第一の課題・神の器
第7話 おっさんって言う奴がおっさん
「神の器……?」
ゾーラの街を連れ立ち歩き、雑踏と喧騒に紛れて内密な話をするヒョードに、エロイーズが怪訝そうに問い返した。
「ああ、だが乗り移る依代とかそういうんじゃない、普通に食器って意味だそうだ」
〈輝く夜の巫女〉がカネモッテーラにしたという、又聞きの話を口にするヒョード。
「これはジュナス教が発足する前の救世主ジュナスのエピソードとして、実際に聖典にも書かれているらしいが……いわく、当時のジュナスには四人の使徒がいた」
「というと……救世主ジュナスが地上で肉体を持っていたとされる時代……千五百年以上前の話ってことね」
「使徒っていうのは、当時のジュナスの教えを広める弟子みたいな存在のことよねー?」
相槌として補足情報の確認を入れてくれるので、この姉妹への説明は楽で助かる。
「ああ、そうだな。当時もいわゆる人間時代の最中で、魔族がまだ神の敵とされていたから、四人の使徒は全員人間と考えていいだろうな。
もっとも〈輝く夜の巫女〉によると、当時もジュナスは一部の魔族とは、密かに交流を持っていたそうだが。
とにかくその四人の使徒が持ち寄った四つの器を、ジュナスは一つに錬成し、専ら用いたということだ。
紺青、または雑色で黒中心という説もあり、美しい輝きが特徴だそう。
なにより特筆すべきは、この器は『ジュナスだけが使うことができた』とされている点だ。
ここには明確な理由が存在し、それをクリアしなければ達成要件を満たしたとは見做さないんだとよ」
「ん……でもさ」
エロイーズが露骨に渋い顔をして、唇に指を当て疑念を示す。
「っていう話が伝わってるだけ……なのよね? 実物が現存するかは、その〈輝く夜の巫女〉とやら自身ですら定かではない」
「だろうな」
「じゃあ仮にマジのやつを見つけて持ってったとして、それが本物だってどうやって証明するわけ? 適当な難癖をつけて『違いますー』って言われたら終わりじゃない」
「そこなんだけどな」
ヒョードは口元に掌を添え、精一杯の高音で聞いたままの台詞を口にした。
「わたくしを豚や猿のようにブーブーキーキー具体性のない文句を垂れるばかりの無能な老害どもと一緒にされては困りましてよ」
「ヒョーちゃんお口悪ーい」
「しょうがねぇだろ、その〈輝く夜の巫女〉がそう言ったらしいんだから」
「ほんとにそんな喋り方かは微妙だけど、なるほど……性格は相当悪いけど頭は致命的に悪いわけではないみたいね、その女」
エロイーズの見解に、ヒョードも頷く。
「ああ、どうやらまともに話の通じる相手ではあるようだ。彼女が言うには、ダメならダメでその理由を明示するから、それを聞いても納得できなかったら、俺たちの勝ちってことでいいらしい」
「それはまたずいぶん気風がいいねー。要は、カネモッテーラさんやヒョーちゃんが、負けを認めなかったら勝ちになるってことだよね?」
レフレーズが目を丸くするのももっともで、あまりに解く側に有利すぎる課題に思える。
「ああ、だが言い方を換えりゃ小細工を弄してゴネるまでもなく、課題の難度そのものに絶対的な信用を置いてるってことでもある。
〈巫女〉が言うには、本物たりうる条件を満たしている……つまり伝承通り、〈巫女〉が思う通りの性質を示しさえすれば、大体そういった感じの材質で、おおむねそういう感じの形状をしていれば、極端な話、明らかに昨日自作しましたみたいなのを持ってっても通すんだと」
「なんだかずいぶん極端な女なのね……」
エロイーズとまったく同じことを考えていたので、ヒョードは思わず苦笑する。
「だよな。律儀というかなんというか」
「でも、それはそれで難しそうだねー」
レフレーズがこの話を聞いた皆が抱いた懸念点を代弁してくれる。
「モノ一発で通るのはいいけどー、きっといい加減なのが、偶然通るってことはない。本物が本物たりうる本質を理解しなければ、どれだけガワさえ似せても弾かれちゃうよねー」
「実際そうする必要はないんでしょうけど……『見てください、⚪︎⚪︎が△△でしょう? だからこれは本物なんです』って言えないといけないってことよね……」
「そうなるな。カネモッテーラは『数学の試験では途中式も採点対象になる』って喩えを口にしてたが、そういうことなんだろう」
これは一見すると探索課題のようで、実際は謎解きと工作を求められているに等しい。
どちらかというと探偵向けの依頼にも思えるが、いかなるお宝も盗める……つまりどんな材質でも調達できる怪盗こそ、解決にもっとも近いと看做された……少なくとも、カネモッテーラはそう思ったということのようだ。
「俺なら……いや、俺たちならできるさ。ドロテホならむしろ『朝飯前だぜ』って言うところだろうな」
「またその話? 巫女が出した難題より疑わしいわよ、そのおっさんの実在の方が」
「おっさんとはなんだ、おっさんとは!?」
「いやだって実際おっさんでしょ、さもなきゃジジイ」
「レフレーズ、お前の妹の方が口悪いぞ、ちゃんと注意しろよ!」
「でも実際おっさんなわけだよねー?」
「おっさんではあるだろうけど、おっさんって言うなよ、憧れの男に対して!」
ヒョードが言っているのは……実際どれくらいの範囲で認知されているかは知らないが……少なくともこのゾーラ近郊では世紀の大泥棒と言われている、ドロテホ・キヨーテという男のことだ。
伝説の義賊とも呼ばれたようで、悪党だけを狙うというその盗みの技術は当然一級品に違いなく、ヒョードが目標としている相手である。
怪盗と呼ばれてはいるが、大泥棒ドロテホに比べると、まだまだだというのは当然自認している。
難題の宝物がどうかはともかく、ドロテホの実在をこそヒョードは信じている。
「全盛期が二十年前だから、生きてりゃ確かに今はおっさんだろう。だが絶対にビシッとキメまくったナイスミドルなダンディに決まってるそうに違いない!」
「ちょっと幻想というか願望入ってるのが気色悪いわね……なんでおっさんに対して夢見てんのよ」
「ああ、今どこでなにをしてるんだろうな……気まぐれで現役復帰してくんねぇかなぁ」
「やめてー、おっさんに対して恋する乙女みたいになるのー」
「おっさんに対して恋してなにか悪いのか!? 伝説の男に対して少年は皆乙女になる!」
「実際そうなのかもしれないけどすごく嫌だわそれ……」
「この年頃の男の子ってロマンに弱いよねー、ヒョーちゃんが特別そうな気もするけどー」
三人でわいわい言い合っているところへ、不意に横から声が掛かった。
「ずいぶんと懐かしい名前が聞こえたな」
喧騒の中でも不思議とよく通る低音に、ふと三人が振り向くと、昼間から瓶酒を煽る姿がある。
長めの黒髪を首の後ろで束ね、鹿撃ち帽を被った、見るからに汚らしいおっさんだった。
警戒してヒョードの後ろに隠れるというチューベローズ姉妹の反応を気にせず、笑みを浮かべヒョードに話しかけてくる男。
一度も会ったことがないのにどこか懐かしい雰囲気を感じる、不思議な男だ。
「運命のおっさん……?」
ふと思ったことを呟いただけなのに、やたら後ろから尻をつねられて痛い。
ヒョードの運命のおっさんかもしれないおっさんは、気さくに笑って言った。
「ああ、いきなり話しかけてすまない。君たちみたいな若い子でも、その名前を知ってるんだと驚いてね。
それと……なにか問題を抱えているようだ。もし良かったら僕にでも相談してみてくれないかな?」
「あんたは……?」
男は脱帽し一礼する。豊かな黒髪が溢れて、端正な顔立ちを半ば覆った。
その中でも強い意志を湛えた、紫色の双眸が印象に残る。
「これは失礼。僕はダンテン・ハエーナ、しがない探偵さ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます