第9話 つーか童話って基本性格悪いよな

「ん……?」


 同じ頃、日常業務の一環として、相棒のアズロラとともに市内を巡回していたセルゲイは、見知った姿を発見し、密かに相棒へ手振りで合図を送った。


「あっ、あの二人……」

「ああ。そして、あの男……」


 無言で頷き合う二人は、すぐさま尾行に移った。

 通り一つの間隔を空けて追う対象は、暁色の髪の少年と、桃色の髪の少女二人である。


 少女二人の方はつい先ほど水煙草屋で会ったばかりの姉妹で間違いない。

 連れの少年ともども、獣化変貌していなくとも、猫系獣人特有の滑るような滑らかな歩き方からして、〈亡霊ファントム〉一味と断定したいところ、なのだが……。


「とはいえ、ねえ」


 目線は対象から切らず歩き続けつつも、アズロラが濁した言葉の先を引き取るセルゲイ。


「猫系獣人の男女三人組など、この広いゾーラ市内に限っても何組いるやら……だろ? 地毛の髪色もさほど珍しくもなく当てにならない」

「ていうか関係ないんだけどさ。街中でたまにああいう男一人女二人の三人組が歩いてるのを見かけるじゃん」

「まあまあの頻度でいるな」

「あれって実際どういうご関係なの?」

「俺に訊かれてもわかるわけないだろ」

「だよねー、恋愛音痴だもんね。んで、リューちゃんに手紙書いた?」

「お前本当にそれしつこいぞ」

「擦るよー、何度でもキュッキュキュッキュと擦るよー」

「ああ、わかった、そうとも認める、俺は恋愛音痴だ。お前は普通に音痴だけどな」


 尾行を続けつつ片手間で喋っているのだが、それがちょうど対象に怪しまれないためのちょうどいい音量の雑談として機能している。

 もしハッキリ聞かれていたとしてもほぼどうでもいい雑談なので問題ない。


「音痴じゃないですけど!? 普段は攻撃としてバカ音量出してるだけで、本気を出したらしっとりバラード歌えるからねわたし!」

「はいはいバラードバラード」

「相槌の雑さ過去一じゃない!?」


 対象が角を曲がった。呼吸を合わせて自然に加速する二人。


「とはいえ今は歌う必要はない」

「歌わせるのが仕事だね!」


 パッと大通りに出たはいいが、途端に対象を見失い、途方に暮れるしかない二人。


「えっ」

「……!?」


 勘付いて逃げられたのか、普通に足が速いのかはわからないが、ともかく男女三人の姿は、とっくのとうに消えている。


「……」

「……」

「くそっ……」


 力が抜けてへたり込むセルゲイを見下ろし、アズロラは腕を組んで唸る。


「この速さこそを〈亡霊ファントム〉一味である証拠としたいけど、肝心の身柄を押さえられないんじゃ意味がないよねえ……」

「ふ」

「?」

「ふふふ……ふはははは」


 自分でもなぜ喉の奥から込み上げるのが笑いなのかがわからないが、セルゲイはその衝動に似た震えに身を任せるしかない。


「どしたの!? おかしくなった!?」

「はははははは!! さすがは〈亡霊ファントム〉、そう簡単には捕まらないということか! いいだろう! 正々堂々、お前と対決できる機会を楽しみに待っておくぞ!」

「どこと喋ってんの!? なんかもうあまりにも完璧に撒かれすぎて、若干気持ち良くなっちゃってない!? 良かったー、おかしいのは元からだったー!」


 その様子が普通に不審すぎてこの後市民から通報され、上司に追加の小言を貰ってしまったが、痛くも痒くもない。

 待ってろ〈亡霊ファントム〉、今にそのベールを暴いてやるからな!!!




 どことなく寒気を感じたので、念入りに遠回りし背後に気を付け慎重に〈紫紺の霧〉二階、ではない別の隠れ家に帰ったヒョードは、枕元の本棚を漁り、神の器について調べてみる。

 別に信じていなくとも、ジュナス教について書かれた聖典の内容は一般教養として重要度が高く、ある程度は履修せざるを得ない。


 すぐに該当するエピソードが見つかったが、カネモッテーラが言っていた以上のことは書かれていない。

〈輝く夜の巫女〉が激烈に難解な謎解きを仕掛けてきている可能性もなくはないのだが、ヒョードは直観でその線を消していた。


 なんというか……伝え聞く人物像からして、性格の悪さのベクトルが違う気がするのだ。

 手も足も出ず見当もつかない相手を見下して喜ぶというより、「もう少し頭を柔らかくして考えていればわかったかもしれないのに!」と悔しがる相手を見てほくそ笑むタイプに思えるということである。


「性格悪い……食器……」


 ふと思考が飛び、ヒョードはまったく関係のない民話集のページをめくる。

 あった。『狐と鶴の御馳走』。あれだ、狐と鶴が食事に招き合い煽り合うというクソ陰湿なやつ。


 以下あらすじ。

 狐は鶴に平たい皿に入れたスープを出す。鶴は嘴が長いため飲めない。それを見ながら狐は美味しそうにスープを飲む。

 仕返しとして後日鶴は狐に、細長い口の壺に入れた肉を出す。狐は嘴がないので食べられない。それを見ながら鶴は美味しそうに肉を啄む。

 総じてクソとしか言いようがない。


 人間時代に書かれた寓話ではあるのだが、様々な種族の特性が共存し鬩ぎ合うこの魔族社会においてこそ含蓄があり、身につまされる話ではあるのだが……。


「ジュナスにしか使えない……いや、こういうことじゃねぇんだろうけど……」


 なにかを掴みかけているような気がするのだが、結局考えてもわからなかった。



 そこから数日間、ヒョードとチューベローズ姉妹は暇を見つけては市場や骨董店を冷やかすことで、ヒントを得ようと努めた。

 もちろん現物そのものが見つかればいいのだが、文字通り「そうは問屋が卸さない」というやつで、そもそもその辺で売っていて偶然見つけられるような代物であるはずがない。


「なんかもうむしろマジの発掘されたヤツを、博物館とかに求めた方がいいんじゃない?」


 エロイーズのざっくばらんな提案を、にべもなく却下せざるを得ないヒョード。


「そういうのはいちおう業界情報の一部として網羅してるけどな、聞いたことねぇなぁ」

「ダメかー……」


 がっくりとしょぼくれてみせる姉妹を見て、ヒョードは遠慮がちに言う。


「つーかお前らよ、付き合ってくれるのはいいけど、たまには家帰れよ。ご両親が心配されるでしょうが」

「急にまともなこと言うわね……」

「いや俺はわりといつもまともなこと言うが」

「そうだねー、やばいのはわたしたちー」

「認めたか」


 ふと姉妹の顔が翳り、本音らしきものを口にする。


「……いいのよ、ほんとの家ってわけじゃないわけだし」

「まぁそうではあるけどよ」

「いやー、やってみてわかったけど、わたしとエリーちゃん的には、路地裏の生活が合ってたっていうかー」


 にわかにレフレーズが顔と体を寄せてきて、甘ったるい声で囁いてくる。


「ヒョーちゃんがわたしたちをこんな体にしたんだよ♡ 責任取ってね♡」

「表現がいかがわしい……が、実際もう普通の相手に喧嘩で敗けることはねぇよな」

「むしろ最近わたしがブッ倒すべき相手はお姉ちゃんじゃないかと思ってるわ……」

「エリーちゃんひどくない!?」


 ムスッとした顔で反対側から身を寄せてくるエロイーズの髪を撫で、ヒョードリックは破顔する。


「じゃ、今日も悪いことしちゃおっか?」

「「する♡」」


 と言っても訪れたのは……というか帰ってきたのは勝手知ったる〈紫紺の霧〉だ。

 今日は普通の客を装って堂々と店の入口から入っていく。店主に挨拶し、奥から二階へ上がる。


「よう、大将。儲かってるか?」


 ちょうど休憩中(これは本当にそのまんまの意味)だったらしい、店主の弟にして用心棒のガルサくんが、お茶を飲んで寛いでいるところで、ヒョードに声を掛けてきた。


「まぁまぁかな。ガルサは?」

「固定給だからな。どうもこうもねえさ」

「店の方はどうよ」

「まあまあだな。姉貴の機嫌も悪くねえ」

「俺から昇給を嘆願してやろうか?」

「やめてくれ、ケチなの知ってんだろ。昔からタダで小遣い貰ったことがねえんだ」

「聞こえるぞ」

「いいや、聞こえないね。これも昔からだが、喋って聞こえる距離も、聞こえる距離も、入念に把握してる。互いにな」


 心の声が聞こえる種族には、特有のプライバシー感覚があるらしい。仲が良くて結構なことだ。

 それからガルサはチューベローズ姉妹の姿に気づいて、彼女たちにも挨拶する。


「おう、お嬢たちもご機嫌よう」

「ちょっといい加減やめてよそれ……もう全然お嬢様でもなんでもないんだから」

「じゃあなんて呼ぶ、姐御?」

「ガルサくんさー、別にわたしたちにまで腰が低くならなくてもいいのにー」

「大将の連れだ、敬意を向けるのは当然だぜ」


 このガルサくん、初対面時にちょっとしたイザコザがあり、喧嘩に発展した挙げ句たまたまヒョードが勝ったのだが、それ以来なぜか舎弟として振る舞ってくる。

 なんだか彼には彼なりの力学が存在するようだし、仲間の一種には違いないのでそのままにしている。ちなみに齢はヒョードの一個下で十四歳だ。


「そうだ、大将。あんたに伝言が来てた」

「お、ありがとう。なんだって?」

「なにかと言われると、これだな」


 ガルサが示したのは休憩室のテーブルの隅に置いてある……なんだこれは? 真夏に放置したヌガーみたいなのが……いる。生き物らしい。


「うわキッモ……」

「その通りだけど容赦なさすぎだろエリー……で、え、なに?」

「だからこれだよ」

「埒が明かねぇな、なんなんだよこれ」

「卑猥な用途の……」

「違うよ?」

「否定早くないー?」

「逆に卑猥な用途の伝言ってなんなんだよ」


 四人で不毛なことを言い合っているうちに、そのなんかよくわからんのが自己紹介してくれる。


海鼠なまこという』

「シャベッタ!?」

「いやこれ使い魔だな……そしてその声は」

『そうこの私、ダイバル・カネモッテーラだ』

「あんたなんでこんな使い魔なんだ」

『これしか適合しなかったのだ』

「ならしゃーねぇわ」

「だからって形が卑猥すぎない……?」

「本性が陰茎なのかなー?」

「本性が陰茎ってなに!?」


 あまりに失礼すぎる姉妹の態度も流し、カネモッテーラは早速本題に入る。

 その寸前にガルサが「休憩終わりー」と言いながら階段を降りていった。気を利かせて席を外してくれたようだ。


『実は私の方で、この件に役立ちそうな伝手があるのを思い出してな。と言っても結局私では例の課題の意図を解けそうにない。なので貴様たちに先方を訪ねてもらおうかと』

「事情はどのくらい話したんだ?」


 カネモッテーラはしばし黙るが、それが気まずさによるものだとわかる。


『……洗いざらい』

「それはまた……」

『すまん。事情も聞かずに協力してくれる相手ではなくてな』

「取引先関係とか?」

『いや、交誼が薄いのではない。逆だ。親しい友にほど厳しく振る舞う生真面目な男でな』

「いいことじゃねぇの」


 あれ? もしかして……と思いつつも、しばし考えたヒョードは提案する。


「こうしよう。俺は素顔でなく仮面を着けて、あんたの友達に会いに行く。あんた自身もついてくる。これが俺があんたの友達に、〈亡霊ファントム〉として示せる誠意だ」

『悪いな、無用なリスクを背負わせる』

「無用なリスク? そりゃこの件そのものだよ。なぜ請けたかは話したっけ?」

『ロマンがあるから』

「それだ。気にしてくれんなよ。それよりその友達の名前と住所を教えてくれ。泥棒に情報を渡すのが嫌じゃなきゃな」

『フフ、それこそ今更だ』


 そうしてカネモッテーラが口にした名前に、ヒョードは無闇に動揺して、無駄に不信を煽らないようにするのに苦労した。


 なぜならそれはカネモッテーラの為を想い、虚栄を求めて暴走する彼の気勢を挫くために、指輪を盗むよう依頼してきた、彼の幼馴染その人だからだ。


 信用できる人物ではある。いや、だからこそ話が拗れそうな予感がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る