第40話 ポンプ

 サイクリング・センサーはさんざ苦しんだが問題は解決し、まだ少し問題が残っているがリリースした。

 残りは向こうの担当者に引き継いだ。


 代わりに来たのはポンプの制御システムの仕事だ。スマホとBLE通信で動作を制御できるというものだ。

 スマホ側はアップルとアンドロイド端末でそれぞれ専門のアプリ屋が一人づつ担当している。

 今回の発注にはお客さんからの注文がついている。

『○○社の通信チップを使え』

 調べてみると最近発売されたチップだ。特徴はマイコン側からのATコマンド(電話で使う通信コマンド規格の一つ。便利だったので他の機器にも広まった)が使用できることだ。

 お客さんが新しいものは良いものだと勘違いしているケースは多々ある。実際には使い古された(枯れたと表現される)技術の方が実証され、安定し、チップメーカーなどにも選択の自由がある。

 今までにない機能が必要な場合以外は、枯れた技術を使うのが大概は正解なのである。


 製作と実験を続けていく内にこのチップは当のATコマンドがうまく動かないことが分かった。いくら命令を発行してもエラーで戻るのだ。

 一週間悶絶して転げまわった末に、これはもうメーカーに訊くしかないと決心した。

 発注元の担当者は物が良く分かっている人で、こういうときはすぐに自分で動いてくれる。お陰で仕事が凄く楽だ。頭の固い担当者を突く労力が要らないわけだから。技術にも明るいし、クソTやK主任と比べるのがおこがましいほどの人物だ。

 驚くべきことに彼は宅配便出身である。


 すぐにメーカー側から返事が返って来た。

「こうしてください」

 例題と一緒に、問題のチップのアップデートコードが送られてきた。使う前に内部のチップファームを更新してくださいと書いてある。

 嫌な予感がした。


 また動かないATコマンドが出た。

 同じ質問が繰り返される。

 こちらからは「使えるATコマンドのマニュアルをください」と出す。

 向こうからは「何をしたいのか教えてください」と来る。

 つまりATコマンドが使えると宣伝していながら、ATコマンドは実装されていないのだ。客が使うというコマンドをピンポイントでその度に追加している。

 これでは遣り取りに時間が掛かって仕方がない。


 この社は宣伝文句に食いついて来たお客さんを人柱にしている。半ば詐欺である。

 こんなチップは使いたくないがお客さんからの注文なので使わないわけにはいかない。

 お陰で今日も徹夜だ。



 実生活は少し余裕ができてきたので、首吊りロープは窓の外ぐらいの距離まで後退した。

 だがまだまだ油断はできない。


 敗血症で腎盂炎を起こしていたので腎臓の調子がすこぶる悪い。

 体内の水分の排出がうまくいかないので足に水が溜まり象さんの足になっている。

 近くの病院に定期的に健診に行くようになった。

 あの病気知らずの体が今やボロボロだ。

 いったいどうしてこうなった?

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