第24話 新人たち

 配属された正社員の新人は二人。


 一人はお馴染みT君。

 顔に苦しみを貼りつけ、ひと時も止まらぬため息が、ああこの人間は仕事が苦しくて苦しくてたまらないんだなと感じさせる。

 客先から送られてきた画像ファイルの管理は彼に一任された。

 コマンドを受けて画像ファイルを取り込んで来るコードを書く仕事は私に来た。必要な画像ファイルの情報はT君が持っている。すべてまとめて出してくれるように頼む。

 返事をしない。

 もう一度頼む。やはり返事をしない。無視していれば仕事を断れると思っているようだ。

 そんなことが許されるわけがない。もう一度言いつけ資料を要求する。

 出て来たそれを受け取り、組み込んでいく。10個ほど組み込んだところで試験を行う。

 ところが動かない。動作を追跡し、元の画像情報が間違っているのを見つけて、修正する。

 また動かない。同じく追跡し、また修正する。

 また動かない。同じく追跡し、また修正する。

 10個の内に3つも間違いがあった。この男は、他者へ出す資料を二度チェックもせずに出しているのだ。あり得ない。技術者としては致命的なやり方だ。

 このことを告げると、一言「すみません」と言った。謝りながらもこちらを見ようともしない。俺に仕事を頼んだお前が悪いとでも言わんばかりだ。

 自分が密かに思い描いていた素晴らしく有能な自分というイメージが壊れるのが怖いのかと思った。それだけの努力と苦労を払ってなおかつ才能がある人間だけに許されるのが『誇り』というものだ。それほどのものをどうして毎日を頑張らない自分が持っていいのだと考えるのか。

 とことん不思議だ。

 クソの役にも立たないプライドなど捨てるべきなのに。

 3割も間違ったデータを出されては役に立つどころかむしろ邪魔だ。彼に期待するのは諦めて、残りはすべて自分でやった。


 もう一人の新人は中途採用の30才の男だ。

 元はパチプロをやっていたという変わり種だ。

 徐々に衰退していくパチンコ業界に見切りをつけ、このままでは自分が生きる世界が無くなってしまうと一念発起し、技術系に就職を試みた。この会社はパチンコと関連が深いので、その経歴はマイナスにはならずに採用されたというわけだ。

 自宅にはお気に入りのパチンコ台が3台もあるという話だった。

 基本的にギャンブラーでパチンコはその守備範囲の一つであったという。

 新人の中では後が無いと知っているだけに一番勉強も仕事も熱心だった。


 とは言え、どちらもそこまで熱心ではない。

 二人にある技術用語について説明した。ついでにそれを調べてみるように命じる。

 30分後、調べたかどうかを訊ねる。やっぱりやっていない。今の時代、パソコンとグーグル先生で簡単に調べられるのに。

 次の日、調べたかどうかを訊ねる。言われるとは思っていなかったのだろう。やはり調べていない。

 一週間後、自分でもしつこいなとは思ったが調べたかどうかを訊ねる。二人ともやはり調べていない。

 こういうときに言われたことを素直に調べる人間ば間違いなく技術者として伸びる。

 しかしまあ、これが今の時代の人間ということだろう。助言を貰えるのがどれほど有難いことなのかを理解していない。資料を調べるのにネットもなく、休日に東京八寿恵のブックセンターに出かけて一万円もする本を自腹で買って来る苦しみをこの子たちは知らない。


 パチプロ新人が映像内容にクレームをつけた。違和感があるというのだ。

 それを見てT君も対抗意識を燃やして違和感があると言い出した。

 二人でK主任を捕まえて違和感が~と叫び続ける。

 違和感を感じる部分を文書に起こして提出すれば立派な仕事だ。ただ単に叫ぶだけでは自分の感想を述べて暇を潰しているに過ぎない。K主任もアホだからどうしていいか分からず狼狽えるばかりだ。それにこの人に口頭報告しても3分後にはもう忘れている。

 私はそれを横で生暖かい目で見ている。ただの手伝いなのでそれを指摘する立場にないのだ。

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