第二の課題・宝の枝
第15話 やはり運命のおっさんなのでは?
「なんだかなぁ……悪くはねぇんだが、なんかこうやっぱしっくり来ねぇんだよなぁ」
「あんたね……自分から入っといてそれはないでしょ……」
とある昼下がり。怪盗稼業は世知辛い、目ぼしい獲物がないときは、その華麗な仕業も日銭稼ぎのコソ泥に成り下がる。
ただヒョードは大泥棒ドロテホをリスペクトしているので、依頼以外で堅気から盗むことはない。
路地裏でカツアゲを働くチンピラどもから、そっと全所持金を抜き取って、奪られていた分だけこっそり被害者に返したら、あとはすべて懐に仕舞う。
シケてやがるぜ、とお決まりの台詞を吐き、一緒に歩いていたエロイーズに呆れられつつ、ふと目に入った美術展に、暇を持て余してふらりと迷い込んだのだが。
「なぁ、これもしかして全部〈大養殖時代〉の作品なんじゃねぇか?」
「そうよ? 表にそう書いてあったでしょ、〈大養殖時代展〉って」
気づかなかった、見逃していたようだ。というかよく見ると、カネモッテーラ邸にあった『自意識過剰』も、その一角を占めている。
今まではよくわからないけどなんとなく価値あるっぽいので置いていたものを、全部売っ払ったと聞いていたのだが、この絵もその一つとして扱われてしまったようだ。
しかしヒョードに言わせれば、それも無理からぬ部分がある。〈大養殖時代〉というのは、人間時代のある時期に、
該当する時代の美術品に対する価値設定は、現行社会の魔族たちをもいまだに悩ませており、ゴミ扱いされて焼き捨てられたり、そのせいで希少価値が高まって値段が高騰したり、そんなことが繰り返されているのだとか。
人間時代の遺産に翻弄されるにしても、もう少し有意義なものにしてほしい。
一方で一部には、だからこそこの時代の作品群を集めているという好事家も一定数いる。
「なんかな……やっぱどうしても作り物感みたいなのを感じて、どうしても好きになれねぇんだよな俺は」
「それはそう思うからそう見えるだけなんじゃないの?」
仮に美術館デートだとしたら
「いや、それが前情報なしで見ても結構わかるもんなんだわ。養殖ものは厚みっつーか、深みみてぇなのが足りねぇんだ」
「それはまた……ずいぶん薄くて浅い見解ね」
軽く皮肉を垂れ眼を細めて笑うエロイーズに、しかしヒョードは冷静なまま論を連ねる。
「具体的には、たとえば絵の具を重ね塗りするだろ。本物の天才が描く絵は、そいつの天稟が開花するまでの苦悩を反映するように、迷い、探りながら理想の風合いを練り上げていく……だが養殖の天才は、ただの売れない画家がある日突然現れた美少女妖精ちゃんにポンと啓示を貰っちまったもんだから、急に天才として振る舞い始めるせいで、やけに筆致が
「ヒョードはほんとそういうとこは頑固よね」
「もったいないなあ、そう捨てたものでもないのに」
にわかに現れた人物に横から口を挟まれて、ヒョードリックとエロイーズはギョッとしつつ振り向く。
二人の隣で絵を見ているのは、この間の鹿撃ち帽のおっさんだった。
やはり警戒しているようで、慌てて引きずり逃げようとするエロイーズを、逆に食い止めて引き寄せ、嫌がる彼女を捕獲しながら、議論に応えるヒョードリック。
「あんたさては好き者か? なんと言われようと俺は認めねぇぞ、養殖は養殖だ」
「それはそうなんだけど、養殖には養殖の味があるもんなのさ。君ちょっと潔癖すぎるんじゃないかい、食わず嫌いは良くないよ」
視線を寄越しニヒルな笑みを浮かべる男に、ヒョードも肉食獣人として犬歯を見せる。
「どうやらこの業界の大先輩のようだ……良ければご教授願いたい」
「ちょっとヒョード、その人ヤバいって……」
「お前らが言うようにこの人が鋭いなら、隠す意味もねぇだろう。それより話に興味がある、黙って聞こうぜにゃんこちゃん」
筒抜けの音量で陰口を喋る二人の声に、特に気を悪くした様子もなく続ける男。
「あいにく僕は
それで、あいにくと言ったのは他でもない。優れた感覚を持つがゆえ、その内訳を口で説明しにくいという欠点となる。さっき君がしてたように理路整然とはいかないから、そうだな、たとえば……神明裁判ってあるだろう?」
ダンテンの視線を二人が追うと、そこにそのままモチーフにしている絵がある。タイトルはそのまま『神明裁判』だ。犯罪の疑いをかけられた人間の男が、教会の中で会衆に見守られ、祭壇に上がって、熱した鉄の棒を握らされる。
「これは結構よく知られた話だと思うけどね。この絵の段階まで進んだ被告のうち、実際に大火傷を負ったのは、三割から四割程度だった。真実を知る神が奇跡を起こし、濡れ衣を着せられた容疑者を救ってくださったわけだ。
もちろんこれは建前でしかない。嘘だ。だがある意味ではその嘘が奇跡を起こしたとも言えるね。なぜなら、被告たちは皆、本当に神様を信じているという無視できない前提条件があるからだ。
とすると普通に考えて、罪の自覚がある者は進んで神明裁判の段階に行くわけがない、その前にさっさと自白してしまうんだ。つまり神明裁判を受ける者の大半は潔白であると、担当の司祭は知っているわけだから……あくまでこのひどいハッタリが体裁を保つ範囲でだが、棒に細工をして、無罪放免となるよう取り計らう。ここはどちらかというと手品の領域だね」
朗々と響く声は聞きやすく、ギャラリー内の客たちがふと足を止めて注意を向けてくるが、ダンテンは構わず寓意を表明する。
「ただこの偽物の奇跡には、一つ大きな問題がある。それは、よりによって神判に細工を施す司祭だけは、全能で正義を重んじる神の存在を信じていないという点だ。これは由々しき事態にも思える。
しかしよく考えてみてほしい。彼は己の神を信じずとも、被告の神…つまり、善良な市民の善良な信仰を信用してはいるのだ。
神を信じて人を裁く司祭よりも、人を信じて人を救う司祭の方が、聖職としてはよほど相応しいとは思わないかい?
確かに、この裁判とは名ばかりの茶番は相違なく『偽物』だ。こうして僕が彼らを擁護するために捏ねている理屈も『後付』に過ぎない。だがこれらは本当に価値のないものかな?」
演説を終えると、ダンテンはヒョードの眼をじっと覗き込んでくる。その表情は言い包めてやって自慢げ、という感じではない。
どうやら、言いたいことは他にある様子だ。どちらかというと神明裁判の話自体がメインだったのかもしれない。
「……とはいえ、このやり方にも大きな欠点がある。司祭がどれだけ救済に真摯であっても、その教区を担当する司教が杓子定規の馬鹿野郎だったり、シンプルにイカれたサディストだったりすれば、無辜の市民たちを濡れ衣ごと焼き尽くす羽目になる。これでは神も浮かばれまい。
また、神明裁判は『奇跡が起これば放免』なだけまだマシとも言える。これが告発から殺すこと自体が目的の魔女裁判となると、死ねば無罪、生きれば処刑のデッドロックだからね。
君らはそれほどひどくはない。成功して死ぬか、失敗して生きるか、自分で決められる。いいかい、忠告はしたからね。あんまり意固地になるんじゃないよ。それじゃ!」
やはり只者ではない。勘が良いとかの範疇を超えている、いったいなにを知っているのか。
言うだけ言ってそそくさと立ち去る彼の背中に、思わず問いかけるヒョード。
「あんたいったい何者なんだ……?」
やはりと言うべきか耳聡く聞き留め、帽子の陰から答えが返る。
「言っただろう、しがない探偵さ。
またどこかで会ったら、気さくに声をかけてくれたまえ。いつでも相談に乗るよ」
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