第12話 言っちゃ悪いが二十代美女とかのが絶対絵面が綺麗なわけじゃん
気持ち良く殴り合って引き分け、健闘を讃え合うような流れにはならない。
ムカシッカーラはそう言っていたが、あれは嘘だった。
対等の条件に戻ったカネモッテーラとムカシッカーラは、それなりに壮絶な格闘戦の末に、両者力尽き並んで寝そべるというのが現状だ。
二人ともどこか満足そうな表情で、お約束の台詞を言い合っている。
「なかなかやるね……」
「お前もな……」
ヒョードたち三人はその様子を少し引いて見守るしかない。
「こういうのって十代の男の子同士でやるから爽やかなのであって、おっさん同士でやるのはエグいわね……」
「イーズ……ほんとのことだからってなんでも言っていいわけじゃねぇんだぞ」
「あはは、二人とも失礼すぎー」
外野の声は耳に入らないようで、ムカシッカーラが痛む体をズラしながら旧友に問う。
「ダイブ……君がそこまで『舐められない強い金持ち』に拘る理由はなんなんだい……?」
対するカネモッテーラは天井を見上げたまま答えた。その曇りなき眼には晴れ渡る青い空が見えているのかもしれない……いやなんだこのキモい思考……とヒョードは頭を振る。
「ジーン……幼い頃、私が虐められていた際、お前がどうやって助けてくれたかを覚えているだろう?」
「もちろん覚えているとも。今もそうだけど、当時も僕は腕っ節にはそこそこ自信があった。暴力に訴えてやめさせ、報復は親の権威を笠に着て抑止する……お世辞にも褒められたやり方とは言えない。恥ずかしく思っているとさっき言ったはずだね? あれに関しては僕だって反省しているんだよ、今さら引き合いに出さないでくれ」
「いや、違う。偽善の抗弁を試みたいわけではない。確かに今までハッキリ言ったことはなかったか……」
カネモッテーラは少し躊躇った後、己の信を口に出す。
「私は、私を救ってくれたお前に憧れ、お前のようになりたくて努力したのだ。だからお前の言う『権』や『威』や『財』や『暴』を集めたのだ。あらゆる意味で強く、けっして舐められない、求められれば誰でも救える男になりたかったのだ」
ムカシッカーラは思ってもいなかった様子で面食らい、しばし言い淀んだ。
「それは……初耳だね……そんなふうに思っていてくれたのは、もちろん嬉しいけど……」
「ああ、わかっている。お前が言うのは道徳の面なのだろうが、方法論としてもあまり優れたものではないというのがよくわかった。現に今お前が、私を暴力での説得に失敗している」
「その通りだ。そういう意図ではなかったんだけど、結果的にそこを理解してくれたのなら、僕としては……」
「それに」カネモッテーラは強引に遮って先を続ける。「このやり方を続けても、小さなふとしたきっかけで綻びるというのも、身に沁みてわかった。他ならぬお前に挫かれたことでな」
カネモッテーラはそう言ってムカシッカーラからチューベローズ姉妹に視線を移す。
察した姉妹が胸元のペンダントを持ち上げて揺らすと、ムカシッカーラは瞠目して、親友に向き直った。
「気づいていたのかい……? その依頼を彼らにしたのが、僕だと……」
「後になって気づいた、というのが正確だな。私の欠点をここまで的確に諌められる者というのは、私のことをもっともよく理解している者なのではないか……そう考えれば自然とお前の顔が浮かんでいたよ」
けっして恨みがましい口調ではなく、カネモッテーラが穏やかな表情で言うのを聞き、ムカシッカーラはようやく当惑から立ち直った。
「僕の意図が正確に伝わっていたようでそれは良かったけど、だったらなおのこと、なぜまだ〈輝く夜の巫女〉を求めるんだい?」
「それは遅ればせながら……本当に今さらだが原点に立ち返ったからだ。私はいつの間にか、力を得ること、振るうこと自体が目的になってしまっていた……お前が私をそう思ってくれていたように、大切な存在を守るためにこそ使わなければ意味がないというのに。たとえば伴侶だとかな」
静かに感慨深げに語っていたカネモッテーラだったが、にわかに口調が熱を帯び、勢いよく立ち上がりながら豪語する。
「だが! どうせこの私が結婚するというなら、生半可な女が相手では面白くない! それにあらゆる面で私より強い女と一緒になるというのも悪くないと思える! 当時の私とお前の関係性と同じだよ、ジーン! 私はもう一度ここから努力して、彼女の隣に立つに相応しい男になるぞ! そして当然、親友として、お前の隣にも立つのだ!」
そう言って快活に笑い、伸ばした彼の手を、ムカシッカーラは苦笑しながら掴んで立ち上がった。
「そういうことなら……僕にできることなら、喜んで協力させてもらうよ」
「恩に着る!!」
がっちりと堅い握手を交わす二人の様子を、遠巻きに見守るヒョードたち。
「いい話……なんだろうな、これ」
「たぶんね」
「だけどその、なんというか……」
「一つ確実に言えることがあるね」
「ああ……この流れ、需要あるかな……?」
「おっさん同士の熱い友情……」
「ない、と、思う……」
非情な現実に対して、三人は悲しい顔で合掌するしかなかった。
という冗談はさておき。
その後、破壊してしまった工房を修理してもらうために
「わかったかもしれねぇ」
内訳を話し、これで行ってみてもいいか、と尋ねると、全員の同意を得ることができた。
ならあとは実物を作成するだけだ。せっかくなので専門職であるムカシッカーラに依頼することにした。
ゾーラ市内某所に寂れた門を構える〈ダンテン・ハエーナ探偵事務所〉は、ダンテンとしては正業のつもりだったのだが、つまるところ類が友を呼んでいるのか、結局裏稼業御用達となりつつある。
それでもたまには真っ当な依頼も来るわけであり、ティコレットとしては助手冥利に尽きるというものである。
「それで師匠、請けるっすか?」
ソファに寝転がるかつての大泥棒を伺うと、彼は無精髭を撫でながら渋い顔をする。
「うーん、断っといてよ、ティコくん」
「理由は?」
「犬ってあんまりかわいくないでしょ。猫ならいくらでも探すんだけどな」
「趣味全開すぎる……お貴族商売にも程があるっす」
「カモフラージュだからねぇ……あくまで僕の本業は泥棒狩りなのさ……」
眠そうに言って鹿撃ち帽で顔を覆う上司に、ティコはより重要な話題を持ちかける。
「その本業なんすけど。例の怪盗くん、ブツを仕上げてるみたいっすよ」
「そのようだね」
「盗らなくていいんす? いつ行くっす?」
その問いに対して、ダンテンはただ微笑んでかぶりを振るだけだった。
なるほど、それは……残念だ。
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