第41話 再び自転車へ

 自転車の仕事が戻って来た。

 担当者の精神が壊れてしまったらしい。欠勤を繰り返した挙句に長期静養に入ったという話だ。

 恐るべきかな呪われしプログラム。


 仕様の追加が待ち構えているのだが、その肝心の仕様が迷走している。

 自動ナビを組み込むために、内部データの格納を見直してわずかなROM容量を浮かせる。

 ところがその準備ができたときには元々の仕様が潰れている。

 こちらとしては使用した時間を請求せzぁるを得ないわけだが、発注元は何も新しい機能が入っていないのに金を取るとはどういうことだとゴネる。

 この辺りは飲食店の予約を当日キャンセルした人が料理を食べていないのにキャンセル料とはどういうことだとクレームをつけるのに似ている。

 仕様が完全に固まってからのスタートでは望む期日に出せないのだということがお客さんにはどうしても分からないらしい。


 部外者にはソフトというものはエアコンの効いた涼しい室内でカチャカチャとキーボードを叩けば魔法のように出来上がるものだと思われている。

 実際にはソフトというものは人類が創り上げた中でもっとも複雑な構造物だ。

 車で10万パーツ。最も複雑なハードと言われるのが空母で100万パーツ。ところがソフトウェアだとこのパーツ数を容易く越えて来る。

 このサイクリング・システムのソフトでも25万パーツ程度だと言えばその恐ろしさが分かって貰えるだろうか。それらパーツの一個でも設計ミスがあればプログラムは失敗する。

 その結果が連日の徹夜であり怒号であり悲鳴である。

 その結果が鬱病であり夜逃げであり飛び降りである。

 その結果が壊れた体であり壊れた心であり壊れた人生である。


 すったもんだした挙句、今度は新規に出て来たギア・センサーを組み込むことになった。

 作って良かったよ。空き容量。

 この時点ではギア・センサーを作っているのは世界でも有名なシマノのたった一社しかなかった。それほどの新製品である。

 さほど問題なく組込みを終える。さすが老舗の商品は素直な作りをしている。


 これ以降、この自転車の仕事は消える。

 原因はスマホのせいである。今や誰もがスマホを持っているので、専門の機械で通信を行って表示するよりも、スマホアプリで表示させる方が気軽となったのだ。

 特にスマホには通信機能もあり、使用しているマイコンも恐ろしく強力なものを使っている。大きさこそ小さいが、小型のパソコンに匹敵する力がある。

 自ずから画面も綺麗になるし、速度も速い。機能もたくさんつけられる。


 時代はどんどん過ぎ去っていく。取り残された気分だ。

 もっとも私には栄光の時代というものは無かったので、悲しくはなかったが。

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