第24話 ちなみにフィジカルガーデンって本来は普通に「薬用植物園」って意味なのね
ろくでもない場所だな、というのが、エロイーズの正直な所感だった。
現在地点から「お化けの木」に至るルートはいくつかあるが、どのエリアも通行が憚られるものばかりである。
古今東西の毒草群が魔女の擂鉢のようにひしめく「猛毒エリア」。
肉体的な害はないが脳に直接悪影響を与えるやばいおくすりが植えられる「麻薬エリア」。
結界内に熱赤道の気候を再現しており植物というより環境自体がやばい「酷暑エリア」。
同様に北極の気候を再現しており、特に変温傾向の強い種族は短時間居るだけで死ぬ「厳寒エリア」。
シンプルに植物に見せかけた植物系の魔物が生え散らかしている「擬態エリア」。
植物自体は魔物ではないが共生または寄生により植物が魔物を操る「使役エリア」。
気温とは別の意味で結界が張られていておそらく妖精界を再現しているゆえ妖精族の独特なルールで独自の植物を栽培しているのでどんな行動がアウトなのかまったくわからない「妖精エリア」。
一見普通の森だが中央あたりに
ところがその中で一箇所だけ、なにもない草原が広がっているだけに見えるエリアがある。
普通ならただ未定なだけの空閑地と見るところだが、
いる、いる、みっちりといる。土の中に埋まっている
なるほど、普通の者ならこの生体地雷原へと無防備に駆け込んでしまうという寸法か。
「フン……いかにもインテリの浅知恵って感じよね……」
「どうした性格悪イーズ」
「ここ突っ切るわよ、〈
エロイーズの固有魔術は蜜……糖蜜や蜂蜜、あるいはそれらによる加工物の類を錬成できるという能力である。
エロイーズは蜜蝋製の耳栓を両手から二つずつ生成し、二つをヒョードに投げた。
「んっ」
「おう」
なんの説明を求めるでもなく、耳に嵌め込む怪盗〈
このくらいの信頼関係はできている。できていて当然なのだが、ちょっと気持ち良くなったのは事実ではある。
次いで肩に留まっているカンタータの使い魔である蜘蛛に向かって、連絡事項を通達する。
「こちら〈
「〈
「〈
カンタータとガルサからそれぞれ返事を得たため、胸の谷間に蜘蛛を仕舞って、自身も耳栓を着けるエロイーズ。
ハンドサインでヒョードリックと合図し合って、恐怖の「絶叫ゾーン」へ踏み入った。
しかし完全に成熟すると自ら地面から這い出し、先端が二又に分かれた根を足のようにして辺りを徘徊し始めるという習性は案外知られていないようだ。
実際、二人がエリア内に侵入すると、ニョキニョキモコモコ、そこら中から
舐められたものだ。確かに耳栓をしていても完全に防音できるわけではないが、そもそもが魔力がそれなり以上にある種族は魔術抵抗力により、連中の叫びが持つ呪いの効果も効きが悪い。
……とたかを括っていたのだが、どうにも思っていたのと様子が違う。
「……! ……!」
「…ー! …ー!」
だけでなく、やけにムキムキである。高さは百六十センチ程度、身がミチミチに詰まっているのが見て取れ、重さは八十キロはあるだろうか。
「ウー! ハー!」「ウー! ハー!」
しかもそのやけに野太い雄叫びが、耳栓を貫通してちょっとだけ聞こえてくる。
これくらいなら問題ないのだが、単純に声量のデカさに驚く。おそらく耳栓がなければ呪いどうこう以前に爆音で頭をやられている。
なんだこいつら?
「「「「「「「「ウー!! ハー!! ウー!! ハー!!」」」」」」」」
「ああもう耳栓越しでもうるっさいわね、考えまとまんないでしょうが!」
エロイーズが力の限り叫んだところで、
そのとき二人の視界の真ん中、
「……! …………、……!!」
きっちりとした身なりと、縁の太い丸眼鏡が特徴の男だ。体格から
大声でなにか主張しているのはわかるが、もちろん二人には聞こえない。
焦れた様子の老人が、指揮者がするような「終わり」の動作をすると、
どうやらジジイは
次いでジジイは自身が嵌めていた耳栓を両方外し、無造作に地面に放ってみせたかと思うと、エロイーズとヒョードリックを指差してくる。
お前らも外せと言いたいのだろう。叫びを再開したとして、至近距離で食らうジジイ自身が高確率で死ぬ。
見るからに学究肌のジジイがそんな特攻策を使うとは思えない。躊躇いつつも従う二人に、ジジイは嬉しそうに
「ギーッシャッシャッシャッシャ!!」
「笑い声がまず悪党」
「〈
「あーこれはちょっとハズレ感がしてきたわ」
頭を抱えて後悔するエロイーズだが、ジジイことパーキーは全力で否定してくる。
「いやいや、むしろ大当たりじゃよ! ときに、お前さんたち! 日頃喧嘩をしていて、『こいつダッルい戦い方しよるなあ』と思うことはないかの?」
急にお悩み相談みたいになったが、言わんとするところはわからないではなかった。
「あー、正直あるな……なんつーか、たとえばちょうど目の前にいるから例に挙げるけどよ、犬を使った
「あるのう……懐いた犬を呼び寄せてどうたらこうたらとかいう心ないやつ」
「それそれ。そういう感じのさぁ、なんかやたらと手順踏みたがる戦い方してくる奴がたまにいるよな」
「いるわね……『ぼくのかんがえたさいきょうののうりょくうんよう』みたいなの使ってくる輩。あれ絶対自分のこと頭いいと思ってるわ」
「『強い』より『頭良さそう』って言ってほしそうなのが気持ち悪いよな」
「まったくその通り!!」
パーキーが乗っている
「能力の発動条件がどうたらこうたらー、僕の技はこういう効果があってどうたらこうたら、分析がどうたら……アアくそまどろっこしいんじゃわい!! そんなもんは我々魔族の戦い方と違う! ぶっとい腕でブン殴る! デカい刀でブッた斬る! ゴン
「まぁわからんでもないな……俺もスピードでゴリ押し派だから」
「わたしも研磨リングでブッた斬って突破することが多いから、あんま言えないけどさ……」
パーキーは満足そうに腕を組んで頷く。こいつに気に入られるのがいいことなのか悪いことなのかはわからない。
「さすがは天下を騒がす〈
「きっかけ頭悪っ!」
「お褒めに預かり光栄じゃわい!」
「褒めてないけど!」
「まあまあ聞けやいお嬢ちゃん! ワシが
「名前のイカつさすげぇな」
「じゃろうとも! 先に言っておくがこやつらの『叫び』に特殊な力はない! ただ吠えて鼓膜を破ろうとしてくるだけじゃ! 聞くと発狂するだとかそういう洒落臭いのはナシ!」
「徹底してるわね……」
「おぬしらにここへ来た目的があるのはわかっとる! しかしここへ来たからには、こやつらを超えていってもらおうぞ!!」
エロイーズ自身、正直このわかりやすさは嫌いではない。なによりすでにヒョードリックに火が点いてしまっていた。
「いいぜ、押し通ってやろうじゃねぇの。怪盗〈
「やれやれ、やるしかなさそうね……」
その答えを聞いてパーキーは満面の笑みを浮かべ叫んだ。
「堪能していけ! この
「いや、フィジカルガーデンってこういう意味じゃないでしょ……」
エロイーズの正当な抗議が、聞き入れられることはなかった。
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