第13話 毒を食らわば皿まで

 数日後の夜。〈輝く夜の巫女〉に指定された市内某所のテラスに、仮面を着けたヒョードは依頼主のカネモッテーラと、荷物持ちを頼んだガルサとともに来ていた。

 指定された時刻ちょうどになると、どこからともなく青い有翼の蛇が現れ、〈巫女〉の声を代弁し始める。


『お初にお目にかかりますね、怪盗〈亡霊ファントム〉。わたくし〈輝く夜の巫女〉こと……』

「おっと、それ以上はやめておこうぜ。こっちだけ正体を明かさねぇってのも平等じゃねぇ。俺にとってはあんたは、盤面を挟んだゲームの相手でしかねぇ。互いに知らない振りを貫こうじゃねぇか」

『……それもそうですね。わたくしにとってもあなたはただの代行者。月だけが見ている、ということにしておきましょう』


 名乗りを引っ込めた〈巫女〉は本題に入る。


『では早速、現物を見せていただきましょう』


 ヒョードの合図に応じて、ガルサが肩に担ぐ格好で持ってきていた器を、包みを解きながらテーブルの中心にそっと置く。

 途端に器は木製テーブルの天板を貫き、地に落ちて石畳にヒビを入れ、ようやく安定した。


 黒光りする金属製で、直径十センチほどの、小さな鉢だ。現存する中でもっとも重い金属をさらに限界まで圧縮錬成したため、普通の魔族では両手を使っても満足に持ち上げることもできない。

 ヒョードリックやチューベローズ姉妹はビクとも動かせず、カネモッテーラやムカシッカーラでも二、三回顔の高さまで運ぶだけでヒーヒー言う代物だ。なのでガルサの使う重力系の固有魔術で、軽くしながら運んでもらうしかなかった。


『解説をお願いできるかしら?』


 まだ正誤は答えず問いかける〈巫女〉に対して、ヒョードが口を開く。


「とにかく重すぎて、怪力のジュナス以外にはそう何度も持ち上げられねぇってのは、かなり早くから思いついてたが、どうにも答えとして弱いとも思っていた。人間時代だから成り立つと踏んでたんだが、当時の伝承を漁ると大鬼オーガ巨人タイタンがジュナスの周囲に登場する。こいつらに試させずに『ジュナスにしか使えない』とするのは明らかに無理がある。そこで思い出した。『狐と鶴のご馳走』って童話があるだろ?」


 なにも言わずに先を促す蛇の顔色を伺いながら、話を続けるヒョードリック。


「だから小さくしてみた。たとえば人間の刀を巨人が爪を磨くのに使うことはできるだろう。だがそれは刀を使ったとは言えまい。同様に、大鬼や巨人が大鉢を小鉢として使っても、ジュナスと共用したとは言いにくい。体の大きさの比率からして、そうだな……デカブツどもが、満足な……満足感のあるまともな使い方をするなら、相当強い酒を一献程度が限界だろうな。ジュナスが肉体活性の強さゆえ、酒豪であった可能性は低くないが、一方で……」


 正直に言うとこの答えに絶対的な自信があるわけではないが、ヒョードは自論を展開していく。


「そもそもジュナスが『神の器』を使っていた理由を考えてみた。思うに彼は、〈原初にして最強の祓魔官エクソシスト〉の称号に相応しく、日常生活に常に鍛錬を取り入れていたんじゃないか?

 あるいは、もう一つ仮説がある。人間時代のジュナスは、当たり前といえばそうだが、ほとんどの魔族と敵対していた。不意の襲撃を被ることも多々あったろう。もしかしたらこの食器というのは仮の形状で、高度な錬成系の魔術で武器に変化させて振るった……そういう意味で『ジュナスにしか使えない』だったのかも。

 いずれにせよ、これくらいの小ささと重さの代物だったというのが俺の解釈だ」

『……なるほどね……』


 しばらく黙りこくっていた〈巫女〉だったが、不意に蛇の喉を笑いが振るわせる。


『ふふふ……あなた、良いわね……』


 歓喜に手を打ちかけたヒョードだったが……次の一言で膝から力が抜けた。


『惜しいわ〜……結構良い線だったのだけど、今一歩だけ、救世主ジュナスという存在を理解し切れなかったようね』


 両隣の二人が軽く吐いた息が重く響いて落胆しつつも、後学のために教えを乞う怪盗。


「先生、答え合わせいいっすか?」

『ふふ、素直な子ね。そうね、まず……極端な話、あなたはこの場に実物を持ってくる必要はなかったかもしれないわね』

「……先生、宿題やったけど忘れました、ってこと?」

『そういうトンチというわけではありません。わたくしが「実物を見せろ」と言ったときに、あなたはこう答えることができた。危険なものなのでこの場には持って来ませんでした、と』


 ヒョードは眩暈めまいを覚えていた。課題に関してカネモッテーラがしていた正確な言い回しを思い出そうとしたが、その前に彼自信が復唱してくれる。


「た、確かに私はあなたから、『神の器を……そして『望みのものを持ってくる』……そう聞いたままを彼に伝えた。必ずしもとは言われていない……?」


 客観視点の冷静ゆえか、ガルサが話の主旨を要約してくれる。


「ははーん……つまり、あれだ。この魔族社会のこった、もんのすっげえ希少な幻の金属とかじゃねえ限り、材質の内訳さえわかれば適当な金屑からでも、いつでもどこでも錬成できる。それこそサボった宿題を嘘吐いて後からやって持ってくことも可能なわけで、本当にどういう性質のものかを理解してりゃ、そもそもここへノコノコ持ってくる時点で、こいつはちょっと違うかもなーってなっちまうわけだ」


 もっと極端な話をするなら、もし「使う」に「運ぶ」が含まれていたら、ジュナス以外の者がここへ持って来れてしまう時点で条件と矛盾してしまうことになる。

 しかし今回の課題はそこまで意地の悪い代物ではなかったようで、蛇は解答に入った。


『もちろん持ってきてもらっても構わなかったのだけど、そうね……こういう言い方をするとどうしても胡散臭くなってしまうのだけど……わたくしは救世主ジュナス答えを聞きました。えーと、つまり……あくまでわたくしの解釈として聞いてもらって、妥当かを判断してもらおうかしら』


 そうだ、それを聞いても納得できなかったらカネモッテーラとヒョードの勝ちでいいんだった。

 ここぞとばかりにプライドをかなぐり捨て、依頼主のためにゴネ散らかしてやろうと決めるヒョードだったが……。


『いわく、「神の器」とは……輝安鉱をベースとした、四種類の有毒金属を合成して作られた食器である。大きさはあなたたちが作ってきた感じでおおむね合っていると思うわ、決定的に異なるのはその一点ね。他も大体当たっているわ。あなたが先ほど指摘したように、原初にして最強の祓魔官エクソシストと呼ばれた救世主ジュナスは、代謝能力として極めて高度な肉体活性と錬成魔術を合わせ持っていた。これらをさらに弛まず鍛え上げるために、あるときは粥を注いで毒粥として啜り、あるときはさらに有毒植物を大量に混ぜ込んで食らい、またあるときは器を舐めて摂取できる毒のみを糧とする……そういった修行を日常的に行なっていたそうよ』


 即座に匙を投げるしかなかった。なぜなら、すでにカネモッテーラが、納得と感心で唸っていたからだ。

 この女がこの課題を、カネモッテーラにぶつけた意味がわかった。いかにもこの男好みの、神威と神格を感じさせる答えだ。


 合理性や説得力というより、信じさせられる圧のようなものがある。

 果たしてヒョードリックはカネモッテーラに頭を下げていた。


「悪い……俺の見識と考察不足だ」

「気にするな、貴様はよくやってくれたよ。私では端緒すら掴めなかったに違いない」


 項垂れる二人を見下ろして、有翼の蛇は決を述べる。


『では、降参ということでよろしくて?』

「ああ。しかし気にしてくれるな、〈輝く夜の巫女〉よ。私ほど魅力的な男ならば、この機を逃してなお引く手数多に違いない」

『えっ……そ、そうね。カネモッテーラさん、ますますのご活躍とご健勝をお祈りさせていただきますわ〜』

「うむ、ありがとう」


 最後めんどくさくなって適当に流された気もするが、カネモッテーラがわりと清々しい顔をしているので良しとしておく。

 そのままガキ二人を促して帰りかけた彼だったが、ふと振り返り、蛇に一つだけ問う。


「純粋な興味として訊いてもいいか?」

『どうぞ』

「たとえば現代のゾーラに、その『神の器』があったとして、救世主ジュナスと同じ使い方をできる者はいるだろうか?」


 蛇は心なしか機嫌よく空中で翻り、二股の舌を踊らせた。


『わたくしの知る限りですけど……ここ十年で三人挙げられるわね。

 一人は現〈赤騎士〉。

 一人は現〈青騎士〉。

 最後の一人は死者で良ければ、〈人狼僭王ライカンレックス〉ガレナオ・ハザーク』


 そういう異名を持つ梟雄だか英雄だか、悪党だかがいたそうな。

 答えを聞いたカネモッテーラは呵々大笑し、踵を返して眼を閉じた。


「我が親友が言っていた通りだ。私など勝負にならん。無駄に張り合うのはやめにして、伴侶探しに没頭してみるかな」


 ヒョードはものすごく聴覚が鋭いというわけではないが、去り際に蛇が言い置くのが聞こえた。


『争いの世界にも向き不向きはあるのよ。彼の図体じゃ、蠱毒の壺は狭すぎるかもね』


 そういえば〈輝く夜の巫女〉が聖職者だというのを忘れていた。

 これが救いの形なら、悪くないように思えてしまう……そういう魔性を持つ女だというのはわかった。

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