第12話 ソースはあります
新しい職場ではK主任の下に配属された。
彼は物凄い口臭を放つ人であった。
K主任は一言で言えば『馬鹿』であった。
今までにも色々な馬鹿に出会ってきたが、K主任はそのものずばりの意味で馬鹿であった。
頭の回転がひどく悪いのだが、とりわけこの人物の頭の中ではあらゆる情報が一切の整理がされずに散らばっていた。
たとえるならばこの人の頭の中は四畳半一間の汚部屋である。
ペンを一本探しだすと、ペン本体は見つかるがペン先キャップがない。いざ使おうとするとペンの芯がない。キャップが見つかったときにはペンがどこかに行っている。そんな感じだ。
「このシステムは何をするシステムで、どのような働きをするものなのですか?」
そう訊ねてみた。返って来た答えを聞き、わけが分からなくなった。
理解できないのだ。この私の頭脳を以てしても。病気のせいで自分の脳の一部が欠損したのかとも思った。
もう一度訊ねてみた。
やっぱり分からない。
三度訊ねてみた。
やっぱり分からない。
駄目だ。無茶苦茶だ。この人の言葉の意味が掴めない。何も分からない。
諦めた。
「資料はありませんか? 設計書とか」
「ソースはあります」
アホウ。ソースがあるのは当たり前じゃい。これほど長い間扱ってきたプログラムの設計書もないのかい。
『ソースはあります』じゃない。正しくは『ソースしかありません』だ。
この人にはもう何も期待していなかった。どうしてこういう人間が技術者をやっているのか分からない。
データ変換用のバッチファイルを見つけ中身を解析する。自分でコメントを加え、内部記述を一つづつ解いていく。
その結果、やっと全容が見えてきた。
パチンコのザイナは動画編集ソフト(数十万円~数百万円)を使い、色々な画像を作る。動画の中ではエヴァが咆哮を上げ、シンジ君が情けない泣き言を叫ぶ。無数にある動画をそのまま記録すれば膨大なメモリが必要になるので、実際にはわずかな動画とその上で動かす無数の画像パーツに分解して作る。
この動画編集ソフトは動画の内容をいくつかのデータに変換して吐き出すことができる。
このデータから必要なものを抜き出し、使う動画パーツの種類やタイミング、音声との結合情報に変換する。そしてそれらを人間の手で一纏めのデータ流に変える。
受け側のシステムでは遊技機の画面にそれらの動画を正しく再現する。動画パーツの位置、エフェクト、動画パーツを回転させたり、滑らせたり、拡大縮小したりなどの動画編集ソフトの機能と同じものを描画するのだ。
この描画システムが今回の目標だ。
大変な仕事だ。
設計書が無い以上はソースを逆解析し、仕様を逆生成しないといけない。だがそこで言われたのが工期である。
製作にわずかに三か月。無茶苦茶な短さだ。
リバースエンジニアリングなどやっていては間に合わない。
私のお客はどうしてこんなのばかりなのだろう?
他に仕事が選べれば断っていただろう。だがいつでも私には選択の自由はない。タロットカードを使っての先見の力があっても状況を選べないのでは何の意味もない。一つの地獄からもう一つの地獄へと転がり回るばかりだ。
せめて人並みの運さえあれば。
いつもそう思う。仏道に入ってからはそのなけなしの運すら無くなったように思えるのは私の気のせいだろうか?
昔麻雀をやっていたとき、後ろで見ていた雀荘のマスターが感心していた。
「よくもあんな配牌から上がりまで持ち込めるね」
これが私の日常というのが悲しい。最初から最後までそんな配牌しか来ないのだ。これはもう特殊能力と言ってよい。
『チートスキル生涯不運』
誰かにこのスキルを譲ってしまいたい。
さて、こうなればとるべき手段は一つ。
ソースの完全変換による互換を保つこと。このごちゃまぜの関数を書き替える際に目的の動作だけは確実に動くようにすること。これには恐るべき集中力を必要とする。最初から1ビットの精度に至るまで完成させた形で書かねばならないのだ。
2つの異なるソースの間で完璧な互換を取る。まさにアクロバットだ。
おまけに1つのソースは0を基準として、もう1つは1を基準で書いてある。少しでも気を抜くとこれらが混ざってしまう。
どこまで難易度上げるねん。思わず突っ込みを入れてしまった。
こんなんもし期日までに出来たら間違いなく天才の行いだね。
月45万円の安物の天才ここにあり。
そう自嘲した。
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