第27話 ふたたび新人たち
ガス男T君が会議を開催することになった。
「資料は会議前に配っておくんだぞ」注意しておく。
会議が始まってから資料を配ると中身を精査する時間がなくなり、効率が悪い会議となる。今まで新人たちにさんざ言ってきたことだが、新人どころか旧人でさえこれを守ったことがない。
つまり日本の会議というものは資料の内容を吟味する場ではなく、皆が見たじゃないかと責任を平均化するための儀式の場なのである。
もちろんT君も守らない。特にここの新人たちはお前ただの派遣じゃないかと密かに相手を見下す癖が行動の端々に見える。彼らよりは数段賢いのだが特には宣伝していないためか。
会議が始まり、T君は資料を配った。
「読めますか?」
特に小さい字で印刷してある。もちろん私は老眼が始まっているので読めない。
「読めない」
T君は私の言を無視して始める。
何も打つ手を思いつかなかったのだろう。こういうとき、この子はすべてを無かったことにするという最悪の方法を取る。
先に配っていてくれればスキャナで取り込んでPCで拡大して読んでおくこともできたのだが。
T君はいつの間にか辞めていた。仕事について行けなくなったのだ。
彼が辞めたお陰でガス地獄が半分になりちょっとだけ気が楽になった。
パチプロ君はC言語研修ゼミに通わせて貰った。
私の記述の癖を見習ったためコメントをギッチリいれて、講師の人にそこまでコメントを入れなくてよいと言われたそうだ。
もちろんこれは講師が間違っている。恐らくこの講師は実戦の現場にいたことがない。
きちんと考えて入れたコメントはあればあるほど良い。
美しく書かれたコードは芸術品だ。コードとコメントが相まって全体がすらすら読めるようにするのがプロの技だ。
可読性。今の時代のプログラムで一番重要ものはこれだ。
特にプロの世界では、保守を考えていないプログラムはゴミでしかない。
仕様書から設計書へ。設計書から各モジュール設計へ。モジュール設計から機能設計へ。機能設計からコメントへ。コメントからコードへ。
それらの流れは淀みなく構成しないといけない。
新しく別のT君が新人として入って来た。小柄で細身の男だ。
私の下に付けられる。
「いいか、ここにいる誰も君には期待していない。新人にすぐに仕事ができるなんて信じていない。だからいいか、分からなければ聞け。何でも聞け。タイミングが悪ければそう言うから、躊躇わずに聞け。直前にできませんと言ってくることだけは絶対に止めてくれ。後始末する時間がなくなる」
何度も言い聞かせる。
結局締め切り日前日まで何も聞かれることはなかった。
K主任がやってきて、仕事の進捗を訊ねる。
「締め切り日には書き上がると思います」
横から怒鳴りたかったが止めておいた。彼のなけなしのプライドを傷つけても意味がない。
締め切り日に書きあがってどうする?
それだと試験の時間がないだろ。
工数や工程は相談にこいと言ったはずなのだがやはり聞いていなかった。
もちろん彼のやる部分はこちらですでにやっているのでそれに差し替えた。彼が失敗するのは目に見えていたからだ。
一週間の間に彼がやったことと言えば、こちらがサンプルに書いて渡したコードを自分のファイルに貼り付けただけだった。
なんという期待の新人!
三か月後、このT君も辞めた。
彼はその後スーツを着て社長の前に現れて、こう言った。
「ボク、いま、こういう生活しています」
赤いスポーツカーの前に立つT君の写真。実は彼の先輩の車だという。
それからマルチ講のパンフレットを取り出した。
「社長もやりませんか?」
その場で彼はM社長に殴られたと言う。こういう商売はM社長が一番嫌いなことだったからだ。
仕事はできないが、詐欺はできる。それがT君だった。
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