第18話 言うほど性悪女と結婚したいか?

「さて……どうするかね?」


 カンタータは帰り際に一つ、連絡事項を言い残していった。これはアリオーソ含む残りすべての婚約者たちに追加で通達されたらしいのだが、〈巫女〉いわく、該当する品物を横取りした者にも、彼女との婚姻権を与えるそうだ。


 そしてそれを聞いたエロイーズの頭に、なにやら妙な誤解が生まれたようで、口を尖らせてヒョードを睨んでくる。


「ふーん、そっかー……へー……」

「なんなんだよお前さっきから?」

「別に……使い魔越しの声聞いただけで、メロメロになっててもおかしくないかなって」

「どんだけ声フェチなんだよ俺は……依頼者を裏切って抜けがけブチかまして、〈巫女〉との結婚に走るなんてあるわけねぇだろ」

「どうかしら……噂によると〈巫女〉は絶世の美女らしいし……土壇場で心変わりするなんてことがあるかもしれないわよ……」

「結婚ねぇ……現実味が持てないね。この怪盗〈亡霊ファントム〉への報酬にはなり得ねぇな」

「ならいいけど……」


 小さい方の妹にゃんこちゃんがいささかなりとも機嫌を直したので、ヒョードが借りている部屋に戻ると、大きい方の姉にゃんこちゃんはまだウダウダしている。


「うー、ねーむーいーよー」

「起きたかレフィ。仕事だ」


 カンタータの訪問と、彼女から聞いた諸々について説明するが、レフレーズの反応は寝起きだからというわけでもなく鈍い。


「気分が乗らなーい。わたし今回やめとくー」

「にゃんこさんが気まぐれなのはしょうがねぇなぁ」

「お姉ちゃん体調悪いわけじゃないわよね?」

「うんー。ただちょっとねー」

「なに?」

「やだー。銀は嫌いー」


 ごろりと寝返りを打ちながらレフレーズが言うので、ヒョードとエロイーズは顔を見合わせた。

 銀は魔族のほぼ全員に共通する弱点物質である。触れれば皮膚が爛れ、刺されれば致命傷となり、遮られれば魔術すら遮断される。


 一方でこの銀に対する苦手意識の強さには、種族というよりは個体のレベルで差があって、見るのも嫌という向きもあれば、直接触れこそしないが毎日仕事で扱っても平気という者まで様々である。

 人狼や吸血鬼は特別弱いという説があるが、これは人間時代にはこの二種族が銀のナイフで刺される機会が多かったという話のようだ。


「ならいいけどよ。次に俺たちがここに帰ってくるまで、変なことするんじゃないぞ」

「大丈夫ー。ベッドが妙にしっとりしてるかもしれないけど気にしないでー」

「だからそういうことをするなっつってんだ」

「お姉ちゃん……めっ」

「あー、エリーちゃんにかわいく『めっ』されちゃったー♡ より捗るー♡」

「おい逆効果だぞエロイーズ」

「ダメだわこりゃ……お姉ちゃん、寝てていいけど、夜勤ルナにはちゃんと行ってね」

「はいはーい」

「忘れててもわたし起こしてあげられないよ」

「わかってるってー。いってらっしゃーい♡」


 ふにゃ、と手を挙げるレフレーズを残して、二人は〈紫紺の霧〉を後にする。

 最近のゾーラの若者言葉で、夜に働くことをルナると言うらしいとは聞いた。


「お前ら最近はなにしてるんだっけ?」

「酒場で給仕よ。あんたもたまには正業に就いたら? あれもあれで悪いもんでもないわよ」

「調子ぶっこいてるチンピラの財布を抜くのが楽しくてな。明らかにボンボンっぽい奴とか、反撃されたらヤバそうな奴を狙うのが特に格別でね」

「スリルジャンキーも大概にしなさいな。で、結局どうするわけ?」


 最初の話題に戻った。ヒョードリックは頭の後ろで両手を組んで鼻から息を吐く。


「金の茎に銀の根、真珠の実だったな? 普通にそれらしいものを作るだけなら、小鉱精ドワーフたちに頼めば一発だ。けど……」

……ってことなのよね」

「だろうな。今回はおそらく設計意図なんかの問題はない、普通に観賞用の、高価な貴金属と宝石でできたオブジェってことでいいはずだ」

「純粋にその定義に適うものをどうやって作るかに注力して良さそうね」

「ああ」


 たとえばどこかの貴族の庭に、そういうのがポンと生えていたら、それを盗んで終わりなのだが……そう簡単にはいかなさそうだった。




「むむう……」

「な、なにかなティコくん?」


 同じ頃。大泥棒ドロテホこと探偵ダンテンもまた、自称助手のティコレットが半眼で唸りながら、ジロジロ見てくるのを止められない。


「師匠、〈巫女〉と結婚したいんすか?」

「ああ、横取りルールの話かい? 全然。大泥棒であるこの僕が結婚するなどあってはならないのさ。なぜなら結婚とは、ロマンの対極に位置するからだ」

「今の師匠は探偵のはずっすよ」

「名探偵も結婚してはいけないんだ。なぜなら以下略」

「師匠は今のところ名探偵ではないっすけど」

「ティコくん、本当のことだからってなんでも言っていいわけじゃないんだよ」


 ガックリと項垂れるダンテンだったが、実際悩んでいるのは別のことだった。


「僕は今回どうしようかな。するべき忠告は、もうしてしまったし。かと言って静観するのも味気ないんだけどな」


 そう、宝の枝とやらの内容を聞いただけで、ダンテンには〈巫女〉の考えが読めてしまったのだ。

 直接詳しく説明するわけにもいかず、あれで〈亡霊ファントム〉が理解してくれたかというと、正直かなり不安である。


「妨害してみたらどうすか」

「ん?」


 ダンテンが声に振り返ると、ティコレットがお気に入りのシナモンスティックをクンクンと嗅ぎながら提案してくる。


「〈亡霊ファントム〉くんたちに、その宝の枝らしきものを手に入れてほしくないんでしょ? だったらこれを機に正統派ライバルとして彼らの前に立ち塞がり、目の前で根こそぎ掠め取ってやったらどうっすか? その方がかっこいいっすよ」

「やれやれ……ティコくん、君は僕がどうして泥棒狩りなんかやってるかわかっていないようだね」


 ダンテンが名探偵らしく(?)紅茶を淹れて優雅に嗜んでいると、ティコが匂いだけ嗅ぎに来た。この子はこういう子なのでスルーしていると、香りで腹を満たした彼女は代わりに疑問文を吐き出す。


「なんでなんすか?」

「普通に盗みに行くのがめんどくさいからだ」

「クズじゃないすか」

「当たり前だろう。大泥棒というのは、特大のクズのことだよ。楽して稼ぐには、仕事直後の同業者を狙うのが一番いい。もちろん業界内で嫌われるから、関わった連中は全員破滅か廃業してもらってるけどね」

「最悪じゃないすか……でも、だからこそでしょ」

「というと?」

「前回の『神の器』のときは、単純に彼らが、成功品を仕上げられなかっただけっすけど……今回は普通に彼らが盗んで、それを師匠が横取りするという話じゃない。だからすでに彼らがしてあげてるんすよね? その時点で普段の師匠のポリシーから外れてるんす。だったらどうせなら徹底的にやってしまったらどうっすか?」


 ダンテンは紅茶を一服してから、ゆっくりと答えた。


「そうだねぇ。それも考えてみるよ」




 曲がりなりにも、同じ組織内の人物がやっていることだ。アズロラとセルゲイの元にまで、〈巫女〉が求婚者たちに通達したという、横取りルールが耳に入ってくる。アズロラは半ば義務的にセルゲイをからかった。


「セルゲイくんも、アクエリカさんと結婚するチャンスだよ。どうする?」

「どういう意図の質問なんだ。それが〈亡霊ファントム〉確保に繋がるならそうする。しかし、そうじゃない。なのでしない」

「筋金入りですなあ……もういっそ〈亡霊ファントム〉と結婚したら?」

「それが〈亡霊ファントム〉確保に繋がるならそうする」

「常軌を逸してるよ」

「自分でもそう思う」

「男の子は男らしいものが好きだから男の子が好きなんだね、わかるよ」

「その理屈でいくと、女の子は女らしいものが好きだから女の子が好きということになるぞ」

「くっ、反論できない……!」

「いや、普通にできると思うが……」


 実際アズロラは少なからず〈亡霊ファントム〉に嫉妬を覚えていた。彼のなにがそこまでセルゲイを惹きつけるのだろう、毎回ロマンの一言で説明されてはわからない。

 アズロラを横目で見ながら、セルゲイは困惑気味に頭を掻く。


「しかし、貴金属や宝石の生る木か……見当がつかんな」

「ほんとかな? ほんとにそうかな?」

「なんの疑いなんだ」

「確かに君や私は見当がつかないよね。だけど見当がつきそうな相手には、心当たりがあるんじゃない?」

「な、なんのことだか……」


 わかりやすく目を泳がせるセルゲイを、アズロラが黙って笑顔で見つめていると、そのうち彼は勝手に折れて、ボソリと呟いた。


「手紙、書くか……」

「それがいいと思う」


 アズロラにはカンタータの気持ちが少しだけわかる気がした。

 好きな相手には幸せになってほしいものだ。たとえ隣にいる相手が自分ではなくとも。

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