第40話 嫉妬とかそういうのでは全然ないんですけどおおおお!?

 子供たち眠る眠る眠る。時刻は暁。幼児ら、具体的には六歳以下のちびたちが、眠ったまま起き出し歩いて、〈角灯ランタンズ〉の誘導に従い、欲しい情報を喋ってくれる。


「ファントムはこんやうごくよ」

「ファントムは『ひのころも』があるところをしったんだ」

「ぼくたちみんなでさがしたんだぜ」

「でもみつけたのはトーヤだよ」

「トーヤはうわさをすごくきくんだよ」


 子供たちが無意識に呟く報告を聞き届けて、〈角灯ランタンズ〉は揃って〈怨念マリス〉を振り向く。


「だってさ。どうする?」

「トーヤってやつを見つけて絞め上げて、怪盗〈亡霊ファントム〉の正体を聞き出しちゃう?」

「それはやり過ぎじゃない?『火の衣』のあるらしいって場所だけで良くない?」


 対する〈怨念マリス〉の反応は、不機嫌、そして無関心そうに冷淡だ。


「やめなさい。私は〈亡霊ファントム〉に会えればそれでいいのです。彼の素性がなんであろうと、興味はない。『火の衣』とやらの在り処についても同様です」

「え〜? でもでも、〈亡霊ファントム〉がどこからどこへ動くか把握してなきゃ、捕捉できなくない?」

「あいつら速いだけじゃなく、音もなく走る潜行スニークタイプだからねぇ、うちらと違ってさ」

「問題ありませんよ。それもこちらでコントロールすればいいのです」


 次いで〈怨念マリス〉が口にする提案を聞いた〈角灯ランタンズ〉は、にんまり笑って、その通りに実行した。




「……なるほどね」


 翌朝。街中に散らばった紙片の一つを拾い上げて、ヒョードは感心気味に呟いた。

 すべての紙片にはこう書かれている。


『今夜十時、バイエン通りの黒煉瓦倉庫にて、「幻のお肉」を頂戴いたします

 怪盗〈亡霊ファントム〉』


 筆跡はヒョードとは似ても似つかない、そもそも似せる気もないのだろう。

「幻のお肉」という語句にも、おそらく意味はない。この時間ここにいますよという意味でしかない。


「やられちゃったねー……」


 レフレーズが近づきながら話しかけてくるのに、ヒョードは頷いてみせる。


「こっちに予定を合わせてくれたみてぇだ」

「でもこれ実質的に会う時間と場所を指定してきてるよね?」

「先に『火の衣』を獲りに言ってもいいが……こいつらに横取りされるとなぁ……」

「先にこっち行くしかないよねー。あと問題なのは、この予告状は間違いなく教会さんたちの目にも留まってることだよねー。わたしたちと〈怨念マリス〉たちを一網打尽にすべく、祓魔官エクソシストたちを配備してくるんじゃないかなー」

「そうなったら相手の規模にもよるが、教会と〈怨念マリス〉たちを食い合わせて、その隙に『火の衣』を獲りにいけたらベストだな」

「そうするっきゃないよねー」


 消極策ではあるが、〈怨念マリス〉の存在を無視するのは難しそうなので仕方ない。

 夜になりび出した依頼主〈執着スティック〉も、ファントムマスクを着用して開口一番、暗にそのことを話題にした。


「今回お前たちは予告状を出さないのか?」

「相手が一般市民で、保管場所が民家なんだ。今回はいつもみたいな、でけぇ施設の責任者が教会に通報して警備を配置され、大捕物をすり抜けるってのとは、勝手が違うことになる」

「方針はお前に任せてあるから構わないが……どうするんだ?」

「情報によると相手は人蜥蜴リザードマンの狩人。引退済みの爺さんだが、矍鑠かくしゃくとしていて今も近寄りがたいらしい。つまり裏を返せばプライドの高い大ベテランだ、気取った予告をかましても、教会に通報する可能性はあまり高くなかった」

「イージーなんじゃないか?」

「どうかね。いずれにせよ、夜分遅くにすみません、怪盗〈亡霊ファントム〉でございます、『火の衣』くださいって訪ねるわけにもいかねぇ。窓ブチ破って入るのはいつも通りだが、そこからできれば話し合い……まぁこれは脅迫って意味だ。モノだけブン捕ってさっさと帰ろう」

「堅気に手を出すのは気が咎めるか」

「とはいえ、『火の衣』ってのを見てみてぇってのもある。そうじゃなきゃ最初から請けてやしねぇよ。せいぜいジジイがクソ野郎だと祈るしかねぇな」

「甘い男だ」

「なんとでも言え」

「文句はない。で、行き掛けに偽者をシバく」

「そういうことだ」


 話がまとまり、そろそろ待ち合わせの時間なので出発だ。〈執着スティック〉より先に、ヒョードもレフレーズも認識阻害付きのファントムマスクを装着している。

 準備万端整えて、〈紫紺の霧〉の二階から裏口へ出ようとする三人の前で、ヒョードが借りている部屋の扉が細く開き、中からエロイーズの眠そうな声がした。


「あーそっか、もうこんな時間か……行くんだよね、頑張ってね……」

「おう。楽しみに待ってな」

「わたしはネズミの皮いらないんだけどさ……ごめんわたし今裸だから、このままで失礼」

「おいちょっと待て、お前俺のベッドでなにをしてんだ!?」

「ごめんて。ちゃんと綺麗にしとくから」

「本当になにをしてるんだよ!?」


 別の意味で後顧の憂いができてしまったが、とにかく〈亡霊ファントム〉一味、今回は〈亡霊ファントム〉〈鬼火ウィスプ〉〈執着スティック〉の三人で出撃である。


「やっぱあいつお前よりやべぇよ」

「えへへー、照れちゃうなー」

「褒めてはいないと思うが……」

「うちの妹ちゃん、かわいいでしょー」

「俺は顔を見ていない。その方がいいのだろうけれど」

「少なくとも一般的な意味のかわいいではねぇよなそれ……」


 無駄口を叩きつつも、速やかに移動していく三人。目的地付近に至ると、自然に警戒が高まっていく。

 ……が、その警戒が外部要因により、生理的アプローチで薄まるのを、ヒョードは自覚せざるを得なかった。


「なん……だ……!?」


 不意に意識が混濁して、転びそうになり踏み止まったのがまずかった。無理矢理にでも駆け抜けるべきだったのだ。

 すぐさま体を動かすのが難しいほどの強烈な眠気に襲われ、倒れないことで精一杯の状態となるヒョード。レフレーズはより限界が近く、すでに落ちかけている。


「〈亡霊ファントム〉、固有魔術を使え!」


 事前に最低限の能力情報を共有していたのが幸いした。フラフラの頭と体をなんとか動かして、レフレーズと〈執着スティック〉に当たらないよう、周囲へ適当に〈爆風速砲ブラストラピッド〉を撃ちまくるヒョード。

 低下した判断力によるいい加減な行動ではあったが、どうやら功を奏したようで、意識が明瞭になっていく。


 慌ててレフレーズを支えるヒョードが、まだしも余裕がありそうな〈執着スティック〉を見ると、横目で視線を寄越して言ってきた。


「〈角灯ランタンズ〉だ。悪いが予定を変更する。ここは俺に任せて、お前たちは先に行け。心配するな、すぐに追いつく」

「……知った相手か?」

「ああ、しかしだからこそ対処法も心当たりがある。まともに相手していると夜が明けてしまうぞ。さあ、早く」


 どのような素性で思惑があるか、互いに詳しく知らないわけだが、今は相棒同士だ。

 ヒョードはただ頷いて、レフレーズを促し、すぐさま立ち去り言い置いた。


「わかった。任せる」




 案の定、〈亡霊ファントム〉と〈鬼火ウィスプ〉が立ち去ると、身を隠していた〈角灯ランタンズ〉が、〈執着スティック〉の前にのうのうと現れた。


「ひゅ〜っ、か〜っこい〜っ♫」

「ダークヒーローっぽいことやってんじゃん、えーと、なんて呼んだげたらいいかな?」


 さすがに妖精界の外で同族の真名を呼ぶほど非常識ではないようで、さしもの〈執着スティック〉も安堵のため息を吐く。

 しかしそこには少なからず呆れの成分も含まれていて、極力端的な返答を心掛ける。


「今は〈執着スティック〉と名乗っている」

「ぶぷ〜っ! お似合いじゃんよ〜! いつまでも死んだ女の歳を数えてウジウジしてるキミにはさ〜!」

「お母さん心配してたよ〜、たまには顔見せてあげたら〜?」

「余計なお世話だ。まったく、こんなところで同郷の者に顔を合わせるとはな。しかもよりによってお前らだ」

「おいおい、キミがこ〜んなちっちゃな頃から遊んであげてたお姉さんたちにその言い草しちゃう!?」

「ちょっと体がデカくてムキムキに育ったからって最近マジで調子コイてない!?」

「言っておくが俺は当時からお前らと遊ぶのを母から強く止められていたからな」


 そこで自分の目元に手をやり、疑問を呈する匿名希望妖精。


「というか、今はこの仮面の効果で俺は誰だかわからなくなってるはずだが」

「確かに声や気配までよくわかんなくなってるのは、すごいアイテムだと思うけどさ」

「行動や言動から、わたしたちにとっては誰か明らかなんだよね」

「なるほど。真っ暗闇の中、手探りで腕を掴まれるようなものか」

「いやそれはちょっとよくわかんないけど」

「まあたぶんそんな感じ。ってわけでせっかくカッコつけて足止めに残ったんだからさ、大人しく足を止めときなよ♡」

「断る」


 なにが目的だ、と問いたいところだが、それこそ火を見るよりも明らかである。

 なんか面白そうだから、深い考えもなくちょっかいをかける……こいつらは大体いつもそうなのだ。


角灯ランタンズ〉こと、悪名高きバヒューテ家の次女リモリと三女ルマルが、薔薇色の髪を揺らし、蝶を模したファントムマスクの下で、牡丹色の双眸を細めて、意地悪く笑うのがわかった。

 紫色の催眠鱗粉が、可視化されうる濃度に達した。耐久戦は得意な方だが、こいつは骨が折れそうだ。




 怪盗〈怨念マリス〉が指定したバイエン通りの黒煉瓦倉庫付近に辿り着くと、該当する建物の周囲を教会の黒服たちが固めているのを捕捉した。

 当たり前といえばそうなのだが、おそらく所有者からの連絡を受け、倉庫の中身を守るため配備されているという、これは普段〈亡霊ファントム〉が相手をしている流れがそのまま踏襲されている格好となる。


 しかしあちらからもヒョードとレフレーズの姿を捕捉できているはずだが、祓魔官エクソシストたちは動き出す素振りすら見せない。

 その理由も理解できる。彼らも考えることは同じなのだ。悪党どもを食い合わせて、漁夫の利を狙うというのはむしろ正道と言えよう。


 黒煉瓦倉庫の平たく広い屋上には、すでに怪しい影が立っている……いや、浮いている。

 持ち前の身軽さで駆け上がり、〈怨念マリス〉と正面から対峙するに至った二人は、改めて相手の姿を検める。


 薄手のローブの下は、噂通り包帯でぐるぐる巻きで、眼・耳・鼻・口くらいしか露出していない。

 髪もすっぽり仕舞い込まれているため、眼が金色に怪しく輝いていることと、体型からして女性らしいことくらいしか、ヒョードにはわからない。


 こんなときこそ大山猫人リュンケウスの眼力に頼るべきだろう。ヒョードが身を寄せると、レフレーズが透視能力による見解を囁いてくれる。

 だが普段飄々としている彼女の声は、聞いたことがないくらい動揺で震えていた。


「……外見年齢と、肉体年齢……頭髪、皮膚、筋骨、内臓、どこを取っても二十歳前後の女性だよ……」


 内緒話を不快に思ったわけでもあるまいが、包帯姿の細腕がおもむろに動く。


「ただし体構造は……そして魔力の量は、千年生きた高位吸血鬼エルダーヴァンパイアと同等レベル……!」


 ローブの裾と包帯の端を靡かせて、竜巻のような渦状の強大な力場が形成されてゆく。


「実際、あなたをかたれば会えるかもという目論見ではありましたが……よく逃げずに来たものですね、怪盗〈亡霊ファントム〉」


 凛と澄む声は、しかし明確な怒りが滲んでいる。その重みが発生させたように、凄まじいプレッシャーが二人の頭を押さえつけてくる。

 全身に脂汗が浮かび、返事一つも満足にできない二人に、怪盗〈怨念マリス〉は二の句を告げる。


「〈鬼火ウィスプ〉といいましたか、あなたに恨みはありません、逃がしてあげても構いません。ですがあなたは駄目です、〈亡霊ファントム〉。この私を差し置き、あの御方の恩寵を受けたあなただけは」

「あの御方ってのは……〈輝く夜の巫女〉?」


 どうやら、言ってはいけないことを口走ってしまったようだ。

怨念マリス〉の足下へ拡張していく力場が、ほとんど白で統一されたこの街で異彩を放つ、黒い煉瓦を引き剥がして飛ばしていく。


「ああやはりあなたはなにもわかっていない、それがたまらなく腹立たしい! 我が尊き至高の御方おんかた、なぜあなたが気に入るのは信仰心の欠片もない下賤なガキばかりなのですか!? 私という唯一無二の存在がありながらいつもいつもいつもいつも、私だって頑張っているのに褒めてほしいのにずるいずるいずるいずるい!!」

「ちょっと待て、なにを言ってるんだ!? 御方ってのは誰なんだ、俺はいつその恩寵とやらを得た!?」

「すっとぼけてんじゃないですよこのすっとこどっといがああああ! この世界で至高の存在と言ったら、救世主ジュナス様を置いて他にいるわけがないでしょう!?」

「はぁ!? そりゃ、俺だって聖典の一つくらい枕元に置いてはいるが……」

「なんですって!? わずかながら信仰心がないわけではない!? ンンン……それはそれで逆になんかムカつきますううう!!」

「なんでだよ、どうすりゃいいんだ俺は!?」


 理不尽すぎる。話が通じない。とにかくこいつの中ではそうなっているようなので仕方がない。それを前提に話を進めるしかない。

 ふと、ヒョードは気付きを得ていた。思い出さない方が良かったかもしれない。


 maliceは大陸共通語で怨念や、悪気、そして敵意を意味する。

 中東の古語でMastema、そしてここゾーラを含むプレヘレデの言葉では……ostilitàだ。


 聞いたことがある。千六百年ほど前に救世主ジュナスに命を救われ、彼の使い魔のような存在に転化して、その絶大な力の一部を与えられ、神に代わって異端を裁く怪物と成り果てた、元人間の女がいると。

〈破壊天使〉〈殺戮天使〉または〈原初にして最強の異端審問官〉と称し恐れられる、属性不明の大魔力を振り回し、ご丁寧にわざわざ名乗ってくれる。


「我が名はオスティリタ、現存する唯一の使徒です! あなたを殺せば、また私こそあの御方の一番になれる! 安心して犠牲になってください〈亡霊ファントム〉さん、あなたのことは良い感じに一定期間忘れない予定です!」


 彼女は生物というよりは、厄害に近い存在である。

 生半な実力では、彼女から逃れることはできない。

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