第37話 第一相棒も複数いたりするかも

 アズロラが、セルゲイの顔をチラッと見てくる。以前彼女と、


「もういっそ〈亡霊ファントム〉と結婚したら?」

「それが〈亡霊ファントム〉確保に繋がるならそうする」


 というやり取りをしたのを思い出しているのだろう。さすがにそれを第三の求婚者だという匿名希望妖精の何某なにがしと一緒にされては困る。

 二人の不審なやり取りに眉をひそめたが、アイアンテは話を続けた。


「えー、というわけで、我々の方針は一つ前に戻る形となる。オーケーベイビー?」

「ベイビーオーケーですっ!」

「ベイビーオーケーです……」

「よーしよしよし、だいぶ慣れてきたな」

「アクエリカさんを結婚という墓場に叩き込むために、当分は〈亡霊ファントム〉一味を捕えるどころかさりげなく応援するってやつですよね?」

「そうだがそうじゃないなアズロラ、言い方が悪過ぎるぞ……死んだときに葬式を出してもらえるような生き方を、あいつにさせてやろうという、上層部の、まあある意味では慈悲のある図らいだ。暗殺と謀略の応酬に巻き込まずに、穏便に教皇選戦線からリタイアさせてやろうというのだからな。もっともアクエリカが弱いという前提の話なので……これ以上は私の口からなにも言わないが」


 アイアンテもアクエリカに対して、色々思うところはあるようで、アクエリカの話になると途端に口数が多くなる。


「もちろん、今のままでもそれは可能だ。教会内で死ぬと遺体を運搬する手間が省けるというだけの意味だがな。そしてグランギニョル家の墓というのは既存するが、全員焼け死んでいるので遺骨が埋まっていない、どちらかというと慰霊碑だなあれは。連中をそうしたアクエリカとて、今のままだと似たような死に方になるのだろう。灰になった彼女は自分が殺した連中と同じ墓に入れられて、暗い暗い土の中で永遠に祟られ続ける。骨肉の争いと呼ぶには骨も肉も血も涙もない。それはあまりに不憫だ」

「アイアンテさんは、アクエリカ様のことが、少なくとも嫌いではないんですね」

「まあな。憎らしい女ではあるが、愛らしいと感じるのも、同時にまた事実ではあるよ」

「確認ですけど、四番目の求婚者がアイアンテさんだった、的なことはないですよね?」

「なっ!? ななな、なにを言っているのだね、セルゲイお前は!?」


 ちょっとした冗談のつもりだったのに、アイアンテの動揺ぶりときたら、あまりにもガチだった。これはダウトだ。顔が真っ赤である。


「ちょっとセルゲイくん、なに言ってるの?」

「そ、そうだアズロラ、言ってやれ!」

「アイさんは最後の求婚者で、『悪いな、お前たち。アクエリカは私のものになると、端から決まっていたんだ。オーケーベイビー?』って言って上着を脱ぎ捨て巨大化しながら立ちはだかるんだよ!」

「なにを言ってるんだお前は!?」

「ああ、上司が裏切ってたタイプの黒幕か」

「お前もなにに納得している!?」

「わたしはアイさんを倒すときこう言うよね。『元のあなたのままだったら、負けていたのはわたしたちの方だったでしょうね』」

「その私はどういう力を得て巨大化しているんだ!? 不気味すぎるんだが!?」

「で、俺がこう言う。『安らかに眠れ、ボス。オーケーベイビー?』」

「裏切ったのは許さないけど上司としては尊敬していたという暗示でキメ台詞を継承しようと思ってる!? 要らんからその想定!」


 ヒートアップし過ぎた自覚はあったようで、紅潮した顔を手で扇ぎながら本題に戻るアイアンテ。


「ちょうど火の話をしたところだったな。匿名希望妖精の何某なにがしが課せられた難題というのも、火に関するものだそうだ。『火の衣』……正式名を『火鼠の皮衣かわぎぬ』」

「火鼠、っていうのは確か、西洋こっちで言う火蜥蜴サラマンダーみたいな存在なんでしたっけ?」

「大枠ではな。その毛をとり、織って布とするのだが、もし汚れれば火をもってこれを焼き、さらに清潔にする。決して燃えず、元の姿のままでいられるという、不思議な衣であるとされている。という話だ」

「本物を探すとすれば、東の大陸ですよね」

「ああ。いわく、大陸南方の火山には不尽木ふじんぼくと呼ばれる木が生えており、それは昼夜を通して火が燃えていて、その火は風で盛ることも雨で消えることもなく、その火の中に鼠が住んでいるのだとか」

「めちゃくちゃ詳しいじゃないですか」

「調べたんだよ! なんだ!? 私がアクエリカを大好きだからとでも言いたいのか!?」

「いえなにも言ってませんけど、もう答え出てますよね」


 アズロラがアイアンテをイジるのをよそに、セルゲイは一人頭を捻る。

 なんだろう……何年か前に全然関係ないところで、似た話を聞いた気がするのだが、思い出せない。

 そうしている間に話が進んでいる。


「だがアクエリカが言うには、それらしき物が今ゾーラ市内のどこかにあるそうなんだ。あいつは昔から無理は通しても、無茶なことは言わないし無駄なことはしない。ルールを知らないゆえ罠に掛けられない相手はルールを説明して罠に掛けるタイプなんだ。〈亡霊ファントム〉一味は今度はどんなカラクリで絡め取られるのやら……おっと、ゴホン……いやー今度こそ掻い潜ってほしいものだな我らが怪盗たちには!」

「先に本音出しちゃってるからもう遅いですよ。アイさんはほんとに上の方針に従う気があるんですか?」

「あるともさ。真面目な話、今は〈亡霊ファントム〉より優先して対処すべき相手がいる。そうだろう?」


 それは二人ともわかっているので、黙りこくらざるを得ない。




「……というのが『火の衣』とやらの概要だ」

「ロマンだねぇ。気に入った、請ける」

「言うと思ったけどさー。もちろんわたしも、付き合うよー。ただ……」

「ん?」


 話は即決、行動派だという匿名希望妖精も、できれば共に行動したいとの申し出だ。

 生粋の戦士にして殺し屋に対し、足を引っ張られる心配はないが、仮面の所在をどうするかと悩みかけたものの。


「後で確認するけど、エリーちゃんは今回パスだと思うんだー」

「エリーというのは、〈鬼火ウィスプス〉の片割れ……妹の方か?」

「そう、お前が今着けてる仮面の持ち主な」

「それはかたじけない」

「なんだか言動が古風で騎士っぽいねー」

「俺が騎士だとすれば空っぽの鎧だ。大切な者一人守れやしない。世界を殺して死のう」

「うわなに急に!?」

「やべぇとこ踏んだっぽいぞ!? レフィ、とりあえず溺れさせて気絶させろ!」

「わたしの能力をそんな使い方したくないんだけどー!」

「と言いつつやってはいるのが有能!」


 レフレーズが固有魔術を発動し、錬成された大量のミルクをガブ飲みさせられた匿名希望妖精は、茫然自失状態で動きを止める。

 少しは落ち着いたかと思いきや、腹を押さえ呻き始めたので、そうではないとわかった。


「あ、こいつアレだ、牛乳とかあんま飲めないタイプの体質だ」

「す、少し便所を借りてもいいか……?」

「そこ出て右な」

「す、すまない……」

「いいってことよ。早速あいつのことを知れて良かったぜ」

「できれば腸より先に脳のことを知りたかったけどねー。悪いことしちゃったなー」

「脳に関してはもうとっくにダメだろあいつ、〈巫女〉にやられてやがる。それよりなんで、今回エロイーズはパスなんだ?」

「エリーちゃんネズミが超苦手だからー」

「今時の猫って感じだなぁ」

「ほんともうすごい悲鳴上げるんだよ、エリーちゃんったらかわいいんだからー」


 言っている間に匿名希望妖精が戻ってきて、律儀に頭を下げてくる。


「悪いな、取り乱した」

「こっちこそ配慮が足りなかった。その仮面、しばらく貸しとくぞ。ただこうして俺らと会ってるときや、『仕事』の最中だけ着けるようにしろよ、普段使うとただの不審者だから」

「ありがたくお借りする。しかし、本当に凄い効力だな。今ちょっと便所にこもっていただけなのに、その間お前たちの容貌を思い出そうとしたら、まったく頭に浮かんでこなかった」

「そういう機能なんだ。たとえばこの後俺らが別れて仮面を外し、互いに着替えて外を出歩くとするだろ。街でバッタリ会ったとして、絶対気づかねぇんだこれが。秘匿性はバッチリよ」

「それはいいんだけどー、この『火の衣』の件以外には、わたしたちが『仕事』をしないってわけじゃないからー……」

「あ、そうか……」

「なら、こうしよう。このマスクは帰るときに返す。『火の衣』について俺と話したいときや、お前たちが動くときは、いつでも俺をんでくれ。そういう契約ができる」


 そう言って、ごく簡単な手続きを済ませる。ほんとにこんなんでできんの? と疑うヒョードだったが、匿名希望妖精が廊下に出るのを確認して、軽く指を鳴らすと、妖精が横に出現している。これは赤帽妖精レッドキャップの高速接近能力とはまた別枠の、妖精族全体が使える瞬間移動であるらしい。


「へー、便利なもんだな」

「あとは俺が帰るときや来るとき……つまり、仮面を外した後や着ける前に、眼を瞑っていてくれればいい」

「お前がやたら奥ゆかしい男になるという点を除けば、さしたる問題はないな」

「見るなのタブーっぽいよねー」


 この妖精がヒョードたちにすら身バレを防ぎたいのは、〈巫女〉を付け狙う異常者だとカミングアウトしたからなのだが、だからといって別に教会に通報するわけではない。

 しかしそれと全面的に信用するかはまた別の話だろう。無償では買えないと言っていた匿名希望妖精……そろそろこの長い呼称が脳内でも煩わしくなってきた。


 ヒョードは匿名希望妖精のベルト穴に突っ込まれている、装備品と思しき杖に眼を留める。

 呪文を唱えりゃアラ不思議というタイプではない、ブン殴る用のぶっといやつである。


「得物が杖で、〈巫女〉の命に首ったけ。今日からお前は『スティック』……怪盗〈亡霊ファントム〉の新しい相棒、〈執着スティック〉だ。どうよ?」

「悪くない。俺らしさが溢れている」


 自覚はあるようでなにより。笑顔で拳を合わせる二人だったが、レフレーズは納得してない様子だった。


「ちょっと待って!?〈亡霊ファントム〉ちゃん、さっきわたしとした約束忘れてないよね!? なのになんで早速新しい相棒とか入れるの!? 先住猫さんは反対ですー!」

「だから新しい、臨時の、相棒だっつー含意を汲み取れよ! こいつの目的は『火の衣』なんだから、手に入ったら別れるだろ!?」

「そ、そっかー。ごめんねー、先住猫さん歓迎するよー」

「よろしく頼む、先住猫さん」

「レフィ、お前の呼び名『先住猫さん』で定着するけどいいのか?」


 いったん落ち着いたところで、今度は階段の下から荒々しい足音が駆け上がってきて、扉がバーンと開かれた。今度はなんだ?


「おいっ大将、聞き捨てならねえ台詞が聞こえたぞ!? 大将の相棒は、この俺、〈聴妖ジュンプージ〉ことガルサ・バルザッシュだろ!?」

「まためんどくせぇのが来やがった……新しい相棒だっつってんだろ。怪盗〈亡霊ファントム〉は引く手数多だ、相棒を取っ替え引っ替えする権利があるのさ」

「だが第一相棒は俺だよな!?」

「第一相棒ってのがなにか知らんが、まあそうだと思う」

「ならよし」

「いいんだ……」


 納得した様子で出ていくガルサを見送って、無言の理解を示した〈執着スティック〉は話題を変える。

 実際それはヒョードたちの関心事の一つであった。


「ときに〈亡霊ファントム〉……最近お前の偽者が暴れているのを知ってるか?」

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