第13話 それで全部です

 さて仕事に入ったのは良いのだが、どうも様子がおかしい。

 貰ったソースコードが奇妙に少ないのだ。本来予想されるものに比べて三割の長さしかない。しかも関数呼び出しを追っているとすぐにどこかに消えてしまう。


「あのー。K主任。このソース。どこか不完全なんですけど。できればソースの全部を頂きたいんですが」

 要らん事せずにさっさと全部よこせや、ああ?ソースはありまあす、だろ?

 心の中で思うがもちろん口には出さない。

「いえ、これが全部です」K主任がきっぱりと答える。

 またソースを調べる。やはりソースが短すぎる。

「K主任。ソースが足りません」

「それで全部です。間違いありません」

 この遣り取りが二週間の間繰り返された。我ながらしつこいとは思うが、このままでは仕事が進まない。

 この頃にはこれはきっと私がM社長にどこかで恨みを買ってしまい、この種の意趣返しをされているのではないかと思うようになっていた。

 できもしない仕事を作り、それを押しつけて私が苦しむのを見て楽しむという趣向だ。あのクソYがよくやっていた手法である。

 ここでも同じことが起きるのか?


 ここで働き始めて二週間が経過した。この部門の長であるAさんがやってきて会議を開いた。

「仕事の進捗はどうですか?」

「まったく進んでいません」

 驚くAさんにこれまでの経緯を話す。

「たとえばこの変数。この名称で Grep(検索ソフト) をかけると、変数の実体を宣言する部分が存在しません。私が入院している間にC言語の言語仕様が変わったのでなければ、ソースが不完全だという証拠です」

 今度はAさんがK主任に訊いた。

「どういうこと? 本当にこのソースで全部なのか?」

「これで全部です。Tさんから貰ったのだから間違いがない」

 Tさんとは技術派遣社員でこれまで描画システムの管理をしていた人だ。

「すぐに確かめろ」Aさんが命令した。

 全員でTさんのところに行く。

「Tくん、例のソース、これが全部だよね」

 K主任が訊ねるとTさんは即答した。

「いいえ、それ差分ソースですよ」

 つまりコード1とコード2の違ったところだけを抜き出した差分だ。なるほど足りないわけだ。

 もっとも一番足りなかったのはK主任の脳みそだというオチがつくが。


 ええい、K主任。いい加減にしろ。お前のバカさ加減で私の二週間が無駄に消えたじゃないか!


 K主任はこれ以降もありとあらゆる馬鹿をやり続ける。

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