第22話 この女、腐ってやがる

 怪盗〈亡霊ファントム〉一味がゾーラ大学付属植物園に侵入していくのを、少し離れた壁に隠れて確認する二つの影があった。

 自称探偵のダンテン・ハエーナと、その自称助手のティコレットの二人組である。


 目的は当然、〈亡霊ファントム〉一味が目星を付けた、「お化けの木」なる植物の奪取である。

 黄土色の髪に黒いニット帽の、いかにも柄の悪い少年が南側に残っているが、見張り、兼、脱出時の後詰めといったところだろう。


 強そうな男ではあるが、一瞬の隙を突いて出し抜くだけならできなくはない。

亡霊ファントム〉たちが出てくるまで待つのは暇だな、とダンテンは……しかけた欠伸を噛み殺し、ティコレットを抱えて地面に転がる。


 間一髪、背後の壁が砕け散り、蹴破った靴底に次いで悪党面が現れる。

 ニット帽の少年は抜かりなく二人を捕捉し、殺し屋のような目つきで睨みつけてきた。


「うちの大将から横取りを企もうたあ太え奴らだぜ……ぺしゃんこになる覚悟はできてるってことでいいんだよな!?」


 まずい。耳が良いとか勘が良いとか、感情を感知できるとかそういうレベルじゃない。この少年、明らかに二人の内心そのものを読み取る能力を持っている。水煙草屋の用心棒のはずだが、なぜこのような……。


「……あ? なんで俺のことを知っていやがる? ますます怪しいぜ、さては前々から嗅ぎ回ってやがったろ!? 計画的犯行ってヤツだ、確定で有罪だな!?」


 しまった。こういった思考も全部読み取られているのだ。危うくパニックになりかけるダンテンに追い打ちするように、さらに少年は怒鳴った。


「てめえ、なに考えてやがる!? ふざけてんのか!?」


 ガルサが見ているのはダンテンではなくティコレットだ。

 なんだ? 前々から〈亡霊ファントム〉からの横取りを企んでいたのは事実だが、彼らを害そうという気はない。


 ひょっとしてティコレットはダンテンに従うのとは別に、二心を持っていたのか?

 ……といった話では、どうやらないようで、ニット帽の少年の声が狼狽で上擦る。


「その、なんだ……!? 小説か脚本か知らねえけどよ、その文章を頭ん中に垂れ流すのは絶対今やるべきことじゃねえだろ!?」

「おや? わたしの思考を勝手に覗いておいて、その言い草はないんじゃないっすか? 盗人猛々しいとはこのことっすね〜」


 余裕綽々でほくそ笑むティコレットに対し、少年は喚くしかできない様子だ。


「うるせえ! てめえ、俺が教会の者だったら、内心の罪ってやつで裁いてたぞ!? なんで俺と大将が裸で絡み合ってるんだ!? 内容おかしいだろ……お前本当にやめろ、それはいくらなんでも一線超えて……ちょっと待てよ、その穴はなんだ!? 肛門とは違うよな!? 男の鼠径部にそんな器官はねえぞ!?」


 読心能力に対し、今の状況にまったく関係のない妄想を垂れ流すというのは、確かに有効な手立てではある。

 さすがティコくん、機転が利く……でもなにその妄想の内容!? もっと健全で無難なものはなかったの!?


「そんなはずはないんす。わたし知ってるんす、お尻のあたりに男同士がうまいこと結合して」

「結合とか言うな!」

「……」

「思うのもやめろっつってんだよ!」

「内心は自由なはずっす」

他者ひとに読まれてる状況で性癖剥き出しにするか!? おっさん、どういう教育してんだよ!?」

「面目次第もないねぇ」

「師匠は悪くないっす。話を戻すと」

「話を戻すな!」

「愛し合うための穴があるんす」

「聞けよ! それは両性具有の設定なのか!?」

「そうではないっす。男同士の恋愛ひいては性愛には女性器を絡めてはならないんす、これはわたしたちの業界では常識なんす、男の子同士の純粋性を損ねずその美しさを……」

「早口になるんじゃねえ! 俺と大将の関係性を曲解するんじゃねえよ!」

「なるほど、『お前を倒すのは俺なんだから、他の奴にやられんじゃねえよ』的な」

「な、なんだ、わかってんならいいぜ」

「……」

「クソがあ、そういう意味じゃねえよ! なんもわかってねえなてめえは、攻守変えただけじゃねえか!?」


 少年がちょっと半泣きになってしまっているので、ここらが潮時と判断したダンテンは、慌てて話に割って入った。


「も、申し訳ない! 二度と横取りなんか考えもしないと誓うよ! すぐに立ち去る! 見ればわかるだろ、僕らはしがないコソ泥だし、腕っぷしなんかからっきしなんだ! 君のことは客として出入りしてたから知ってるだけだ! 頼む、勘弁してくれ!」


「少なくともこの場では」「『宝の枝』」に関しては」という思考を顕在化させないよう努めるのに苦労するが、どうやら成功したようだ。


「……チッ、まあいい、わかったよ。俺だってひ弱なおっさんや女を殴ったってなんも面白くねえ、この場は見逃してやる。この後この辺をウロついてるのをもう一度見かけたら、頭蓋骨カチ割るからそのつもりでいろ。二度と大将やお嬢たちに近づくんじゃねえぞ」

「わ、わかった!」

「ごめんなさいっす、もうしないっす」

「おいおっさん、こいつ今度はてめえとうちの大将を絡ませ始めやがったぞ!?」

「ティコくん、僕は人狼の中でも感知特化個体だからね、君がそういうことを考えてるときに放つ独特な感情の体臭を判別できちゃうんだ」

「師匠、わたしの匂いを嗅いでるんすか? 変態じゃないっすか、失望したっす」

「てめえらいい加減にしろよ!? 今すぐ帰れやクソどもが!!」


 地団駄踏んで追い立てられ、這う這うの体で逃げ去る二人は、充分と思える距離を取ってから、ため息とともに思考を解禁した。


「はあ……」

「ふう……しょうがないっす。今夜はニット帽の彼×師匠でいくっす」

「なにその計算式!? 君まったく懲りていないよね!? そのおかげで助かったけど!」

「あいつめんどくさいっす。しばらく近づけそうにないっすね」

「幸い彼はいつも〈亡霊ファントム〉一味についてくるわけじゃない、いないときを狙うしかないね」


 トボトボと棲家へ向かって歩きつつ、ティコレットの感心したような声に答えるダンテン。


「なるほどって感じっすね」

「なにがだい?」

「〈亡霊ファントム〉がどうやって『お化けの木』を見つけるか疑問だったっす。どこに植えられているかは外からはわからないはずと思っていたっすが、今のニット帽の彼が、園内で警備に当たっている祓魔官エクソシストたちの心を読んで探す手筈なんすね」

「いや、それはどうかな」


 ダンテンの考えは違う。ティコレットは不満げに振り返ってくる。


「どういうことっすか? 彼の役割は祓魔官エクソシストたちの中から、彼の好みに合う性癖を持つ者を炙り出すことだっていうんすか?」

「いや全然違うけど!?」

「じゃあなんだっていうんすか!」

「なんでキレてんのかわかんない……彼の役割というのはおそらく、まさに僕たちみたいな、ほら……横取りルールが追加されたでしょう? それを危惧して、植物園の干渉を警戒しているんだよ、彼は」

「つまり中のことは、中に入っていった三人でどうにかする算段があるってことっすね?」

「そういうこと」

「じゃあ『お化けの木』は誰がどうやって見つけるつもりなんすか、〈亡霊ファントム〉一味は」

「ティコくん、どうやら君は大山猫人リュンケウスという種族について詳しくないようだね」

「おしっこを石にできるってことは知ってるっすよ」

「正確には体液全般ね。だが大山猫石リュンクリウムの生成は彼らの本質ではない。あの種族のもっとも優れた能力は、その名が意味する通り、その眼力にこそあるのさ」




 同時刻。


。北東エリアの、一番奥……また誂えたような配置ね」


 目元を覆うファントムマスクもその視界をいささかも妨げることはなく、エロイーズはすでに標的の位置を見定めている。

 この姉妹が片方だけでもいるかいないかでは〈亡霊ファントム〉の仕事は効率がまるきり変わる。


亡霊ファントム〉は〈鬼火ウィスプス〉の存在ありきと言っても、けっして過言ではないのだ。

 ヒョードリックは全幅の信頼ゆえ即断する。


「了解。さっさと摘んで帰ろうか」

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