第21話 いわゆる戦場のジョークって必死で戦ってるときはカッコいいけど無双し始めた途端にクソダサイキリに成り下がるよね

 ゾーラ大学付属植物園は北・東・西の三方向をゾーラ大学の建物で囲まれているので、侵入するなら蓋然的に南側からとなる。

 交差点に噴水を擁する十字路を中心として、同心円状にエリアが広がっていく幾何学式庭園である。


 夜に訪れるそこは鬱蒼とした森そのもので、お化けを探しに来ましたというのはおあつらえ向きではある。

 使い魔の誘導に従って近づくと、植物園からかなり離れた物陰にカンタータが潜み、襲撃の準備を整えているところだった。


「先に偵察を済ませておいたのだけど、必要と思われる兵力は揃えてあるわ。これでそこそこ制圧できるはず」

「有能すぎるだろ、どういう依頼主なんだよ。しかし、本当に陽動を任せていいのか?」


 カンタータが約四分かけて蓄えたという「兵力」たちを見回すヒョードの様子を、カンタータは「心許ないんじゃないか」という意味に受け取ったようだ。


「そうね……肉体の強度のみで、大都市の若手エース級を任される祓魔官エクソシストを想定してちょうだい。この子たちは一体一体が大体そのレベルと自負しているわ」

「むしろ過剰戦力なくらいだぜ」

「ううん、そうでもないかもね」


 植物園の方を見ながらエロイーズがそう言うのに、カンタータが頷いてみせるので、結構な数が配置されているのだろう。


「それはわかったが、そうじゃなく、あんたが自分で『枝』を手に入れなくていいのか? って話だよ」


 今夜のカンタータは前髪を掻き上げつつ盛り上げる、独特のまとめ方をしている。

 レフレーズに借りてきたファントムマスクを着けると、真っ黒いイブニングドレスも相まって、夜会に出席する貴族のような風体だ。


「依頼した以上は、あなたたちを信頼するわ。それにたぶん、私はあなたたちのスピードにはついていけない。制圧しながらゆっくりと追いかけていくことになると思うわ」

「頼もしすぎて逆に怖いくらいだぜ。じゃあ、そろそろ行くか。一時間後の俺たちは、勝利の美酒に酔ってることだろうよ」


 確かに少し気障な発破の掛け方だとは自分で思ったが、エロイーズがクスクス笑うのは心外だった。


「え……わたしの聞き間違いかな……? あんた今『勝利の美酒』って言った?」

「うるせぇなぁ……言葉の綾だろうが、忘れろっつったろ……」

「身内ネタでイチャつくのは結構だけど、締まって行きましょうね」

「はい、すみません」


 依頼主に叱られた二人は、最後にガルサを振り向いた。


「背中は任せたぜ、相棒」

「了解、大将」

「大丈夫? 結構しんどくない?」

「範囲を植物園の『外』に絞れば、そんなでもねえよ。安心して仕事してくれ、お嬢」

「ならいいけど」


 下り切った夜のとばりが、蠢く悪党どもの姿を覆い隠す。




 セルゲイはもっとも人数の多い、中心である十字路の少し南のエリアに配置されている。

 北や東、西の建物を超えて侵入してくる可能性もあるが、その場合は標的の木に至る前に、『教授』が設置した罠にかかる手筈がなされていた。


「教皇庁直轄の大学とはいえ、教職員も市民の範疇だろう。協力させるのはいかがなものか」

「向こうからやりたいって言ってきたんだからしょうがねぇだろ? 硬ぇこと言うなよ、相変わらずの石頭だなセルゲイ!」


 呵々大笑しながら背中をバシバシ叩いてくるのは、同じ祓魔官エクソシストのクラー・ボーンという茶髪で大柄な男だ。

 悪い奴ではないのはわかるが、馴れ馴れしいのと微妙に先輩風を吹かせてくる(実際に先輩なのだが)ので、セルゲイは少し苦手な相手である。


「お前が〈亡霊ファントム〉を追ってるのは知ってるさ。だが今日は大捕物だ、抜け駆けを咎めんなよ?」

「わかっているとも」


 森にひしめく黒服の数は、ざっと五十。結構大規模な盗賊団を狩るときなどの規模である。セルゲイ以外にアイアンテの部下はこの場にはいない。ゾーラには二十人ほどいるという管理官マスターのうち、五、六班が七、八人ずつ出してくれた計算だ。


「それはそうと俺はてっきり、アズロラちゃんとご一緒できると思ったんだがなぁ……」

「あいつの位置はある意味俺たちより重要だ。適性も一番ある、仕方あるまい」

「それはそうだけどよぉ……」


 あとクラーはどうやらアズロラに気があるらしい。遊びじゃないんだから私情は仕舞え、と言おうとしたところで、木立ちが音を立てた。


「!」


 その場の全員が南を振り向き、警戒態勢に入る。潜みはすれど忍びはせず、ガサガサと無造作に近づいてくる気配。セルゲイと並んで最前列に立つクラーが、舌なめずりして言い募る。


「さぁて、客が来たぞぉ……丁重にもてなさなきゃな」

「客ではないと思うが」

「わかってるよ、言葉の綾だろうが。敵さんがお越しになったぜ」

「なぜ敵に敬語を使う?」

「お前ほんとうるせぇなぁ……今まで言わなかったけどよ、セルゲイ、俺お前のそういうとこ苦手だわ」

「奇遇だな、俺もお前のことは嫌いだ。そんなことより、来るぞ」

「気持ち切り替えらんねぇよ!」


 ついに現れたその姿は……フードが付いてるタイプの制服を着た、祓魔官エクソシスト……に見えた。


「なんだ、警戒して損したぜ。お仲間かよ」

「いや、ちょっと待て……所属と階級は?」

「お前もまたベタな台詞を吐くもんだねぇ」

「必要だろう。フードを取れ、顔を見せろ」


 セルゲイに促され、フードを外したその顔は……ない。のっぺらぼうの土人形だ!


「ぶへっ」


 そう認識したときには、すでにクラーの懐へ潜り込み、一撃で彼を伸した後だった。

 反撃に放つセルゲイの蹴りを軽快に躱して、土人形はどこか優雅に距離を取る。


 一体だけならなんとかなる。しかし人形は次々に増え、気づけば彼我の兵力は同数となっている。


「くそ!」


 こちらの数を把握されていることはわかる。使い魔の一つも放てば事足りる話だ。

 だがこの日この夜、このレベルの木偶人形をいきなり五十体用意して現れるというのは普通ではない。


 こいつらを操っている術者は、少なく見積もっても教会で言うところの管理官級マスタークラスの実力がある。


 一口に祓魔管理官エクソスマスターと言っても戦闘力はピンキリで、部下より弱いようなものもいなくはないらしいが、たとえばセルゲイの上官であるアイアンテは二十人組手を朝飯前にこなす。

 聖騎士パラディンに片足がかかっているような者だと、並の祓魔官エクソシストでは百人がかりでも勝てないと聞く。


 現に少なくとも本体が姿の見えない距離から操っているはずなのに、木偶人形たちはとんでもない怪力で祓魔官エクソシストたちを薙ぎ倒してくる。

 それだけなら魔術を斉射すれば済む話かと思いきや、同僚たちが撃つ端から木偶に当たって消えていく。


 たぶん、服だ。こちらのそれに似せて作られた、人形どもの綺麗な一張羅おべべ……それを構成する糸が、どうやら魔力を吸収か無効化する性質を持っているらしい。

 セルゲイが粘り、なんとか持ち堪えることができたのは、たまたまだ。故郷で散々に仕込まれた格闘の練度が、この場で一番高かっただけ。


 立っているのが彼一人になると、いまだ包囲する人形たちを掻き分け、本体らしき細身の女が、わざわざ顔見せに出てきてくれる。

 と言っても〈亡霊ファントム〉や〈鬼火ウィスプス〉と同じ、認識阻害つきのファントムマスクで目元を覆っているが。


「怪盗団の新入りか? なかなか殊勝だな、挨拶するほどの礼儀があるとは思わなかった」

「そうね、〈髑髏クレニアム〉とでも呼んでいただけるかしら。下手な強がりは結構だけど、あなた、私がこの場での目標をすでに達成していることには気づいてる?」

「気づいているとも」


 さっきの乱戦の中で、二筋の風が駆け抜けていくのは把握していた。怪盗〈亡霊ファントム〉と〈鬼火ウィスプス〉の片割れだ。しかし木偶の相手に手一杯で、奴らを止められなかったのだ。

 それにしても制圧力が高すぎるな、と訝しむセルゲイ。一度は倒されたにせよ、同僚たちがあまりに一人も起きて来なさすぎる。隙を見て視線を送ると、同僚の一人の皮膚が紫色に変色していることに気づく。


髑髏クレニアム〉は優雅に微笑み、土人形の一体を細い指先で撫でながら言う。


「この子たちの両手を形成する剣それぞれに、私由来の毒を仕込ませてもらったわ。魔族時代では相手を殺す気で戦うくらいがちょうどいい塩梅の行動不能に陥れられる……この説はどうやら的を射ているようね」


 セルゲイ含む祓魔官エクソシストたちが何体かは破壊したが、まだ四十ほど残る土人形が、多勢に無勢の攻撃態勢を再開する。


「もう少し私と遊んでいってもらおうかしら、神父さん」

「追えるものならとうに追っている。そうせざるを得ないようだな」


 相手が〈亡霊ファントム〉でないことは残念だが、今は素直に職務への情熱が燃えていた。

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