第25話 爪に火を灯す

「ウー!」「ハー!」「ウー!」「ハー!」


 武闘派恋不知茄子マッシブマンドラゴラどもの頭を跳び渡っていきたいところだが、葉っぱボサボサで安定感がなく、踏み外しそうなのでやめておく。

 念のため耳栓を詰め直したヒョードリックはエロイーズと顔を見合わせて、呼吸を合わせ、二人別々だが同時に、動く木像どもの群れに突っ込んでいく。


「「「ウー!」」」「「「ハー!」」」


 攻撃する必要も、倒す必要もない。四方八方から袋叩きにしてくるやけにムキムキな四肢を受けて捌いて躱して流し、猫系獣人特有の柔軟性で狭い隙間をスルリスルリと抜けていく。

 ヒョードから(同じ猫系獣人としての)格闘術を仕込まれているエロイーズも、同じように突破していくのを横目で把握する。


 だが倒さず通過したものは後ろから詰めてくるので、奥へ行くほど密度が高くなる。

 仕方ない、固有魔術を解禁だ……と判断したのも、おそらくヒョードリックとエロイーズでほぼ同時だった。


「食らいな!」


 ヒョードのそれは識別名を〈爆風速砲ブラストラピッド〉。威力と規模は豆鉄砲だが、連射性と速射性に優れる。

 秒間数発の連射が可能で、弾速は少なくともヒョード自身のトップスピードより上だ。


 手や足の動きが間に合わない隙間と瞬間を、牽制射撃で埋めていく。

 至近距離での爆音は猫系獣人の繊細な三半規管を狂わせかねないが、そういう意味でも耳栓を着けていて良かった。


 エロイーズやレフレーズの固有魔術は、まだ教会職員の前で使った回数が少ないので、識別名を設定されていない。

 エロイーズが体液から錬成する滑らかな金色の蜜が、大山猫人リュンケウスの特性である大山猫石リュンクリウムの生成との併用により、研磨剤を混入され、高速循環する輝くリングの形で制御される。


 それはエロイーズの手先数センチに浮遊する円月輪チャクラムと化し、縦横無尽に空中で跳び回る彼女の動きに合わせて閃き翻っては、武闘派恋不知茄子マッシブマンドラゴラどもの四肢や首を刈り落として進む。

 三十秒とかからず「膂力の森」から脱出した二人は、そのまま駆け抜けようとしたのだが……。


「……!」


 不敵に立ちはだかるパーキー教授の足元から地鳴りとともに現れたのは、これが教授の切り札なのだろう、高さ六メートル、太さ二メートルほどもある巨大な武闘派恋不知茄子マッシブマンドラゴラだった。

 馬鹿長い腕の横薙ぎの一振りは苛烈かつ鞭のように高速で、慌てて頭を下げた二人はなんとか躱すことができた。


 今から逃げるのは難しい距離に入ってしまっている。一瞬の逡巡が撃ち漏らした後ろからの追い打ちを許してしまう。

 エロイーズの視線を横目で受けたヒョードリックは、迷わず自分の胸を叩いていた。


 こういう状況は常に想定している。たとえば狭い通路で巨漢に阻まれたとき、回れ右ができないのなら、力で破る他にない。

 全力疾走で接近しながら、ヒョードはデカブツに刹那の交戦を仕掛けた。


 耳栓越しにも轟く凄まじい風切音を奏でながら、返す刀でもう一度放たれる腕の一撃に、ヒョードは左手の人差し指を向け対処する。

 指先から放たれた秒間十発の〈爆風速砲ブラストラピッド〉が、デカブツの腕を振り切る前に引き千切る。


 その間に右手はすでに、獣化変貌した鉤爪の先端それぞれに、〈爆風速砲ブラストラピッド〉の発射準備を整えている。

 まだ撃たない。直接引っ掻けるほど限界まで接近する間に、数発、十数発……いや数十発を爪先に溜めていく。


「……!」


 右手どころか右腕全体の神経が激痛を訴えてくる。本来こういう使い方をする能力でないのはわかっている。

 だが呻吟の時間は一秒以下で済む。デカブツの表皮に爪を立て、一気に解き放った。


「!!」


 ヒョードの固有魔術〈爆風速砲ブラストラピッド〉の弾速は、ヒョード自身のトップスピードより上だ。

 ヒョード自身の鉤爪による斬撃に、少し先行する導線となる爆裂魔術が五本の炸薬の刃となって、デカブツを横薙ぎに両断する。


 ブッた斬るというよりは削り切るという感じで、切り口もけっして綺麗なものではなかったが、〈亡霊ファントム〉は怪盗であって木こりではない。

 すれ違い様の一撃で倒したのをいいことに、もはや二人は振り返りもせず、「絶叫エリア」から全速脱出、「お化けの木」へと一目散に向かっていく。


 途中で一度だけ、ヒョードは振り向いてきたエロイーズの顔を両手で指差し、調子こきまくりで訊いてみる。


「惚れちゃった?」


 対するエロイーズの反応は親しみを込めて、笑って呆れるというものだった。


「あんなので、今頃?」


 どちらの意味かはわからないが、どちらにしても、もっともな反応であった。




「……やるわね、あの子たち」


「絶叫エリア」に隣接するエリアである「森を荒らす愚か者ぶっ殺しゾーン」の端の方から、樹上に登って見ていたカンタータは、感嘆の声を漏らしていた。

 長森精エルフの番兵を倒してきたベルエフも、カンタータの隣の木で同じことをしている。


「……」

「どうしたの?」


 黙りこくるベルエフに話しかけると、感銘を受けた様子でため息を吐いている。


「いや、良いなと思ってな。今のあれ。爆裂系魔術を併用したってのはわかるが、それなしでいくと……」


 いきなり跳び降りたベルエフは、登っていたのとは別の、太さ一メートルほどの細い木に、じっと向き合い立ち止まる。

 獣化変貌していない普通の平手で指を広げて構え、木とすれ違い様に幹を叩くふりのような動きをして通り過ぎた。


 直後、木には約一センチずつ開けて四箇所の切れ込みが入り、やがて自重でゆっくり裂けて倒れていく。

 カンタータの動体視力ではなにも捉えられなかったが、原理の推定は容易だった。


 斬撃だか衝撃波だかを謎の理論で飛ばしたわけではない。魔力のない者への救済措置としてどこからともなく生えてきた、都合の良い「気」だかなんだか、心の強さのパワーがどうだかいうやつでなんとなく斬れたわけでもない。

 これは単純な強度と精度の技である。その後何度か練習したベルエフは、意識を取り戻したらしい長森精エルフが飛ばしてきた強弓の矢を叩き落とし、いったいなにを考え込んでいたかと思えば、技名らしきものを発表した。


「〈亡霊ファントム〉自身がどう呼んでいるかは知らねえが……彼にあやかって、〈亡霊連刃ファントムブレイズ〉と名付けようと思う」

「いいんじゃない? 少なくとも私にとっては、不可視の斬撃で通る質だわ」

「ありがとよ。目指すべきコンセプトが見えてきたぜ。あといくつか技を加えて〈亡霊技群ファントムシリーズ〉でまとめたいな」


 カンタータの方からなにか尋ねるわけでもなく、問わず語りを聞かせてくるベルエフ。


「部下に一人、どうしても一定水準以上に仕上げたい奴がいてな。どうせ仕込むなら必殺技の一つや二つ授けてえとこだろ」

「あなた自身は、教会への復讐は諦めたの?」


 かなり不意打ちのつもりだったのだが、ベルエフはエリア移動を先導しながら、背中越しに肩をすくめて冷静に答えてくる。


「その質問にはあんまり意味がねえなあ。たとえば大事な一人娘を殺された農夫の前に、仇がひょいと現れた。そのときたまたま農夫の手に斧が握られている。これで『殺りません』にはそれなりの理由が必要だぞ。復讐を考えてない奴らの方が、復讐を特別視してる気がするぜ。趣味や仕事と同じだ、ただ『機会』と『能力』の話でしかない。殺せる状況が来たら、普通に挑みはするだろ。そうなったらそれを俺に許す成り行きが悪い」


 てっきりこのまま〈亡霊ファントム〉を追うのかと思いきや、得るべきものは得たということのようで、ベルエフが向かったのは気絶している小鉱精ドワーフの御老体の元だった。


「ただしおじさん、今は司祭相当の教会職員だもんでね。犯罪者を追っ掛けるのも大切だが、それ以前に市民の救助を優先しねえとな」

「上手いこと口実を考えるものね」

「なんでもいいから童話を読め。狼が狡猾さを求められてることがわかってもらえると思う」


 ひたすら調子のいいことを言って、そのまま御老体を抱え学部棟方面に向かうベルエフは、去り際に言い置いた。


「誰だか知らねえが、こっちの水は甘くねえ。お前は復讐なんぞに堕ちるんじゃねえぞ」


 ファントムマスクの効果により、カンタータの体臭から人物を特定できない代わりに、読み取った心理傾向から出た警告なのだろう。

 復讐もなにも、誰に対して?〈亡霊ファントム〉が「お化けの木」を手に入れ損ねたら、カンタータがそれを逆恨みするとでもいうのだろうか?


「まさか、ね……」


 なにか猛烈に嫌な予感がしたカンタータは、〈亡霊ファントム〉と〈鬼火ウィスプ〉を慌てて追いかけた。

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