第10話 これ完全に流れ変わったな

 カネモッテーラの幼馴染ユージン・ムカシッカーラの仕事場はゾーラ市内の緑豊かな一角にある。

 猫も眠れる夜遅く、ヒョードリック、エロイーズ、レフレーズの三人が、全身タイツに身を包み、ファントムマスクを装着し、陽光の差す昼間とはまた違った趣のある並木道を歩いていると、カネモッテーラがやって来るのに出くわした。


「悪ぃな、わがまま言っちまって」

「構わん。貴様らのような得体の知らぬ連中と会うのだ、先方の外聞も考えるとこの時間帯が良かろう」


 軽い憎まれ口を叩くカネモッテーラだったが、ふと三人を見て眼を眇める。


「……私はあまり夜目には自信がないのだが、貴様らちょっと疲れているか?」

「わかる? ここんとこ若干寝不足でね」


 わかりやすく欠伸をしてみせるヒョードに続き、エロイーズが肩をすくめて説明する。


「わたしらなんとかヒントを得ようと、ゾーラ随一の古文書館に潜り込み、外典や偽典中心に漁ったりなんかして、なんとか当時のジュナスの様子を調べてたってわけよ」

「それはまた……ご苦労なことだ」

「意外と真面目でしょー、わたしたちー」


 にっこり笑って眼の下のクマを隠すポーズをするレフレーズに、カネモッテーラは依頼主として尋ねる。


「それで、なにかわかったか?」

「一つだけあったよー。お求めの『神の器』が作られた当時、確かにジュナスの正式な弟子は人間四人きりだった。だけど、ジュナスに助けられたりして彼を勝手に慕い、こっそりついていったりする魔族が何人かいたようなのー」

「その中でも、あまりの馬鹿力でかのジュナスすら困らせたという、大鬼オーガ巨人タイタンのデカブツコンビの存在が、俺たちに一つの仮説を与えた」

「半ば解けたということか?」


 期待に逸るカネモッテーラを制して、冷静にかぶりを振るヒョード。


「少なくとも方向性は間違ってねぇと思う……しかしなんというか……もって答えとするには単純すぎる気がするんだ。今夜中に結論を出したいとは思うが、根本的に考え直すことになるかもしれねぇ」

「それでもいい。が、私は直観している。我が友ユージンが、我らに閃きを与えてくれると」


 だといいのだが……というのとはまったく別に、今夜の〈亡霊ファントム〉はもう一つ懸念点を抱えていた。

 その只中に突進することになる三人とカネモッテーラ。


「やあ、久しいね、ダイブ。元気だったかい」


 鉄器職人ユージン・ムカシッカーラの仕事場は、いわゆる共同工房シェアアトリエの形を取るようで、長い廊下に沿っていくつかのスペースがあり、ユージンのアトリエはその突き当たりの一番広いスペースのようだ。

 作品と思しきお洒落なデザインの食器や調理器具……だけでなく、置物や小物、農具や工具類が壁に掛かられたり棚に置かれたりして陳列されている。


 幼馴染をにこやかに迎える肝心のムカシッカーラはというと、白髪混じりの黒髪で眼鏡をかけ、穏やかな顔つきと声音をした五十絡みの紳士である。

 幸いなのはヒョードたちは、ここへ来ること自体は初めてなので、そこだけは嘘を吐かなくてもいいという点であった。


「ワハハ、私はこの通りだ! お前こそ、調子は悪くなさそうだな、ジーンよ!」

「おかげさまでね」


 物静かな旧友と肩を組み、ヒョードたちを振り向いて、カネモッテーラは上機嫌に声を張る。性格と物腰もそうだが、並ぶと体格、特に背丈が好対照な二人だ。具体的には、ムカシッカーラの頭がカネモッテーラの胸くらいの高さである。


「改めて紹介しよう、この男は我が親友、ユージン・ムカシッカーラ! 幼い頃私が虐められている中、ジーンだけは加担しないどころか私を庇い助けてくれた! 一生の恩を感じずにはいられない、そうだろう!?」

「大袈裟だな……助けたといっても、あんまり褒められたやり方ではなかった。僕は少し恥ずかしく思っているくらいさ」

「へ、へー、そんなことがあったんダー」


 思わず棒読みになってしまうヒョードリックを、姉妹が後ろからこっそり小突く。

 仕方ないだろう、その話は十日前に〈紫紺の霧〉でムカシッカーラから聞いた。


 自分が優しさで密かに挫いた親友が、まさかその実行犯一味の新たな依頼者となって自分の工房に現れるとは普通思わない。

 実際、一見平静に対応しつつも、ムカシッカーラの頬にも冷や汗が一筋伝っている。努めて自然な目配せで、ヒョードと視線を合わせてきた。


「で、えーと、こちらの子たちが……」

「うむ! 最近巷を騒がせている、怪盗〈亡霊ファントム〉一味だな! 犯罪者どもの手を借りるのは気が咎めるかもしれんが、私の顔を立てて見逃してくれるとありがたい!」

「いや、そこは別に構わないんだけど」


 当たり前だ、ムカシッカーラ自身が〈亡霊ファントム〉の顧客の一人だったのだから、そこを追及できる道理がない。

 ちなみにムカシッカーラがカネモッテーラの鼻っ柱を折るために盗ませた指輪はネックレスとなり、チューベローズ姉妹の胸元を飾っている。ただし身バレを防ぐため平時は着けておらず、怪盗としての仕事中のみの装備品だ。


「なんだかよくわからないけど、ダイブ、他でもない君の頼みなんだ。こんな寂れた場所で良ければ、いくらでも見て参考にしていってよ」

「すまん! かたじけない!」


 早速「神の器」について考察を深めるため、実際の鉄器に触れて検討を始めるエロイーズ、レフレーズ、カネモッテーラ。

 それというのも、あくまでヒョードが立てた仮説に従うとだが、「神の器」は金属製であると考えられるからだ。


 うっかりぼんやりとムカシッカーラの前に残ってしまったヒョードに、ムカシッカーラは気を利かせて、いかにも初対面の相手にするように、身の上話を初めてくれる。


「僕は結構裕福な出自なんだけど、親が事業に失敗して家が没落してね。だが結果的にそれで良かったと思ってる。街一番の鍛冶屋の徒弟となり、こうして一生の仕事にできる職を手につけられたんだから」

「な、なるほどネー。それはとても興味深い話ダナー」


 ヒョードの相槌があまりに下手くそすぎるため、カネモッテーラにバレることを危惧したエロイーズが近づいてきて、いかにも世間話をする体裁で愛想を振り撒いてくれる。


「そうなんですね! じゃあお二人は本当に対照的なお友達なんですね!」

「わ、悪い……」

「いいからあんたはそっちで作品見て考えてなさい、そういうことにしか頭使えないでしょ」


 ヒョードの扱いをよくわかってくれている。言われた通りにしていると、目当ての食器類に限らず、様々な黒光りする鉄器が眼を引いた。

 ハンマー、スコップ、草刈り鎌を順に眺めて、手に取って軽く振り、愉悦のため息を吐くヒョードリック。


「ふぅ……いいな、こういうの」

「わかるー。なんか握ると落ち着くよねー」

「理解してくれるかレーズ」

「〈亡霊ファントム〉ちゃんこそ」


 余談ではあるが、これも身バレを極力防ぐため、どの程度効果があるかはわからないが、平時と仮面装着時で互いの呼び方を変えるよう徹底している。

 平時→ヒョー(ちゃん)、エリー(ちゃん)、レフィ(またはお姉ちゃん)

 怪盗→亡霊(ちゃん)、イーズ(ちゃん)、レーズ

 といった具合である。


 鉄製の小さなハンマーを渾身の力で握り締めつつ、怪盗〈亡霊ファントム〉は美学を語る。


「こういうのでムカつくクソ野郎の頭を思いっきり殴ってやったら気持ちいいんだろうな」

「わー、男の子のロマン的なことかと思ったら全然違ったー」

「このスコップをこう逆手に持ってだな、ザクッと……あー想像しただけで興奮する」

「それなら工具とか農具じゃなくてー、普通に剣とか槍とか、せめて包丁とかー」

「わかってねぇなぁ、あえて日用品の延長上にある工具や農具で殺すのがカッコいいんだろ」

「〈亡霊〉ちゃんはなにと戦ってるのかなー」

「もし、だぞ」

「?」

「仮に地面に埋まってる人間さんたちの死体がなんらかの魔術的なアレにアレされて、一斉に這骸ゾンビとして活動し始め俺たち魔族を襲いだしたら、立てこもるならこういう場所がベターなんじゃねぇか? 作劇的にも」

「一周回って逆に男の子のロマン妄想に戻ってきたからある意味安心したよー。作劇まで気を使ってるところに本物のイタさを感じるなー」

「なん、だと……この俺がイタい……!?」


 絶句するヒョードをファントムマスク越しに大人びた視線で居抜き、レフレーズは指を振った。


「わかってないのはきみの方だよー、〈亡霊〉ちゃん。あえて工具や農具という点にはこの際同意するよー。だけどこんな広くて綺麗な場所じゃなくて、もっと狭くてジメジメした地下室なんかに雑多にぶら下げた方が雰囲気出るんだよねー」

「というと?」

「わたしはこういうことに関してはー、女の子にする方が好みなんだけどー。つまりねー……あぁー、どれにしようかなぁ? どれをあなたのお腹に突っ込んであげようか? ねぇどれがいいかな? って手術台に縛りつけられ猿轡を噛まされて声にならない声で泣き叫ぶ相手に苦しみ方そして死に方を決めさせてあげるのーあ゛あ゛気持ちいいいいい゛い゛い゛♡♡」


 自分の想像で痙攣し始めたレフレーズに、いつものことなので平静に対応するヒョード。


「レーズはサドもいけるんだな」

「そうなのー。わたし両刀なんだよー」

「なんの話してるのよ二人とも」


 呆れて近づいてくるエロイーズは全部聞いていたようで、意見を求められると半眼になる。


「今そういうこと喋ってる場合じゃないというのは置いといて……そうね、わたしなら、そのお皿がいいんじゃないかと思って」


 エロイーズが視線で示すのは、いくつか重ね置かれている無骨な鉄皿だった。


「ああ、いいよな。なんつーんだろう、この『冷たさ』と『重さ』の両立はな、木、陶器、ガラス、他のいかなる素材でも出ないよな」

「実際頑丈なんだろうけどー、どっしりとした存在感というか、安心感があるよねー」


 エロイーズもおおむね同意のようで、自分の紅潮する頬を両手で挟んで息を荒らげる。


「そうそう。まずわたしが全裸で四つん這いになるでしょ」

「急に流れ変わったな」

「『なるとするでしょ』ですらなくて『なるでしょ』なのがイーズちゃんだよねー」

「そうするとこの背中とお尻の境界あたりに、くぼみができるわけじゃない。女神のえくぼだとかって呼ばれてるやつだけど」

「絶対綺麗な話にならねぇのはわかる」

「なに、それをどうするつもりなの?」

「それをね、ハァ、ハァ……わたしの、背中のえくぼに、一枚ずつ載せていくの……崩れたり姿勢が悪くなったりしたら、また一からやり直し……だ、だめ……そんなの耐えられない♡」

「「優勝」」

「は!? なんの!? なにが優勝!?」

「ねえ〈亡霊〉ちゃーん、わたしの妹もうダメかもしれないよー」

「お前がこういうふうに育てたんだろう、責任持てよ」


 仕事をサボってクソどうでもいいやり取りをする怪盗一味だったが……ムカシッカーラがさり気なさを装って口にした一言から、一瞬で流れが変わった。


「〈輝く夜の巫女〉……といったっけ?」

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