第11話 新しい職場
職場まで電車で一時間半。
満員電車の中でつり革にしがみついての通勤である。健常者でも辛いのにこの体ではまさに地獄である。
途中いきなり激しい咳が出始め、呼吸ができず転げまわる。周囲の人間は何か恐ろしい病気だろうと逃げるばかりで、よくドラマにあるような手助けをする人は現れない。
ムサイ中年男は人に助けて貰えるリストには最初から入っていないのだ。
秋葉原の駅につく。ここから職場までは徒歩で20分。
まず電信柱に狙いを定める。
あそこの電信柱まで行こう。頑張れ、オレ。
大丈夫、何とかたどり着けるさ。
よし、たどり着いたな。よくやったぞ、オレ。では次の電信柱だ。
これを何度も繰り返す。
自分でもどうしてここまでひどい目に遭わなくてはいけないのかと思う。
きっと天の上の連中はこう言いたいのだ。
『今からでも遅くはないぞ。さあ、こっちへ来い』
でも痛いのは嫌だ。
手持ちのインシュリンをまとめて打てば簡単にあの世に行けるのだが、そのときには思いつかなかった。
依頼されたのはパチンコやパチスロ遊戯機の画像再現システムだ。
遊技機の演出画像はデザイン会社が専用の画像ソフトを使って作る。
遊技機に使われている画像用ハードは大容量の記憶と高速GPUを搭載した化け物マシンだ。たかが賭博にここまでの資源を消費してよいのかと思わせる。
だがその化け物の記憶容量をしても、画像データすべてを納めることはできない。それほど画像データというものは記憶容量を食う。
そこで大概の画像データは幾つもの画像パーツを組み合わせて作る。そしてそれらの組み合わせ方で画像のバリエーションを保つ。
この専用画像ソフトの動きをシミュレーションして遊技機上で同じ画像を作るのが描画システムで、これには各会社で独自のものを作っている。
これが今回のターゲットだ。
この会社にはこのシステムが二系統あり、パチンコの機種シリーズ毎にそれぞれ交互に使っていたのだが、ついにそれが管理し切れなくなった。そこで新しく一つに統合されたシステムを作ろうということになったのだ。
まるでどこかの銀行の統合システムを連想させる。
ところが現在それをやっている担当の者の雇用期限が来ており、後任を任せる者がいない。そこで白羽の矢が立ったというか、のこのこと修羅場に現れたのが私だったわけである。
他の仕事どうこうというのは最初からできる人間が必要だというのを悟らせないための目くらましで、給金を低く抑えるための下手くそなテクニックだったというわけだ。
こちらが何としても仕事を欲しそうだと見て、M社長は頭の中でどんどん給与の金額を下げていったのだろう。
「これにはウチの会社の社運がかかっているから」
ときどきM社長はそう話していた。
おいおい。たかが月45万で雇ったクズ技術者に社運なんか掛けないでくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます