに寄り添い、子守唄を歌うリモリは、自分がどれだけ残酷なことをしているか理解している。

 どう考えても今、彼が見ている夢の中では、死んだメイミア・ハーケンローツが実は生きていた設定で、彼と笑い合っていることだろう。


 仕方がないのだ。こんなところでこんな形で会えるとは想定外だったが、このチャンスを逃がす気にはなれない。

 荒療治ではあるが、こうでもしないと彼は死ぬまで意味もなくアクエリカを襲い続けるだろう。実際それ自体もリモリとしては気に入らない。


 無防備に眠りこける二つ年下の幼馴染を、仰向けに転がし、額を合わせそっと囁くリモリ。

 起きている間にこんなことは言えない。彼を傷つけてしまうからというのもあるが、普通に照れてしまうので普通に言えない。


「忘れなよ、死んだ人間の女のことなんか……覚えてたって辛いだけでしょ……アクエリカのお尻を追い掛けるのもやめてよ……そんなキミなんか見てらんない……」


 そこまで吐露したところでふとリモリが顔を上げると、案の定、道端にしゃがみ込んでいるルマルが、ニヤニヤしながら見てきている。


「なっ、なによ……!? なんか言いたそうね、ルマル……!?」

「べっつに〜? ただリモ姉ったら、ほんっとにピュアッピュアだなって思って〜♡」

「ななな……ぐっ、か……!」

「あーもーそんな真っ赤になっちゃってほんとかわいいんだからぁ♡ そんなのあたしら姉妹の中でもリモ姉だけだよ?」

「ううう、うるさいっ! 言うなよ!? 特にラム姉にだけは言うなよ、イジリ倒されるから!」

「はいはい、わかったから。いや〜しかしちょっと悲しいよね。現実ではどうせ叶わないからっていうね、恋の未練がね、リモ姉にその固有魔術を発現させたわけでしょ。大丈夫? あたしがぎゅってしてあげよっか?」

「る、ルマ、お前〜……! なんでそういうこと言うの!? わたし泣くよ!?」

「いやもう泣いてるし……よしよし、妹の胸を貸してあげるよ〜」

「うう……幸せになってほしいだけなのに……どうしてわたしはこんなことしかできないの」


 しばらくルマルに抱きしめられて慰められているうちに、リモリの頭の中で怒りの方が大きくなってきた。

 世の理不尽に対してとか、無力な自分に対してとか、そういう殊勝な感じではない。普通にリモリを見てくれない●●●●くんに対して、ムカっ腹が立ってきたのだ。


「あははっ、もういいや! ブッ壊れるなら壊れたらいい! やっておしまい、ルマル!」

「あーあ、リモ姉の方が先に壊れちゃったよ。いいの? ほんとにやるよ?」


 今は天国を味わっているだろうが、目覚めた瞬間から彼にとっての、ただの現実という名の地獄が始まる。もうメイミアはどこにもいないという絶望を、改めて味わうことになるのだ。

 それだけでも精神状態によっては自害に繋がりかねない危険行為なのだが、その後ルマルの固有魔術を発動することで、更に凶悪なコンボ技をキメることができてしまう。


「大丈夫……どんなことになっても、わたしが死ぬまでお世話するから……」

「重い! 重いよリモ姉、ただの幼馴染に対して重すぎるよ!」

「その不用意な発言がわたしを傷つけた」

「ごめんて! も〜リモ姉はそうやってウジウジしてないでさ、せっかく相手が寝てるんだから勝手にやることやっちゃえば?」

「はぁ!? ななななに言ってんの!?」

「いひひ、なんならあたしがやっちゃおっかなとか……」

「やめろ貴様ァ! 殺すぞ!」

「冗談に決まってるじゃん!? リモ姉さ、キレるとちょくちょくキャラ変わるやつやめてよ、怖いよそれ!」


 このバヒューテ姉妹特有の催眠鱗粉というやつ、一旦効くと彼女たち自身ですら、相手を起こすことができなくなる。

 自然に効果が切れるのを待つか、状態変化の解除能力……それも相当強度の高いものを使うしかないのだ。


 色々な意味で、早く眼を覚ましてほしい。

 リモリとしては、そう願うしかなかった。

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