第19話 車酔い

 ここで仕事そのものよりも大きな問題が持ち上がった。

 私の持病である車酔いである。


 電信柱に掴まりながら歩いていた時分には恐れていた車酔いはでなかった。

 あまりに体がボロボロだと乗り物酔いに反応する余裕がでないらしい。全然電車が苦ではなかったのだ。体力的には辛かったが、あの気持ち悪い感じが来なかった。

 ところが体調が戻って来るとともに、車酔いも戻って来た。

 電車の揺れが気持ち悪い。

 最初は酔い止めを飲んで何とかなっていたが、だんだん薬に耐性がつき、最後には薬はまったく効かなくなった。

 家に帰ると倒れ、休日の土日はひどい眩暈で枕から頭を上げられなくなった。

 それもどんどんひどくなる。

 気分が悪い。死ぬ。死ぬ。死ぬ。いや、殺してくれ。


 こうなると取るべき手段はたった一つ。

 引っ越しである。


 必要なお金は50万円。なんとかなる範囲である。だがまたもや泣くような思いで貯めた金が消えてしまう。どうしてここまで追い込まれねばならないのか。自分の運命を呪うがどうしようもない。

 嵐の中を息を潜めて頭を伏せて潜り抜けるのだ。先を気にするな。いまこの時だけを見ろ。

 生きると決めたんだろ。不屈たれ。


 秋葉原から近い場所を探す。

 使えそうなビルを見つけ、予約して不動産屋を訪れる。


「このビルは外見が汚いからね~」

 いきなり言われた。

「こちらはどう?」

 つまりネットに挙げてあったのは見せエサでこちらが本命。悪徳不動産の典型的な手口だ。

 だがこちらにはもう後がない。

 とりあえず下見してみた。

 狭い。これで家賃10万は高い。

 電車が通過する音が凄い。エアコンも木目調の何十年ものだ。

 係の人が窓を閉めて言う。

「ほらこうすれば大丈夫大丈夫」

 大丈夫じゃない。結構うるさい。

 だがもう後がない。三週間以内に引っ越さねば、私は死ぬ。

 契約した。

 そこで初めて、ここは更新料を1.5カ月分取ることを知る。今までにここまでひどい不動産屋に当たったのは初めてだ。


 結局このぼったくり更新料を払うことは無かった。

 この悪徳不動産屋、二年経つ前に潰れて消えたのだ。

 そしてその後を引き受けた新しい不動産屋は家賃を横領して消えた。

 世に悪徳不動産屋の種は尽きまじ。


 ちなみにこの部屋。最上階で上には屋根だけなのに、存在しない上の部屋で子供が走り回る足音がしたり、エアコンから女の歌声が聞こえるという楽しい怪奇部屋だった。

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