第14話 変態だって? そいつは褒め言葉だね

 ヒョードが目を覚ますと、体がやけに重い。原因はすぐにわかった。


「ヒョード、おはよう……」

「おう、おはようエロイーズ」

「神の器の件は残念だったわね。良かったら、わたしが慰めてあげようか? そ、その……」

「体でー♡」

「ちょっとお姉ちゃんなんで肝心なとこ言うのかな……!?」

「その肝心なとこは他の奴に言わせてもいいと思うが……」


 山猫姉妹は相変わらず朝から発情しているようなので、眠い眼を擦り答えるヒョード。


「おう、なら触っていいか?」

「えっ、やった……! ど、どうぞ、どこにするヒョード……?」

「じゃ二の腕」

「えっなんでやめて」

「じゃお腹」

「えっ他にはないの」

「じゃ首とか」

「ちょっと!? なんでパッと見なら誤魔化せるけど触られたらプニってるのがわかるから嫌な部位ばっかり指定するのよ!? もっと他にあるでしょ!?」

「じゃ髪の毛、ほっぺた」

「えっちょっそこはまた別の理由で恥ずかし」

「ピュアだー」

「ピュアッピュアだな。こんなちょっと顔近いだけですぐ照れちゃう純粋なネコチャンが男のベッドの上乗ってくるとかダメだろ、犯罪です。本物の猫なら問題ないんだけどな」


 あれから一週間ほど経ち、カネモッテーラがムカシッカーラと共同で事業を立ち上げたと聞く。むしろなぜ今までそうしていなかったのかというくらいだが、互いの生き方を尊重していたゆえの遠慮があったのだろう。


「カネモッテーラさんはすっかり結婚一本槍の結婚魔族になっちゃったみたいだねー」

「怖ぇよ、謎の結婚魔術とか使ってきそう」

「『権』『威』『財』『暴』だった彼の手札は今や『愛』『愛』『愛』『愛』だそう」

「クソデッキすぎるだろ、そこまでいくと逆にもうちょい揃えろよ」


 ヒョードの脳裏には別れ際、ヒョードに向かって口にした、カネモッテーラの忠告が過る。


『私が教会嫌いな理由を話したかな?』

『いや』

『私が求めた力を、すべて既得権益として充分以上に持つゆえ、妬んでいた……それはいいのだが、今後ますます気をつけろよ』

『俺を心配してくれるのかい?』

『当たり前だ、貴様が無様に捕まればいささかなりとも寝覚めが悪い。敵対するにせよ、協調するにせよ、一筋縄ではいかん連中だ。そしてあの女は現行体制における筆頭格である。くれぐれも呑まれるなよ』

『肝に銘じるぜ。それと、あんたからはタダで宝石ちょろまかした上に、目溢ししてもらった上で請けた器の件を失敗した。差し引きの帳尻合ってねぇ、借りがある……今度俺を使いたくなったら、一回無償で動くから、いつでも声をかけてくれよ』


 鼻息で笑う返事は、好意的なものと受け取ることにしておいた。

 それはそれとしてヒョードの体には後遺症のようなものが残っている。


「うぐぐ……だ、ダメだ、やっぱりあの感覚を忘れられねぇ……」

「どうしたのヒョーちゃん!? どこかでやばいおくすり吸い込んでた!?」

「それとも、おっさんの体臭が恋しくなっちゃったとか……!? わ、わたしので上書きしないと……!」


 当たり前だがどちらも違う。ある意味もっと重篤な中毒症状だ。


「あの女と遊ぶの楽しすぎる! 次のお宝も俺が探してぇ! 都合よく次も俺らんとこに依頼しに来たりしねぇかなぁ!?」

「ほんと好きだよねヒョーちゃん、難しいほど燃えちゃうタイプだよねー」

「あ、あれ、もしかしてわたしたちが意識してもらえないのってガンガン行きすぎてイージー化しちゃってるからなんじゃ……」

「ロマンのある女にならないとー」

「ロマンのある女ってなに……?」


 それはたぶんめちゃくちゃ裏切りまくる女とかなので、あまり目指さないでほしい。

 恥ずかしいので大きな声で言えないのだが、ロマンとはある程度の安心と安定に根差している。

 なので答えを半ば予期しつつも、ヒョードはこう尋ねてしまうのだ。


「次も俺らんとこ来たら、お前ら手伝ってくれるか?」


 二人は顔を見合わせて、にっこり笑って声を合わせてくれた。


「「もちろん♡」」




 同じ頃。アクエリカが珍しく浮き足立った様子を見せていることに、メリクリーゼはやや驚きを覚えていた。


「世間を騒がせている怪盗ってのはどんなもんかしら……最初はそういう感じだったけど……彼、結構良いわね……気に入ったかも」

「やれやれ、〈亡霊ファントム〉とやらも厄介な女に目を付けられたものだ」


 本心からの同情に基づくメリクリーゼの嘆息も、アクエリカは当然のように聞き流して、不意に指を鳴らした。


「残る四人の求婚者に、追加ルールを通達しましょう。宝を横取りした者にも、わたくしとの婚姻権を同じように与えると」

「……それにどういう意味があるのか、私にもわかるように教えてくれないか?」


 アクエリカは実に楽しそうに説明する。やっぱり悪巧みをしているときが一番活き活きしている。


「求婚者たちは一方的に、横取りされることを恐れて、疑心暗鬼に陥ります。なぜなら自分が他の求婚者の課題を把握したところで、解けないことに違いはないから。そうするとますますカネモッテーラ卿がそうしたように、優秀な代行者の存在を求めるわよね? だけどだからこそ横取りルールのせいで、生半可な相手には欲に目が眩む危惧ゆえ話せません。そこで……」

「宝にもお前にも執着せず、盗む行為と入手する過程にのみロマンを覚える怪盗の需要が一極化されるという魂胆か……そこまでくるとヤツもある種の変態だな……」

「もう、失礼な言い草ねメリーちゃん。だけどそういうことよ〜」


 上機嫌なアクエリカに対し、役目として仕方なく水を差すメリクリーゼ。


「しかしヤバくないのか? 今回の『神の器』、まかり間違っていたら解かれるところまで肉薄されていたよな?」


 そこはアクエリカだ、すぐにいつもの悪辣な笑みが戻ってくる。


「問題ないわ。なぜなら今回のが一番イージーだったから。次からはこうはいかないわよ〜。さぁ〈亡霊ファントム〉、もっとわたくしと遊びましょう♫」


 やはりこいつだけは敵に回したくないものだと、メリクリーゼは改めて思った。

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