第19話 こういうときのヤンキィカッポォはマジ最強
あれから数日後。なんの手がかりも見つけられないでいるヒョードリックとエロイーズは、市街のベンチで一休みしていた。
カンタータも聖女としての肩書などを使い、独自のルートで調べてはいるようだが、やはり駄目だと、使い魔の蜘蛛越しに、連絡が入ったばかりであった。
「あのさあ」
「なんだエリーちゃん」
「鉱物って成長するじゃない?」
「鍾乳石とか伸びるよな」
「もうそれだからそういうことでいいってことにならない?」
「金や銀は勝手にデカくはならねぇし、真珠もつまるところ生体鉱物だからな。最悪でも珊瑚みてぇな『植物っぽい動物』くらいは必要だと思うんだよな。それだって誤魔化しが利くかはわからねぇが」
ヒョードだって、いい加減にやって済ませられるなら済ませたいのだが、そういうわけにもいかない。
カンタータのあの真剣な眼差しを見た後でとなると、なおのことである。
「なんかあると思うんだよ。テキトーなもんを作って持って行った場合に弾かれる『正当な罠』が。たとえば接ぎ木して一ヶ月後に結果を判定しますとか。植物だけに反応するなんかの能力で試すとか。真珠の木を金銀パールで塗りたくって、はいプレゼントってったところで、あの女を騙せるとは到底思えねぇ」
「真珠の木ってのがあるの……?」
「ああ、だが単なるツツジの仲間で、かわいい丸い実が生るだけだ。つってもそいつだって、相手がまともな女ならそれなりのプレゼントになるとは思うんだがな」
「〈輝く夜の巫女〉だからね……」
「〈輝く夜の巫女〉だからな……」
失礼だが正確な共通認識を元に二人してため息を吐いていると……不意に背後から声をかけられる。
「失礼。盗み聞きするつもりはなかったんだがねえ」
またあの鹿撃ち帽のおっさんかと一瞬思ったが違った。
灰白色の髪に琥珀色の眼の、ヒョードと同じくらいの歳格好の少年だ。
開襟シャツに黒いズボン、磨き上げられた革靴。似合わない眼鏡は変装のつもりか。
確か名前はセルゲイと言った。ここ最近ヒョードたちを追い回している、おそらく〈
「なん……っだてめぇ? なんの用だ?」
危ない、もう少しで「なんだぁ?
仮面を被っていない素のヒョードたちは、こいつらの職質をなんとか躱し続けているので、ヒョードはまだこいつらと素で会話したことはなかったのだ。
セルゲイの方もいかにも初対面という体裁で下手くそに眼鏡を押し上げる。
「申し遅れた。私は通りすがりの植物学者で、名乗るほどの者ではない。なにやら悩んでおられるようなので、私なら相談に乗れるかと思い声を掛けた次第さ」
もうちょいマシな嘘を吐け、と心中で毒吐くヒョード。台詞も棒読みだし笑顔はぎこちなさすぎるし、これで騙す気だとしたら逆に驚く。
あまりにも不毛なため、気を利かせたエロイーズが、こういうときの回避策の一つを発動してくれる。
「ねーえ、こいつ絶対ヤバい奴だって……無視しようよ」
「あ、ああ、そうだな……」
カップルを装っているとこういうとき強い。大抵のことは「きも」「うざ」「え、なに、こわ」で流せる。
腕を掴んで揺すってくる彼女に従い、立ち上がりかけたヒョードだったが……ふと気が変わって腰を据える。
なんのことはない、ヒョードも猫系獣人なので、特有の気まぐれが発動しただけだ。
直観でも嗅覚でもいいが……とにかく、安い芝居に安い芝居を返す。
「……んん? てめぇよく見たら、最近ここらをウロついてる
エロイーズもさすがの対応力で、すぐに立ち位置を修正してくれる。
「あっ!? そう言われればこいつ、こないだ〈紫紺の霧〉で暴れた不良神父じゃん!」
「マジかよ。で、今度は街中でお前に声かけてきてんの? 立派だな、
「ほんとよね! なんなわけプレ公、あたしらもべつにヒマなわけじゃないんだけど!?」
なかなか上手いことヤンキィカッポォを装えた。セルゲイは薄笑いを浮かべてたじろぐだけだ。
「いやいや、なんのことかな。私は……」
しかしすぐに動きを止め、真顔になったかと思うと、眼鏡を外して胸ポケットに仕舞った。
「……駄目だな。やっぱり俺は、こういうのは向いていない」
「お? なんだよ、ならどうするってんだ? やんのかコラ?」
あくまでチンピラとしてのスタンスを崩さず睨み上げるヒョードを、セルゲイはまっすぐに見返して口を開く。
「怪盗〈
たっぷり一拍開けてから、ヒョードはエロイーズを振り返ってヘラヘラ笑ってみせる。
「おう、やっぱお前の言う通り、やべぇ奴だったわ。こういう奴の垂れ流す妄想は聞き流すに限るぜ。な?」
「え? う、うん、そうよね」
それからセルゲイに向き直り、相手と同じ、いやそれ以上に真剣な視線を返して言った。
「で? 続きを喋ってみろよ、変態野郎」
「俺は変態ではないが……そうだな、〈
セルゲイの声に明らかな安堵の色が滲んだ。だが案外、ヒョードの方もそうだったかもしれない。
あの後すぐセルゲイは故郷に手紙を書いた。内容は時候の挨拶から始まり、こういう用件の一つもないと連絡を寄越さない筆無精を詫びてから、自分たちが今陥っている周辺事情を洗いざらいできる限り正直に、そして『宝の枝』について記し、知恵を乞う。
数日経って届いた返事には、手紙を寄越してくれて嬉しく思ったこと、あちらの簡単な近況報告の後、リュージュ・ゼボヴィッチは親身な助言をくれた。
『本題だが……上手くいけばお前の期待以上に事が運ぶ目算がある。駄目だったらすまない。その怪盗〈
「……お化けの木と呼ばれる植物だ。正確には『真似っこお化けの木』と……いや、言いたいことはわかる。バカみたいだがこれが正式名称だそうなんだ、専門家によると。大陸の全土に生息域が散在しており、地域によっては
確かにそういう話を、別のところで昔聞いた記憶がある、とヒョードは考え込む。植物が鉱物を吸収するのも知っている。
今日に限ってこいつが近づいてくる気配を、まったく察知できなかった理由にも思い当たった。普段の「捕まえてやる」という気迫が、まさか捕まえるのを諦めたわけでもないだろうが、少しも感じられなかったのだ。
「……花に根から色水を吸わせて、染める遊びなら誰でもやったことがある。
なにより作り話とは思えない、自信と説得力が伺える。というより、その専門家とやらをよほど信頼していると見える。
それが証拠にセルゲイは、自分の言葉で喋っていないのは同じだが、にも関わらずさっきと打って変わって、実にハキハキと喋る。
「細かいことは俺にはわからない。ただ、そいつが言うには、あまり時間をかけていられない事情があるのはわかる。一番手っ取り早く入手するなら、この街だと……」
「……ゾーラ大学付属植物園。だろ?」
セルゲイはわかりやすく瞠目する。まったくこいつは本当に正直な男だ。
「なるほど、それ含めて『挑戦状』ってわけだ。いいぜ、乗ってやるよ……と怪盗〈
もはや建前もへったくれもないが、元々疑われていた身だ。グレーがどれだけ黒に近づこうと、確定しなけりゃ意味はない。
「いいのか? そんなことを俺に言っても」
「〈
「フフ、違いない。せいぜい首を洗って待っていろ……と、彼に伝えてくれ」
「おーおー、狂った野郎がなんか言ってるぜ。できもしねぇことを堂々とよ。行くぞエリー、これ以上バカに付き合ってらんねぇ」
「え、ええ、そうね」
エロイーズを促してゆっくり腰を上げ、立ち去り際に振り向いて、ヒョードは問う。
「ところでよ。なんかさっきから
セルゲイはむしろ首をひねり、眉根を寄せて言い切った。
「言っている意味がわからん。怪盗〈
「はいはい、わかったわかった。その熱意には心服ですよ」
茶化すように言って遠ざかり、相手に聞こえない距離に至ったところで、ヒョードはエロイーズにだけ届く声で呟いた。
「それを聞いて安心したぜ、セルゲイ」
どういう事情があるのか知らないが、
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