第5話 クソって言う奴がクソ
「わたくし、もううんざりでしてよ」
アクエリカ・グランギニョルの二つ名はいくつかあるが、最近は〈輝く夜の巫女〉などと呼ばれているようだ。
とある聖堂の執務室で、彼女は腐れ縁の聖騎士であるメリクリーゼ・ヴィトゲンライツ相手に愚痴っていた。
「確かに世界でもっとも上品で美しく賢いこのわたくしと結婚したいという想いは無理からぬものではあるけれど、こうも有象無象の身の程知らずどもに言い寄られてはさすがにクソほど閉口しまくりですわ」
「私とお前では上品という言葉の定義が異なるようだな」
メリクリーゼの棘のある相槌を聞き流して、アクエリカは一人で勝手に喋る。
「そもそもわたくし聖職者なのよ、無理を通すならそれなりの道理が必要でしょう。
というわけで五人各々に課題を与えました。そんなにわたくしが欲しいのなら、この程度のものは調達できて当然という水準でして、あれでも結構手加減したのよ。だってじゃあ、逆に訊きますけど、わたくしってそんな安い女だと思われてるの? みたいな? 本来このわたくしの価値は財宝程度で換算できるわけないところをあえて! あえてグレードを落とすというね」
「性格の悪さとめんどくささで頂点に立ちたいという意気込みはよくわかったが、実際誰かがモノを入手したらどうするつもりだ?」
「どうもこうも、約束は約束よ。その求婚者に身も心もアレするに決まってるでしょう」
「どうしてもいかがわしい表現になるのはともかく……本気か?」
アクエリカは童女のように無邪気に笑んで、ただし油断なく眼を光らせて言った。
「入手できればの話よ。で・き・れ・ば♡」
「やっぱこいつ今ここで殺すべきか」
「なんで!? わたくしがゾーラ教皇になるまでお尻をペロペロしてくれるって言ったでしょ、あれは嘘だったの!?」
「言っていないが!? 口を慎め! お前のその、なに食ってもクソしか出ない座りの悪いうすらデカくて汚いケツを仕方なく拭いてやると言ったんだ、もっと全霊で感謝しろよ!?」
「メリーちゃんこそ下品すぎない!? というかケツからクソしか出ないのは普通では!?」
「最近のお前に対する一部の者の信奉っぷりときたらないぞ、クソをしないと思っている者もいるらしい」
「わたくし死んじゃうわよ!?」
「ああそうとも、ケツどころか口からもクソを放り出す性悪女なのにな」
「いつわたくしがそんなクソみたいな」
「まさに今だな」
「はい! 異議あり! わたくしのお尻はとっても綺麗で〜す。メリーちゃんが他の誰よりよく知ってるはずでしょ!?」
「なぜそんな誤解を招くような発言をする!? お前はいったいなにが目的なんだ!?」
この会話を聞かれたら幻滅される……こともないかもしれない。
おそらく求婚者たちは全員が、〈輝く夜の巫女〉の性格がクソであることは了承しているからだ。
それでも、彼女は求められる。アクエリカ・グランギニョルが俗に言う「傾国の美姫」に属する類の女である……それだけは誰も否定することができなかった。
自らに課せられた品物について話し、正式に依頼を成立させたカネモッテーラは、立ち上がりかけた帰り際、ふと疑問に思った様子で口にした。
「これは詮索する意図ではなく、純粋に興味を持っただけなのだが」
「ん?」
「貴様の……正確には貴様と連れ二人の、その変装と呼ぶにはあまりにも心許ないファントムマスク……それらはどういう品なんだ?」
目元からせいぜい鼻先までしか覆っていないそれの位置を直し、ヒョードは機嫌良く両腕を広げて反問する。
「あんたに俺はどう見えてる?」
「……こうして対面している今は、貴様の人相風体を正確に把握できている。だがほんの少し目を離しただけで、貴様の体格や顔の輪郭どころか、髪色のニュアンスすらも容易く記憶から飛んでしまうのだ。こうやって今もう一度会うまで、私は貴様の似顔絵の一つ描かせることができなかった。今日帰っても、また同じことが起きるのだろう。まるで……」
「認識を阻害されている」
「それだ」
「ご明察。いちおう企業秘密ではあるんだが、あんたロマンを解する男だ、あんまり嫌いでもなくなってきた。だから言うが。この真ん中に嵌まってる青い魔石ちゃんがそうしてるのさ。奇しくもあんたから奪った指輪に似た色だが、こいつは少々特別なルートで仕入れた逸品だ」
あってないような顎先を指で摘み、カネモッテーラの眉間に皺が寄る。
「はて、そんな種族がいたかな……?」
「ああ、説明が足りなかったな。魔石ってのは普通は血有魔術を模倣するもんだが、こいつは固有魔術を模倣するって特別製でね」
天然資源として発掘される真っ白い素の魔石は、あくまで土台となる原石に過ぎない。
この魔族時代で一般に言う魔石とは、時代の基本理念の一つである「多種族間の融和」に根差した、「種族特性の他族との共有」を旨とする、ある種の象徴的側面も有するアイテムである。
具体的には、たとえば……。
吸血鬼の伝統的特性を転用した、圧倒的な魔力量で抉じ開ける以外はほぼ外からの干渉が不可能な半透明の立方体を形成する、緑色の魔石〈結界石〉。
同じ結界系でも妖精族の隔離空間形成能力を再現するが、多系統の感知能力で看破された前例があるという、紫色の魔石〈隠蔽石〉。
あるいは、根強い偏見を払底すべく淫魔らが健全アピールのために作ったという、睡眠中に血の気の多いデートを可能とする灰色の魔石〈再戦石〉。
などなどである。
「つまり、わかりにくいんだが、『固有魔術を模倣できる魔石』を精製できる固有魔術……を持ってる人物が、俺の連れたちの親戚にいるんでね。その子がちょいと分けてくれたわけだ。これ以上の詳細は勘弁な」
「なるほど……ニパル・アンコラッドあたりが狂喜しそうな情報だ。その親戚については訊かない方が良さそうだな」
「そういうこと。やだね、〈七選皇伯〉に目をつけられるとか」
「悪党も悪党で世知辛いものだな……しかし、どうなんだ? 確かに容貌どころか、声色や体臭すら記憶できん。が、一発で特定可能な例外があるだろう?」
ヒョードは怪盗としての振る舞いの一部として、気障な仕草と台詞を心掛ける。
「あんたの指摘がそのまんま、あんたがしたい質問の答えになってるぜ」
「ゾーラ教皇のような迂遠さだな……つまり、私が言いたいのは固有魔術……ああ、そういうことか?」
自分で言っている途中で勝手に気づいてくれる、カネモッテーラの血の巡りの良さを見込んで、ヒョードは一つ提案する。
「だがどうやらあんたの懸念はもっともなようだな。さっきから階下が騒がしい」
「……もしかして私が当局に尾けられていた? まずいな、課題はこれからだというのに」
「あんたのせいとは言わねぇが、それはそれとして少し協力してほしい。重ねて言うが、ますますあんたのことが嫌いじゃなくなってきた。だから頼みにくいんだが……」
カネモッテーラは豪気に笑み、どっしり構えて胸を張る。
「構わん」
「悪ぃな」
ヒョードリックは遠慮なく、カネモッテーラの顔面に、渾身のハイキックを見舞った。
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