第21話 後始末
新しい家での生活が始まった。
まずは生活空間を作り上げることだ。天井まで埋めるダンボールを一つずつ開けていく。
中からは買い物用のビニール袋が一枚だけ出て来た・・。
そりゃこんな詰め方してたら家がダンボールで埋まるわなと脱力した。それともこれは物を捨てられない母の執念の賜物か?
次から次へとガラクタが出て来る。全部大きなゴミ袋に詰める。ゴミ捨ての日まで間があるので、どこかに置かないといけないのだがそのための空間がない。
ベランダに積み上げ、風呂場に積み上げ、その日が来るのを待つ。
たくさん出す場合は特別に料金表を貼らねばならないので泣く泣く買って来る。一枚300円で一万円ほど。今の私には辛い。違法に捨てる誘惑に負けそうになる。
脱出用に用意したリュックサックの中から、脱出用に用意した500円硬貨詰め合わせを見つけ、狂喜する。しばらくは外食のたびに500円玉で払うようになる。
100円玉と比べると500円玉は使いでがある。ついに500円硬貨が尽きたときは随分と寂しい思いをした。
仕事から帰るたびに少しづつダンボール箱を減らす。猫に取っては日々遊び場の形が変わるので狂喜乱舞である。
それでも朝目を覚ますと、ベッドの上で丸い塊が一緒に寝ている。
この子にもずいぶんと苦労をかけたなと思う。
有難いことに通勤電車の時間が激減したので車酔いは落ち着いて来た。これで難関の一つは突破したと思いたい。
この持病だけは一生苦しめられていく。生涯只の一度も遠足を楽しんだことはない。
色々片付けている内に天井のドアらしきものが気にかかった。どうやらこの上はロフトになっているようだ。家の見取り図にもない構造である。下にタンスを置いたのでもはや開けてみることもできない。
天井裏の足音はこのロフトの中でしているのかもしれない。
無理に開けて誰かと目が合ったら嫌なので敢えて無視する。どうせ使いたくても使えないので、怪しいモノとはお互いに棲み分けして生きるのが良い。
最初に配置したテーブルの位置が左右逆だと分かり、ダンボール箱を少しづつ動かしながらテーブルを逆さに入れ替える。まるでゲームの倉庫番のようなやり方だ。
元の家の家主に電話をかけて、敷金の扱いは国土交通省ガイドラインに従ってくださいと申し入れた。
それだと10万円は余分に返って来る話になるが、交渉の末に5万円ほど返されることで話がつく。
「お母さんが亡くなったことも知らなかったので、これは香典としてお渡しします」
そう言った。当然返すべきものを自分の好意で返すのだと理屈づける所が浅ましい。
しばらく経ってまた大家から電話が掛かって来た。
「結論から申しますとお金は払いません。なぜならガイドラインは法律ではないからです」
おいおい。誰だよ、罰則無しのガイドラインなんか作ったのは?
それに一度出した香典を引っ込めるのかお前は。
「それよりも部屋が猫の悪臭でひどい有様だ。訴えてやるから楽しみに待っとれ」
深いため息が出た。
引っ越しの後にそちらの人が立ち会っただろうが。そのときに何も言っていないのだから全くの言いがかりだ。
さらには相手を訴えると脅すのは濫訴という罪になる。つまりこれでこの人がこちらを実際に訴えなかった場合は逆にこの人が罪に問われることになる。
なによりいざ裁判となればガイドラインに沿って判決が行われる。つまりはお金をこちらに払わねばならなくなるのだ。
ウチの猫の名誉のために少額起訴も考えた。手数料六千円、弁護士無し、一日結審という公共の起訴サービスだ。
まあ負けるわけではないが、4万円のためにそこまでやるのも億劫だ。
一応引いた。
やはり質屋なんかやっている大家は金にド汚い。本当に嫌な渡世だなあ。
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