第26話 ドリュアスとかいう美少年大好きな条例違反痴女精霊

「見つけた!」


 昼間に図鑑で見た通りの形をしている。本当なら丸ごと持って帰りたいところだが、それはさすがに無理な大きさをしている。

 普段スピードスターとして鳴らしている怪盗〈亡霊ファントム〉の流儀(というか単に運搬力の限界)に従い、一枝限り毟ろうと、「お化けの木」に手を伸ばしかけたヒョードだったが……。


「待って」


 エロイーズの制止に従うと、ヒョードの背を鋭い痛みが襲った。


「あいてぇ!?」

「大袈裟よ……ちょっと気合いを入れてあげただけじゃない」

「にゃんこちゃん、なんで急に引っ掻くの!? 愛情表現だとしたら不器用すぎない!?」

「ヒス女ならよくあることでしょ。虫の居所が悪かったのよ」

「だとしてもわざわざ獣化変貌してやんなくてよくねぇ!? 服ごと切れてるんだが!?」

「いいからさっさと行きなさいよ」

「止めたのお前だよな!?」


 しかし徐々に傷口から全身が熱くなってくるのを感じ、ヒョードはそれが必要な措置なのだと理解した。

 エロイーズの顔を見下ろすと、ファントムマスクの下で微笑んでいる。



 無言で拳を握り応えたヒョードは、狙いの獲物を掴むべく、「お化けの木」に手を伸ばす。

 ……が、掴まれたのはヒョードの腕の方であった。


「え、えへへ……」


 突如として木の幹から上半身を出す形で現れたのは、緑色の髪を持つ美少女である。

 獲物を捕らえた肉食獣のような眼でねっとり笑う彼女は、そのままヒョードを木の中に存在する異空間へ引きずり込む。


「噂通りの、美少年……お、お姉さんが、可愛がってあげるね……♡」


 れっきとした未成年略取である。だが一部の魔族に、そういった常識は通用しないのだ。




「やられたわね……」


 後ろから二人に追いついて、を目撃したカンタータは、誰にともなく呟いていた。

 あれは木神精ドリュアスという、普段は滅多に姿を見せない種族だ。


 宿る木の中に異空間を形成する能力があり、そこで一日を過ごしただけで、外では何十年、何百年もの時が経過している場合がある。

 つまり〈亡霊ファントム〉は実質「お化けの木」の中に封印された格好となる。


 さっきの小鉱精ドワーフの教授か……他の誰かが罠として仕込んだのか、あるいは元からそうなっていただけなのかはわからないが、いずれにせよこの木を守る最終防衛線はだったのだ。

 まんまとハメられた形のはずだが、〈鬼火ウィスプ〉……エロイーズはやけに冷静で、落ち着き払ってカンタータを振り返り話しかけてくる。


「こうなっては仕方ないわ……大丈夫、必要な措置は施した。だけどこのままここでボーッとしていても仕方ないわ……わたしはいちおう、別口で確保してくるけど、あなたも後は好きに流していいわよ。なんならここで解散でも構わないわ」

「えっ……? それは、どういう……」

「くれぐれもその木には触らないようにね……次はあなたまで取り込まれたってんじゃ洒落にならないから……じゃ、そういうことで」


 素っ気なく言って姿を消したエロイーズが、なにをしにどこへ向かったかは理解できるが、それはそれとして釈然としない。

 エロイーズはずいぶんヒョードリックに惚れ込んでいるように見えたが、彼が囚われたにしてはずいぶん淡白な反応だ。


 もしかしたらエロイーズは今この場で、私を試しているのかもしれない……とカンタータは思い始めた。

 木神精ドリュアスは自らが宿る木が枯れるとともにその命を閉じるとされる。


 カンタータの毒なら、普通の植物を手も触れずに枯らすくらいはわけもない。

 ヒョードリックを今すぐに解放する手立てがあるとすればそれくらいだろう。


 だがそれは引き換えに、「お化けの木」を根こそぎ殺し切ることを意味する。

 婚約者を救うための獲物を取るか、それとも……いや、そんなことを試してなんになる? どうもカンタータ自身が混乱している。


 自分で考えていても仕方ない。エロイーズが答えるつもりがないなら、ガルサに訊いた方がいい。

 カンタータは三人に配った使い魔との同期リンク接続オンにした。


「こちら〈髑髏クレニアム〉。困ったことになったわ」

『こちら〈聴妖ジュンプージ〉、どうした?』


 彼の秘匿名は聞き慣れないものだが、東洋の伝説にある、あらゆる悪の兆候や悪巧みを聞き分け、いち早く主に知らせる役目を持つ、赤ら顔に二本角の鬼神から取っているという。

 ちなみに個別回線という便利なものはなく、一括回線のみであるため、エロイーズとも繋がっている。


『こちら〈鬼火ウィスプ〉、想定内で進行中……あー、ちょっと待って……想定内の会敵、また連絡するわ……』


 それきり黙った彼女ではなく、ガルサが訝しんだのはヒョードリックの方だ。


『了解。大将が反応ねえな。まだ耳栓着けてるのか?』

「いえ、そうじゃないの。彼のことだけど」


 言いかけたところで、背後から近づく気配に気づき、振り返るカンタータ。


「ようよう姐さん……こんなところでのんびりして……ゼー、ハー……どうしたよ? 深夜の、ティータイム、か? ハァ、ハァ……」


 いまだ青白い顔で盛大に息切れしつつ煽ってくるのは、カンタータがさっき土人形で最初に倒した大柄な茶髪の祓魔官エクソシストと、その後倒した彼の同僚二人だった。

 あの一番粘っていた灰白色の髪の竜人の少年は、さすがにまだ回復していないようで混じっていない。


「セルゲイといったかしら。彼に任せて、寝ておけば良かったのに」

「そういうわけにもいかねぇんだよ……ハァ、ハァ……クソ真面目でイケ好かねぇ野郎だが、ああもガッツを見せられたんじゃ、燃え上がらざるを得ねぇだろうが!」


 熱くて結構だが、残念ながらそれで実力差が変わるわけではない。

 土人形を三体動かしつつ、カンタータは使い魔の同期リンクを切らない。


「〈聴妖ジュンプージ〉、聞いて頂戴。〈亡霊ファントム〉のことなのだけど、実は発見した『お化けの木』が……」




 植物園はただの庭園でなく「植物学の庭園」であり、種子銀行シードバンク植物標本館ハーバリウムなど、形質保存のためのサンプルの保管場所が併設されることが多い。

 配置から当たりをつけたエロイーズは、それらしき建物へ侵入に成功する。


 そもそも木神精ドリュアスたちが木に宿るのは、長森精エルフが森を荒らす者に厳しいのと同じで、木を傷つける奴を懲らしめるという主旨が前提としてある。

 たとえばカンタータなら遠隔で一枝刈り取ることはできたかもしれないが、直接反撃されて死にました、持ち帰ったはいいが呪われて後日死にました、ではなんの意味もない。


 だからあの場はああするしかなかったのだ。けっしてヒョードを生贄に捧げたわけではないのだ。

 目論見はあっても気分は晴れず、気持ちを切り替えている間に、エロイーズは新たな会敵を果たしている。


 サンプル保存館の内部は、前に入ったことのある図書館の閉架を思わせる雰囲気だった。

 本棚ではなく引き出し付きの棚が何十もの奥行きと縦横の列で並び、種別ごとに分けられてはいるのだろうが、門外漢が一から探して見つけられるような場所ではない。普通の種族ならの話ではあるが。


 それより問題は入ったところにドンと椅子を置き腕を組んで座っている、見覚えのある女の姿であった。

 灰黒色の髪に琥珀色の眼、名前はアズロラといったはずだ。祓魔官エクソシストの少女は我が意を得たりといった感じで、歯を見せてしたり顔で笑ってくる。


「来ると思ってたよ、〈鬼火ウィスプ〉ちゃん。なにせ生の木があんなだからね」

「……あんたにだけは知らせてあったってことかしら?」

「違う違う、わたしが勝手に気づいただけね。変な音がするなとは感じたから、なんかあるなとは思ったよね」

「あっそ。で、邪魔するつもり?」

「当たり前でしょ、そのためにいるんだから」

「なんであんたみたいなうるさい女が? 音圧でここを全壊させなきゃいいけどね」

「あはは。わたしのこと誤解してない?」


 スッ……と音もなく、滑らかに重心を上げて立つアズロラの様子を見て、エロイーズはすぐさま認識を改めた。

 こいつはかなり使女だ。それもただ力任せに破壊するのではなく、暗闘や暗殺に長けたタイプと見える。


「目当てのものを探せるといいね……わたしと戦いながら、片手間で」


 驚くほど静かに凪いだアズロラの眼に見つめられ、エロイーズの頬に一筋の汗が伝う。




 三人を再び倒す間に、〈亡霊ファントム〉の身に起きた出来事を話し終えるカンタータ。

 案の定というか、ガルサの反応は冷静なものだった。


『ああ、ならきっと大丈夫だ。うちの大将は、前に一度……』

「……ごめんなさい、ちょっと待って」


 皆がこの場にやって来た方向やエロイーズが去ったのとは別の方向から、新たな気配が近づいてくる。

 さっきまでの平の祓魔官エクソシストたちとは違う。ベルエフが戻ってきたのかと思ったので、おそらく実力的には同等なのだろう。


「おいおい、ずいぶんやってくれてるようじゃないか」


 長い銀寄りの金髪に、鼻筋を横断する大きな傷痕、咥え煙草に洒脱な物腰。

 素顔で直接の面識はないが、曲がりなりにも同じ組織内のこと、伝え聞く特徴と合致する。


「久々に現場に出てみたらこれだよ。私の部下でもないが、虐めてくれた意趣返しはしなきゃなあ」

「アイアンテ・エルドレド……」

「おや、私を知っているのかい? なんだか見たことある顔な気もするが……便利な仮面だな、〈亡霊ファントム〉一味のスポンサーにあやかりたいものだね」


 よく知っているわけではないが、ゴリゴリの叩き上げで、実力で部下をまとめるタイプだと聞いている。

 状況が伝わったようで、ガルサが使い魔越しに謝ってきた。


『悪い、俺のミスだ……』

「いいえ、気にしないで」


 ガルサが想定・警戒していたのは、あくまで彼ら自身のような一般市民やアウトローが、横から突っ張ってくる場合だったはず。園内に入ってくるにしても、大学の建物の上を乗り越えてくるとか、そういう見立てだったはずだ。

 カンタータ自身、祓魔官エクソシスト含めた警備要員は園内の連中ですべてと思っていたので、普通に許可を得て大学の建物を通り、増援に現れる体制側の人物を、ガルサの耳がカバーできないのは仕方あるまい。


 問答無用で構えるアイアンテに、落ち着き払って応じるカンタータ。

 使い魔越しの連絡を通して、間接的に相手を煽る余裕すらあった。


「……なにも問題ないわ。説明を続けて頂戴、〈聴妖ジュンプージ〉。私の目の前にいる女は、〈亡霊ファントム〉の安否に比べたら、なんら興味の対象にならないもの」


 獰猛に瞳孔を開くアイアンテの眼光を、カンタータは負けじと睨め返した。

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