第39話 笛吹き男と子供たち

 その後、帰ってきたエロイーズに事情を話すと、レフレーズが言った通りの反応を示した。


「ネズミの皮!? 頭おかしいんじゃないの!? 無理無理無理絶対無理! わたし一切関わらないから、二人で勝手にどうぞ! 寝る!」


 と言うなり、ヒョードのベッドに勝手に潜り込んで動かなくなってしまった。

 お布団に包まってうにゃうにゃ言っている猫さんの頭を撫でながら、レフレーズと話し合うヒョード。


「どうすっかな。初手・教会宛に雑な予告状、ってのもあるが」

「前回植物園にやったのと似た感じだねー」

「ああ。今度こそ間違いなく、置き場所を炙り出すブラフだろってバレるだろうが……もしも所有者が教会の重鎮などなど、冗談だとしても襲撃される可能性があるなら捨て置けねぇ相手だった場合のみ有効ではある」

「文面は『数日以内に「火の衣」をいただきに参ります』ぐらいかなー?」

「そうなるな。元から厳重に保管されてたり、所有者が一般市民だったり、そもそも教会側が所有者、あるいは実在すら把握してなかったら意味がないけどな」

「いくらわたしの眼でも動向を見切れないっていうのはあるからねー」

「ただ、今回この件自体に対しては意味がなくても、今後の布石にはなりうる。たとえば次に予告状を出す際、『どうせまた警備の配置から所在を割り出すつもりなんだろ』と油断こいてくれてる間に、電光石火で掻っ攫ったりな」

「じゃ、書いとくー?」

「ダサいからやんない」

「ヒョーちゃんも大概猫さんだよねー」


 しばらく頭を捻った後、ヒョードは引き出しからピッコロを取り出した。これ自体はどこだったか忘れたが、その辺で買った安物である。


「仕方ねぇな。久しぶりに禁じ手を使うか」

「わー、切り札だー」

「あまりにも取っ掛かりがなさすぎるからな。幸い金なら神のお恵みがある」


 おそらく聖職者だと思われる、橙の法衣の男から掻っ払った金を、ありがたく有効活用することにする。

 夜になるのを待ち、二人は街へ出て、入り組んだ路地裏に入り込む。


「今夜はシフト入ってないか?」

「エリーちゃんは入ってるー。さっき出てったよー。晩ごはんも食べてったみたいー」

「あいつほんと真面目だよな」

「蠍のお兄さんが死んじゃったの、別にエリーちゃんのせいでもないのに、ちょっと責任感じてるみたいなんだー」

「もっと俺たちみたいに、気楽に生きればいいのにな」

「そうだよねー」


 金がなけりゃあ盗めばいい。手が足りなきゃ集めりゃいい。

 こちとらもとより孤児なのだ、失うものなどありゃしない。


「これは真似できるかな、〈怨念マリス〉くん?」


 おもむろにピッコロを吹き始めるヒョード。特定の時間に特定の曲を演奏する、それが合図となっている。

 は表の小綺麗な連中の前には現れないだけで、笛吹き男が声をかけるのを待っている。


 遊撃隊イレギュラー? 違うね、なにも突飛でもない、なに一つ斬新な発想じゃない。

 は見えない幽霊でもなんでもないのだ、バカが目を逸らしてるだけだ。街のことを街の者に訊くのは、猿でも最初に思いつく。


 彼らは、いつでもそこにいる。のことをヒョードは〈常設隊レギュラーズ〉と呼んでいる。

 なんのことはない、ヒョードと同じ浮浪児の集まりだ。だが友達かというとそうじゃない。友達は呼び出すものではない、会いに行くものだろう。


 ゾーラ在住の貧乏なガキは、大体ヒョードの同胞だ。得た金は無造作にバラ撒くし、働きに報酬は惜しまない。

 当たり前の話だ。職人に対価と経費と敬意を払う。手に入れたブツが本物か確認する。あるべき過程を省略するのは、わざと失敗するのと同じだ。


 やがてわらわらと集まってきたのは、レフレーズやヒョードよりは一回り年下の子供たち。大体十歳くらいのガキどもが、今回は八人だ。悪くない。恩を売ったから呼んだら来いとか、器の小さいことを怪盗〈亡霊ファントム〉は言わない。

 弟や妹、いとこたち、その友達……誰でもいい。協力したい奴がしてくれればいい。ヒョードはピッコロを吹くのをやめ、〈常設隊レギュラーズ〉に語りかけた。


「よく集まってくれたな、同胞たち」


 そう言って、「火の衣」の概要を説明する。今回はカンタータの時とは違って、さほど急ぐ必要もない。期限は特に設けない。

 日当と有用な情報を得た場合の報酬について話し、くれぐれも無茶はするなと言い含める。


 彼らはみんなヒョードが〈亡霊ファントム〉だと知っている。こうやって探させる情報についてもそうだが、口止めをするどころか、捕まったら洗いざらい喋れとすら言ってある。

 だが今まで誰かが密告した様子はない。必ずしも美しい友情の賜物ではない。官憲や悪党が握らせてくれるチンケな賄賂や懸賞金よりも、怪盗〈亡霊ファントム〉を動かす方がよほど大きな利益を得られると、経験的に知っているからだ。


「みんなー、頑張ってねー♡」


 ところで、レフレーズがニコニコ笑って手を振るだけで、男の子たちはそわそわし、女の子たちは露骨に顔をしかめるのだが、これは無理からぬところではある。


「……おい、レフィ。この年頃の子たちには、お前は存在そのものが刺激が強すぎる。あんま無防備に愛想振り撒くのはやめろ」

「えー? わたしどう思われてるのー?」


 もはや表情が小鬼ゴブリンみたいになってしまっている女の子たちが、口々に答えを教えてくれた。


「おっぱいデカ女!」「おっぱいお化け!」「全身おっぱい!」「おっぱい!!」

「な。最後とかもうそのもの呼ばわりされてるからお前」

「わたしの固有魔術も知ってくれてるのかなーみんなー。ありがとー」

「やめろ、もう今はなにを言っても悪印象しか与えねぇから」


 これ以上余計な悶着が起きる前に解散させた方が良さそうだ。


「じゃ、そういうことでよろしく。動けそうな奴には適当に声掛けといてくれ。あ、そうだ。お前ら……」


 ついでに、怪盗〈怨念マリス〉と〈角灯ランタンズ〉について説明し、もし会ったらなんとなくどんな連中かだけ報告してくれと言い置いた。

 が、連中は思いのほか広範に活動しているようで、早速目撃情報が出た。


「こないだテリーとベーブとレンズ姉妹がそれっぽい不審者を見たってさ」

「たぶん分け前の相談してるところに行き会うことになったんだと思う、あいつらから聞いた様子では」

「相手の三人ともフードかぶってて、どういう見た目かはわかんなかったって言ってた」

「ただ、変なことが起きたらしいんだ」

「変なこと?」

「うん。みんななんだか急に眠くなって、気がついたら相手の三人はいなくなってたって」

「それだけじゃないの。ベーブとレンズはその場で寝落ちしただけなんだけど、テリーは気がついたら二つ西の通りに立ってたんだって」

「ベーブはデブだからなー!」

「いまそれ関係ないでしょ!」

「いや……関係あるかもしれねぇ……」


 顎に手を当てて考え込むヒョードに、追加の情報を次々くれる〈常設隊レギュラーズ〉。


「シューイとゲーンもそうなったみたい。なんだっけ、夢遊病? みたいだよね」

「そういえばこないだマクミーが、子猫が眼を閉じて踊ってるのを見たって言ってたけどさ、あれもそうなのかな?」

「なにそれかわいい」

「グイズ通りの酒蔵が壊されたって」

祓魔官エクソシストたちも対処しきれてないみたいだぜ」

「こないだの脳と心臓ぶっ壊された画家の死体あったじゃん、あれも奴らの仕業かな?」

「大人たちは〈災禍〉じゃないかって言ってるみたい。それか〈災禍団〉」

「怖いよね」

「なんの種族なんだろう」

「魔族じゃなかったり?」

「じゃあなんなんだよ?」


 侃侃諤諤とする子供たちを、ヒョードが指揮者のように掲げた右手が鎮め宥める。


「ま、広いようで狭い街だ、いずれ会うことになるだろう。俺たちの街をあんま荒らされても困る、ついでにシバいとくから安心してくれ。ってのを、これもみんなに伝えてくれ」


 素直に聞き入れ、三々五々散っていく〈常設隊レギュラーズ〉。その後ろ姿を見送りながら、レフレーズがちょっと寂しそうな顔をしている。


「わたし嫌われてるのかなー」

「正直に言うとな、お前もエリーもまだ微妙に金持ちの匂いが消えてねぇんだよ。あいつら、そういうとこほんと敏感だからな。ちびたちもそのうち慣れてくれるさ」


 肩を叩いて慰めつつも、一方で新たな懸念がヒョードの中に芽生えてもいた。

 今のところ誰も犠牲になっていないからいいが、同胞の間に死者が出た場合、ヒョードは怪盗〈怨念マリス〉と〈角灯ランタンズ〉を確実に殺害する必要が出てくる。


 その場合もし戦力が足りなければ、「難題」への挑戦を一切諦めた上で、〈巫女〉に全裸でケツを振ってでも笑顔で靴の裏を舐めてでも、最強の兵士を貸してもらうしか手立てがない。

 もちろんそうなってほしくはない。ただ……〈巫女〉が〈怨念〉をどう処理するかというのは、それはそれとして少し興味があった。

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